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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」09   李良枝(イ・ヤンジ)(その2)

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ヘッダー写真:(永井荷風が歩いていそうな)1930年代の新宿のカフェー街(撮影者:不明 - 歴史写真会「歴史写真(昭和8年10月号)」より/パブリック・ドメイン/Shinjuku at night in 1930s.jpg)


李良枝──言語以前の言語を求めて疾走した在日二世女性作家(その2)


2.高校から脱落

 1970年、山梨県立吉田高等学校に入学した。藤間流日本舞踊、山田流箏曲、小笠原流華道を学ぶかたわら永井荷風などを読んだ。

 少女期の李良枝は自分が韓国出身であることを殆ど意識したことがなく、自分が朝鮮人であると意識したのは、高一の夏、アメリカ留学生募集の試験を受けるさいに見た戸籍謄本でだった。

 現実的で日本社会に適応していく父と、教育を受けておらず迷信深い母はことごとく対立し、李良枝が高一のころ両親の離婚訴訟が始まった。
 この頃父は東京で働いていた。長兄哲夫は練馬区桜台に一軒家をあてがわれ、次兄哲富は父の営むホテルの別室に住むようになっていった。
 母と三姉妹は山梨に残ったが、父はたびたび学校が終わる時間に車で待ち伏せし、娘たちをドライブに連れて行って食事をさせたりした。

三つ峠から南を臨む

 高二になると私大進学系クラスに入ったが、勉強をサボっていたので成績は下がっていった。妹ヨン(さかちゃん)によると「姉は小学校のころから成績も良く明朗活発だったが、高校に入ってからは勉強もせず本ばかり読んでいて学校には殆ど行かなかった」。また、タイガースのジュリーこと沢田研二の大ファンだった。

 一学期末、タバコの葉をオブラートに包んで飲み込みベッドに入ったが、目まいと吐き気が激しくゴミ箱に吐き出した。両親の不和は良枝の心に重い負担をかけていた。

 富士吉田の裏通りにあるバーで制服のまま酒を飲んでいて謹慎処分になった。学校を辞めたくなり、2年の3学期、2月初旬の寒い日の早朝に家出して京都に行くが10日ほどで帰った。
このあと何度か家出を繰り返した。

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◆参考文献


*本文の著作権は、著者(林浩治さん)に、版権はけいこう舎にあります。

◆著者プロフィール

林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
最新の著書『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)が、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
ほかに『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)
そのほか、論文多数。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!

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