J.S. Bach:カンタータ BWV 146 《Wir müssen durch viel Trübsal in das Reich Gottes eingehen》
バッハのカンタータの中でも、特にお気に入りの作品の一つです。
最初は本当に驚きました。突然、聴いたことのある旋律が流れてきたからです。
それは、ピアノ協奏曲第1番でした。
私が聴いた音源ではパイプオルガンで演奏されていたのですが、あまりにも素敵だったので、なぜこの曲がカンタータにあるのかとても気になりました。
この作品について、私なりに調べてみたことをまとめておこうと思います。
作品について
《Wir müssen durch viel Trübsal in das Reich Gottes eingehen》
われら多くの艱難を経て神の国に入るべし
(Trübsalは艱難(かんなん)、苦難などと訳されることが多いようです。)
• 作品番号:BWV 146
• 作曲:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
• 年代:1726年頃(ライプツィヒ)
• ジャンル:カンタータ
• 典礼日:復活祭後第3主日(Jubilate Sunday)
→Jubilate=「喜べ」の意味。復活祭(イースター)の翌日から数えて3週目の日曜日。教会では毎週日曜日ごとにテーマや聖書箇所が決まっていて、この日は「Jubilate Sunday(ユビラーテ)」とも呼ばれます。説教や礼拝の曲(カンタータなど)も、その日曜日に合わせた内容になっています。
• テーマ:
復活祭後第3主日(Jubilate Sunday)に読まれた説教に、ヨハネによる福音書 16章20節に基づいた言葉があります。
„Ihr werdet traurig sein, aber eure Traurigkeit soll in Freude verwandelt werden.“
この節はイエスが弟子たちに語った言葉で、“悲しむ時が来るが、その悲しみは喜びに変わる“という約束を含んでいるようです。
(この世の人生は試練に満ちている。でも、それは神の国に入るための道。だから希望を持って耐えよう)
この作品も「苦難を経て天国に至る」というテーマが中心とされていて、地上での苦悩と、信仰によって得られる慰めや天国への希望が、各楽章を通じて対比的に表現されています。
• 編成 (諸説あり)
ソプラノ・アルト独唱、合唱(SATB)、フルート、オーボエ(・ダモーレ)2本、弦楽器(ヴァイオリン1・2、ヴィオラ、チェロ/コントラバス、オルガン、(チェンバロ、リュート)
Bach Digital
• 構成と特徴
Sinfonia
Wir müssen durch viel Trübsal (Chor)
Ich will nach dem Himmel zu (Arie)
Ach! wer doch schon (Rezitativ)
Ich säe meine Zähren (Arie)
Ich bin bereit (Rezitativ)
Wie will ich mich freuen (Arie)
Freu dich sehr (Choral)
最初の2曲は現存しないヴァイオリン協奏曲に基づいていて、バッハはこの音楽の素材ををハープシーコード協奏曲 BWV 1052 (ピアノ協奏曲第1番 ニ短調) にも用いました。まるでオルガン協奏曲のようなインパクトのある冒頭を聴けば、すぐに気づくことでしょう。
この後に地上での苦しみや困難を思わせるような合唱が続き、アルトのアリアでは、現世の苦しみから天国への憧れが表現されています。ソプラノ、フルート、オーボエ・ダモーレの独奏パートが、苦悩から喜びへの移ろいを描写しつつ、最終の二重唱およびコラールではすべての苦悩が去り、安らかな結末に至ります。
必ずしも歌詞が理解できなくても、歌やそれぞれの楽器の音色をじっくり聴きながらイメージしてみるのも楽しみ方の一つですね。作品全体を通して聴くと、まさに「試練を乗り越えて喜びと安らぎに至る」ストーリーが見えるようです。人生の困難と信仰による慰め、そして喜びの到来という流れを、音楽を通して感じ取ることができます。
この作品では協奏曲的な要素と教会カンタータの構成が巧みに融合しており、またシンフォニアやアリアにおける旋律の再利用や編曲技法は、バッハの創作プロセスを理解する上で重要な手掛かりとなっています。
演奏 • 録音
この作品がコンサートなどで演奏される機会は、残念ながらそう多くはないようです。
いつか教会やホールで聴ける機会を待ちつつ、普段はいくつかの録音を愛聴しています。
Netherlands Bach Society (オランダ・バッハ協会)
公式サイトから動画の視聴が可能です。歌詞も掲載されています。
この演奏で指揮をされているJos van Veldhoven(ヨス・ファン・フェルドホーフェン)さんのインタビューです。
この作品のテーマや楽曲について解説されています。2曲目の合唱で用いられている“saltus duriusculus“(不協和的な跳躍進行)について、3曲目のアリア(Ich will nach dem Himmel zu)での伴奏楽器の選択についてのお話などが特に印象に残りました。
このカンタータには信頼できる自筆譜が残っておらず、最初の筆写譜はバッハの死後に弟子たちを通じて伝わったものなので、当時のオリジナルの状況が正確にどうだったのかは分からないということも仰っています。3曲目のアリアではオルガンをオブリガートの独奏楽器として使うことも可能だけれど、冒頭2曲の基になっているヴァイオリン協奏曲との関連から、この演奏ではヴァイオリンの伴奏を選択しているとのことです。
ヴァイオリン協奏曲について
このカンタータの冒頭2曲の基となったといわれるヴァイオリン協奏曲のオリジナルは残念ながら現存しませんが、研究によって復元された演奏を聴くことができます。
《Violin Concerto in D minor (reconstruction)》
BWV 1052r
The concerto played here is a modern reconstruction, based on a harpsichord concerto written much later by Bach, but which is presumed to originate from a violin concerto.
→ここで演奏されている協奏曲は近代の復元版で、バッハが後年書いたハープシーコード協奏曲を基にしています。これはヴァイオリン協奏曲を原型としていたと推定されます。
この演奏を聴くと、やっぱりもとはヴァイオリンのために作られた曲に違いない、と信じたくなります。カデンツァがとてもかっこいいです…
アムステルダム国立美術館 で撮影されています。
(Rijksmuseum, Amsterdam)
この協奏曲についての、ヴァイオリニスト 佐藤俊介さんのインタビューです。
「オリジナルとは何か」 についてのお話がとても印象に残りました。
「彼(バッハ)にとってオリジナルというのは、最初に紙に書きつけた音符全てを意味するわけではなく非常に流動的なもの。私にとってオリジナルとは、素晴らしいアイディアという事実であり、その素晴らしさは、そのアイディアの中に潜在している可能性にある」ということを仰っています。
この曲がヴァイオリン協奏曲であると推測される理由、“バリオラージュ(bariolage)”と呼ばれる奏法についても、実演とともに解説されています。
失われてしまった作品が実際にどのように復元されるのか、とても気になります。
この曲を通じて、オリジナルのアイディアが転用されている作品を追いかけていくのも楽しいなと思いました。これからまたどんな作品に出会えるか、とても楽しみです。
※翻訳の箇所について
私の外国語力と日本語力では細かなニュアンスまで的確に表現し切れていませんが、ご容赦下さいㅠㅠ
