朝は島、昼は渋谷、夜は池袋【島学#16】/離島の小学校三年目の学び編 16
2004年10月。
東京での学会発表から島へ戻って、まだそれほど日がたっていなかった。
それなのに、またしても上京することになった。
今回の目的は、第3回学校CMS会議への参加だった。
ただ、せっかく東京まで行くのなら、それだけで帰るのはもったいない。
島で進めている総合的な学習につながる教材も、自分の目で確かめてみることにした。
1.魚とイカを持って、再び東京へ
10月2日の朝、クーラーボックスにハマチの刺身とイサギ、それに前の晩に釣ったイカを詰め込んだ。
ハマチとイサギは前日に分けてもらったもので、イカは自分で釣ったものだった。
それを抱えて、7時発の連絡船に乗った。
まず実家へ寄ってイカとイサギを届け、それから自宅へ戻って東京行きの準備をする。
空港10時50分発の便だったので、あまりのんびりもしていられなかった。
慌てて家を出たせいで、途中でSuicaを忘れたことに気づいた。
12時過ぎに羽田へ到着し、浜松町で昼食を済ませる。
そのまま向かったのは渋谷だった。
目的地は「たばこと塩の博物館」。
もちろん、たばこを見るためではない。
塩の教材研究が目的だった。
2.渋谷で「塩」を見る
館内に入ると、たばこの展示は横目に見ながら、塩のコーナーをじっくり見て回った。

塩そのものについての知識だけでもかなり深い内容があり、島で取り組んでいる学習に使えそうなものがいくつもあった。
資料を見るだけでも面白かったが、特に目に留まったのが製塩法を紹介する館内ビデオだった。
「これを子どもたちに見せることはできないだろうか。」
せっかくここまで来たのだから、聞くだけ聞いてみようと思い、博物館の方に相談してみた。
学校の授業で利用したいことを説明すると、これまでにあまり例がなく、著作権の問題もあるため、その場では判断できないとのことだった。
後日、改めて連絡をいただくことになった。
すぐに答えは出なかったが、使うことができれば面白い教材になる。
何とかならないものかと思いながら博物館をあとにした。
その後、茅場町のホテルへチェックインして荷物を置き、今度は秋葉原へ向かった。
LAOXで20GBのiPodを購入する。当時の自分にとっては、これも気になっていた新しい道具の一つだった。
3.東京の夜、話は尽きない
19時、翌日の学校CMS会議に参加する富山のSさんとホテルのロビーで待ち合わせた。
近くの焼き鳥屋へ入り、夕食を兼ねて一杯やりながら話をする。
総合的な学習のこと、それぞれの県の教育事情のこと。
普段はなかなか直接会えない人と顔を合わせると、話題はいくらでも出てきた。
20時30分頃になると、今度は全日教連東京専従のUさんから電話が入った。
こちらへ向かっているというので、その後は池袋へ移動する。
そこでは組合関係の話で盛り上がり、最後はラーメンまで食べた。
気がつけば終電はなくなっていた。
仕方なくタクシーでホテルへ戻る。
朝は島から魚とイカを持って船に乗り、昼は渋谷で塩を調べ、秋葉原へ行き、夜は焼き鳥屋から池袋へ。
さすがに長い1日だった。
4.第3回学校CMS会議
翌朝の東京は、前日の天気から一変して雨になった。
10時から第3回学校CMS会議が始まった。
静岡大学のH先生から、これまでの経過と今後の見通しについて説明があり、学校Web本の企画や、新しいシステム機能についても意見交換が行われた。
H先生の進行は、いつもながら見事だった。
押さえるところはきちんと押さえながら、ところどころにジョークを入れて場を和ませる。
前夜、Sさんと「H先生の大学での講義を1度受けてみたい」と話していたばかりだったが、その思いはますます強くなった。
会議に参加しながら、自分が今、かなり面白い場所にいることを感じていた。
学校ホームページを更新するだけではなく、その仕組みそのものを考え、新しい機能について意見を出し合う。
そんなプロジェクトに参加できることがうれしかった。
12時40分からはランチパーティーとなり、そこでも参加者との情報交換が続いた。
帰りは最終便を予約していたが、1便早い飛行機に変更できそうだったので、少し早めに羽田へ向かった。
17時10分発の便に乗り、18時25分に到着。
その日は我が子たちの運動会だったので、家に帰ると話を聞きながら、妻が撮ってくれていたビデオを見た。
東京で過ごした2日間が終わった。
5.島からメールで陸上大会を支える
東京から戻った2日後、学校で仕事をしていると放課後に電話がかかってきた。
翌日は市の陸上記録会だった。
しかし今年の学校には5・6年生がいないため、子どもたちは出場しない。
自分も役員として参加できないことを、あらかじめお願いしていた。
夏休み中に行われた水泳検定会のときは、子どもたちの参加とは別に役員として手伝うことができたが、今回はそうはいかなかった。
もっとも、翌日が陸上記録会で、その日は前日準備だということ自体、すっかり忘れていた。
電話をかけてきたのは、以前同じ市で勤務したことのある体育主任の先生だった。
自分が陸上大会へ行けないため、記録と集計の係をお願いしていた先生である。
「Excelのデータ表示が、少しおかしいんです。」
水泳検定会のときに渡していた集計用のデータだった。
まずはメールに添付して送ってもらうことにした。
届いたファイルを開いて確認すると、集計部分の式がうまく表示されていなかった。
修正方法を電話で伝えたものの、自分が大会へ行けないこともあり、こちらでもファイルを直しておくことにした。
修正したExcelファイルを、再びメールに添付して送信する。
しばらくしてメールを確認すると、返信が届いていた。
ファイルは無事に届き、使える状態になったようだった。
ようやく、ほっとした。
次回に続く・・・
前回の話👇👇
◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)👇👇
約25年前の2002年、船が生活のすべてを左右する離島の小学校に赴任しました。
予定通りにいかないことが当たり前の中で、学校と暮らしが地続きの毎日を過ごしていました。
そんな環境の中でも、子どもたちに自信をもたせたいと考え、総合的な学習の時間に取り組んでいました。
この話は、離島の小学校勤務2004年度当時の日記をもとに、島の学校編では収まらないプロジェクトや情報教育、外部との関わり等について描いていきます。
※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。
マガジン離島の小学校三年目の学び編👇👇
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