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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」10   張赫宙と金史良(その6)

↑ヘッダー写真:『モダン日本』1930年10月1日創刊号
文藝春秋社 /パブリック・ドメイン

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張赫宙チャンヒョクチュ金史良キムサリャン──在日朝鮮人文学の嚆矢こうし(その6)


6 金史良の活躍

 金史良は、1936年東京帝国大学ドイツ文学科に入学する。佐賀高在学中もドイツ語の成績は抜群だったと伝えられる。
 三鷹のアパートに下宿し、鶴丸辰雄、中島義人らと雑誌『堤防』を発行し、ここに小説「土城廊」を発表した。また新協劇団の村山知義を訪ねる。10月28日朝鮮芸術座事件に連座して安英一アンヨンイル金龍済キムヨンジェらとともに逮捕拘留され100日余り拘留され12月には未決釈放された。

 1937年春、先輩作家である張赫宙を訪ね、以後しばしば交流を重ね、翌年には、張赫宙脚本「春香伝」の朝鮮公演を助けるため村山知義を案内して朝鮮へ帰郷した。

 翌1939年、東京帝国大学文学部を卒業し、25歳のときに平壌で崔昌玉チェチャンオクと結婚した。新妻も裕福な家庭の娘だった。

 この年、張赫宙の紹介状を持って『文藝首都』を主宰する保高徳蔵を訪ねた。金史良は『文藝首都』の同人になり保高に私淑した。

 4月、ソウル滞在中に一時、朝鮮日報社学芸部記者となっている。6月、東京帝国大学大学院入学が決まり、妻とともに東京渋谷のアパートに居をかまえる。10月『文藝首都』に「光の中に」を発表するなど日本語で盛んに執筆していたが、同時に朝鮮日報社の雑誌『朝光』などに朝鮮語でエッセイや評論、小説も書いていた。
 また、『モダン日本』朝鮮版の編集にも参加して李光洙イグァンスの「無明」を翻訳掲載してもいる。『モダン日本』は当初文藝春秋社発行だったが、経営悪化のため、馬海松マヘソンが独立したモダン日本社社主となって発行を続けていた。

 1940年前後には「内鮮一体」運動の強化とともに、小朝鮮ブームが起こっていて、『モダン日本(朝鮮版)』が発行され、『文藝』(1940年7月号)で朝鮮文学を特集、全3巻の『朝鮮文学選集』が出版された。

 1940年上半期の芥川賞候補に「光の中に」が選ばれ、『文藝春秋』3月号に転載された。
この年、「天馬」(『文藝春秋』6月)「箕子林」(『文藝首都』6月)「草深し」(『文藝』7月)「無窮一家」(『改造』9月)などの日本語作品を次々に発表した。
12月には初の小説集『光の中に』が小山書店から出版された。

『光の中に 金史良作品集』講談社文芸文庫、1999年

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◆参考資料

*本文の著作権は、著者(林浩治さん)に、版権はけいこう舎にあります。

◆著者プロフィール

林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
著書に『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)。『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)は、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
そのほか、論文多数。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!

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