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シロクマ文芸部|花火のないベランダに夏の音が降り注ぐ

夏の音が降ってくる。朝からオアシスのセカンドアルバムを流しっぱなしにした部屋に夏が積み重なっていく。

餃子を九十個作ったのは花火大会のためだったのにフライパンを準備しはじめた途端、ニュースから「延期になりました」って流れてきた。雨なんか降りそうもないのに。
キッチンでため息をつきながら「延期だって」ってLINEしたら、ユミピとカナと七尾が「行くわ」「餃子食わせろ」って同時に返ってきて、結局みんなうちに集まってくれた。大学を卒業してから土曜の夜に三人とも揃ったのは奇跡で、なんだかすぐったい感じがして、それはたぶんあたしが六回目の面接に落ちたからだ。

夕方、スピーカーを置いたベランダにビニールシートを敷いてインド製の小さな鏡がついたクッションをたくさん持ち込んだ。
〈Champagne Supernova〉が流れると、ワンピース姿のユミピが「昔の曲ってなんかいいよね」って言って、七尾が「最近のはなに聴いてんの?」ってハイライトを吸いながら横から覗いていたけど、ユミピは答えなかった。なにも聴いてないんだと思う。この曲が流行った頃、ここにいる誰ひとり生まれていなくて、ビーサンが四足並んでいて夏だなと思った。

カナが手土産にクラフトビールとかハーゲンダッツ期間限定『玉露』とかを、たまたま通りかかっただけだからって感じで、しれっと渡してくれる。こういう気分のほぐれ具合にまたくすぐったくなって鼻の奥がツンとする。

焼いた餃子はたぶん、あたしの人生でトップ3に入る出来で、皮のパリッと感とニンニクの量が絶妙で、肉汁がジュワッとにじむ香ばしさも最高で、カナが「てか、店出す?」って目を丸くして、七尾が「一生通います」ってビール開けて、あまりに美味しかったからそのうち「ヤバい」しか出てこなくなってしばらく黙って食べた。

夜の湿ったベランダに脚を投げ出して、酔いがまわった頃になっても雨はやっぱり降らなかったし、風もなかったのに花火は打ちあがらなくて、たぶん今夜はそういう運命だったんだと後で日記に残しておこう。九十個はあっという間に消えた。

みんなの顔を順に眺めながらあたしは、髪をかきあげてタバコを燻らしている七尾の横顔を見て、ちょっとだけ好きだったのを突然思い出して、秒で、あ、もう違うなって打ち消した。きらいとかじゃなくてむしろまだ好きなんだと思うけど、前みたいに「腕に触りたい」とか「カナと別れてほしい」とかストレートな欲求が全部なくなってた。カナとはずっと友だちだし、なにおかしなこと言ってんだ自分って。時間はたいてい過去を笑えなくなった瞬間から動かなくなるからこれでよかった。

猫のピーナツがずっと網戸の前で鳴いていて外に出たがっているみたいだ。
花火のあがらない、オアシスが流れてるだけの部屋の網戸を開けようと手を伸ばすと、ユミピが「ピーナツが出たら、もう帰ってこない気がする」って真顔で言って、全員しんとなって、七尾が「いや、それおまえの元カレの話な」とか言って、笑いが爆発した。ユミピはあんなにツラそうだったのにまだ不倫してるみたいだ。ピーナツをベランダに出してあげたら喉を鳴らして寝っ転がった。

東の空に稲光が走って、空が一瞬だけまっ白になって世界がモノクロみたいで怖くて四人で宙を仰いだ。稲妻にリアム・ギャラガーのエモい歌声が重なって、まるで夏の音楽みたいで、誰かが「これが今日の花火ってことで」って言った後、みんなで黙ったままビールを飲んだ。稲妻のあとの沈黙って獣の匂いがしてゾクゾクする。

あたし達はすでに自由で、それは無責任さとは違う種類のもので、親密なのに誰かにしがみつくことのない浮草のような感じで、相手が何を考えているのかなんて浅はかな想像で悩んだりしないし、相手の全てがわかっているのだと高をくくったりもしない。世界のわかり得ないところがある事実を受け入れて、それでも他者の心の内をいつでも思いやっている証拠をさりげなく気配に変えているような真のやさしさが漂っている。だから手放しで能天気でいられる。しかもほとんど無意識のうちに。

四人は何も話さない。黙っていても喋っているみたいだし、お互いの気持ちを無音の声で交換しあってるのがわかる。だからあたしは時々、泣きそうになる。
月のない生温かなベランダであたしは、カラになった餃子の皿を見て、七尾の肩に寄りかかるカナの柔らかそうな耳たぶを見て、陽に灼けた七尾のうなじに張りついてるトカゲの刺青を見て、ピーナツの後頭部をずっと撫でつづけてるユミピの手首にうっすら残る傷痕を目でなぞってから、ヘヴィリピートに夏が降りそそぐトロリとした夜の空気を思いきり吸い込んだ。

                                (了)



シロクマ文芸部 に参加させていただきました✨ 
まだまだお暑い日がつづきそうなのでどうぞご自愛くださいませ。



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