そこには透き通った世界があった【第2回灯火杯 暁野スミレさん 受賞インタビュー】
先日、幕を閉じた、自主企画コンテスト「第2回 灯火杯 in2025春」。
第2回目となる今回は、約3ヶ月の受付期間と2週間の選出期間を設けました。さらに、参加者による投票制の賞や特別ゲスト賞も新設し、「書く人へのエール」という共通テーマを打ち出したのも今回からとなります。
そして、先日このコンテストのグランプリ相当「灯火賞」を受賞された暁野(アキノ)スミレさんにインタビューをさせていただきました!
*灯火賞の副賞としてインタビュー&note記事化というのを設けていました。
スミレさんの作品を選出させていただいた理由や感想は、こちらの結果発表noteにまとめています。
▽灯火賞の結果発表note▽
▽スミレさんの作品はコチラ▽
ここからは、実際にスミレさんにお話を伺って受けた衝撃についてお伝えしていこうと思います。
応募いただいたきっかけは、組合せの面白さ
普段は、小説を色々なサイトに投稿されているスミレさん。元々、note上でやり取りがあったわけではなかったのですが、知り合いの方から知ったということ。そこで、テーマの組合せに興味を引かれたということでした。
今回のテーマは、「書く人へのエール」×「春」。
そうなんです。スミレさんも仰っていましたが、書く人へのエールとなるとどうしても内省的な話というか、自分の内側に切り込んでいく話となるので、季節感を出すというのが難しくなりやすいです。
主催者側が狙ったものではなかったのですが、自主企画コンテストを何回も開催することを前提としている以上、季節感は出さざるを得ず、わたし自身も書く側となったら苦戦すると思いながら、決めていたテーマでした(お題投げっぱなしですみません)。
誰へのエールか

もう一つ、テーマ関連で印象的だったのは、自身のことになりつつも、読む人へのエールが大切。スミレさんは、ここに一番気を遣ったとのことで、さすが過ぎました。ここまで主催側の意図を汲んでいただけるとは主催者冥利に尽きるというものです。
ちなみに、ここは第1回目の反省を踏まえて方向性を決めたのですが、あまりにすべてを書きすぎるのも野暮ですし、逆に思考を狭めてしまったり、本旨と違う形で伝わってしまったりしても本末転倒です。企画の出し方については、毎回頭を悩ませています。
なお、今回わたしがテーマ設定した際の「書く人」とは、「noteがやり始めは楽しかったけど、ちょっと楽しめなくなってきていた方とか、書けなくなってきた。」そうした方を想定していました。
もっと自由にたのしめる場であってほしい、素の自分になれる場所として確立する一助になればというのが、わたしの変わらぬ想いです。
noteでよく見かける方との圧倒的な違い

スミレさんの応募作品にもあるとおり、作家になりたいわけでも、副業を得たいわけでもない。そうしたスタンスからわたしが感じたのは、自分という存在をガラス越しに見ているというか、冷たいとか無機質とかネガティブな意味ではないですが、自分との距離をしっかり取っているという印象でした。
わたしを含めて、程度の差こそあれ、noteではどちらかというと、「わたしはこんなに凄いんだ!作品を通して、わたし自身をlook at ME!!」という方のほうが多いと思います。
決して悪く言っているわけではなく、わたしもその路線にいますし、自分の考えを知ってほしい、自身を理解してほしいというのが根っこにあります。しかし、スミレさんはそうしたものがありません。自身に対しても、作品に対しても、良い評価を集めたいわけでもない。
「好きだからやっている」姿勢に胸打たれて灯火賞に選ばせてもらった一方で、どうしたらうれしいのか、何がスミレさんを突き動かしているのか、捉えられずにいました。
自分というフィルター
小学生の頃から自分のノートに物語を書いていたというスミレさん。
「エルマーのぼうけん」というシリーズがあるのですが、シリーズ制覇した後、同じようなテイストの物語を探しても求めている興奮は得られず、自分で書いたのがきっかけというお話でした。
薄い本の解釈違いに我慢できずに自分で本を出した!みたいな温度感でしょうか(不適切な例えでしたらすみません)。
自分の書いた本で、本棚をいっぱいにしたい

そして、サイトにご自身の作品を投稿するようになったスミレさん。サイト投稿を始めた動機は、「自分の書いた本で、本棚をいっぱいにしたい」とのことでした。メチャメチャ素敵ですよね!
ただ、ここでふと思ったのです。わたしも同じような夢がありますが、自己愛が強いわたしは、やっぱり「自分って凄いぜ。どーだ見てくれ!」という思考が抜けません。あるいは、以前に書いた自信作を読んで「やっぱりいいなぁ」と悦にひたったりする感じでしょうか。
ですが、今までの話からすると、スミレさんはそうした自己愛の観点ではないはずです。なぜ本棚にして、読み返したり、眺めたりしたいのか聞いてみました。
作品は自分とは切り離されている
そのときに書いた作品は、自分とは切り離されている。読み返しても、当時とまったく同じ感情や、そのとき書きたかった意図を正確に読み取れるとは限らない。
スミレさんの言葉にシビれました。現代アートを描く方も同じことを言っていました。さらに、スミレさんは続けます。
自分の好きな作家さんの最新作を読んだとき、その人の過去の作品を読みたいなと思うときがある。作風が変わることもある。そうした気持ちで、自分の本棚を見たい。
もうね、言葉になりませんでした。自分がどれだけ承認欲求に飢えた、”自分大好き人間なんだ”と打ちひしがれました。
色々な解釈や自分とは違う視点を教えてほしい

ですが、そんなスミレさんも中学校当時、書いた作品を仲のいい友達に見せたり、今も色々なサイトに投稿されたりしています。
そうした方が、なぜ他の方に見せるか不思議ですよね。わたしとかは、褒めてほしくてうずうずしてばっかりですが、スミレさんは違いそうです。
スミレさんは言います。
作品をどう解釈するか、何を感じるかは読者の自由。私自身が意識していなかった部分や表現を取り上げてもらうことで、私も発見がある。だから、色々な方に読んでもらって、それぞれの感じ方を教えてほしい。
アーティストなんですよね、完全に。一人の表現者としてこれほど衝撃を受けたことはありません。
ですが、スミレさんご自身も別のnoteで書いてらっしゃるように、一定の年齢から夢に向かって動いている方の勢いが羨ましいと思うし、凄いと思うとも仰っていました。
そう、それは優劣とかではなく、違いでしかないのでしょう。リベラルアーツが教養であり、それが視点を増やすことだとするならば、正にこういうことなのだと痛感したインタビューでした。
わたしもこの夢に向かうパワーみたいなものは上手く活かしつつ、スミレさんのように作品を自由にたのしんでもらうアーティストの本懐のような考え方も取り入れていけたらと思います!
改めまして、ご参加いただき、また、インタビューに付き合っていただき、ありがとうございました!そして、ご受賞おめでとうございました!!
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