複利の効き始める瞬間――複利を盆栽として眺める
はじめに
よく、資産運用の話題で「複利は投資額数千万円になってから効き始める」といわれます。
その感覚は、よくわかります。
例えば、1万円を年利5%で運用すると、1年間で増えるのは500円です。その500円も翌年には運用されますが新たに生み出される利益は25円にすぎません。
元の1万円が生み出す500円に対して、複利によって上乗せされるのは、まだ25円です。これでは「複利の力はすごい」といわれても、あまり実感がわきません。
では、複利の力を実感できる特別な転換点は、いつ訪れるのでしょうか。
ある金額を超えた瞬間、資産の増え方が突然変わるのでしょうか。
それとも、その転換点が訪れるまで、私たちはひたすら辛抱強く待つしかないのでしょうか。
もちろん、ものの見方を変えても、実際の資産の増え方が突然変わるわけではありません。
けれども、複利を「いつか急に効き始めるもの」として待つのではなく、すでに起きている小さな変化を別の形で捉えられれば、資産形成はただの苦行ではなくなるかもしれません。
まだ小さな複利の動きを、成長の途中にあるものとして愛でることはできないだろうか。
そんなことを考えて、この記事を書いてみました。
1. 複利には特別な転換点はあるのか。
複利の仕組みはそれほど難しくありません。
元本が生み出した利子を再び運用することで、その利子にも新たな利子が発生し、次の年に運用される元本が少しずつ大きくなっていく。
そういう仕組みです。
複利そのものの効果だけを考えるために、利率が外的な要因を受けず、常に一定であると仮定してみます。
この場合、元本は一定の割合で成長していきます。ある金額を超えた瞬間に突然仕組みが変わるわけではなく、粛々と利子が元本に組み込まれていきます。
数学的に見れば、「ここから複利が効き始める」という特別な転換点はなさそうです。
それでも、私たちはある段階から「複利が効いてきた」と感じます。
これは、以前にアキレスと亀について書いた時にも考えたことですが、人間は、自分の実感と結びつかない量を捉えるのがあまり得意ではありません。
数円の増加には、なかなか心が動きません。しかし、それが数百円になり、コンビニでおにぎり一つを買える金額になれば、少し意味のあるものとして感じるかもしれません。
さらに、1年間に生まれる運用益が、毎月積み立てている金額の1か月分に達したとします。すると、自分がお金を出さなくても資産が1か月分を積み立ててくれたように見えます。これはかなりうれしいはずです。
それが、自分の月給と同じぐらいになったら、さらに印象は強くなるでしょう。このあたりまで来ると、ようやく「複利はすごい」と実感し始めるのではないでしょうか。
つまり、複利に数学的な転換点があるのではありません。
転換点があるとすれば、それは生み出された果実を、自分が普段使っている金額の尺度と結び付けられるようになった瞬間です。
複利の効果が突然大きくなるのではなく、もともと起きていた変化が、ようやく私たちの実感に届くレベルになったということです。
しかし、そのような特別な転換点だけが、私たちに喜びを与えてくれるものなのでしょうか。
運用益が、自分にとって意味のある金額に達するまで、私たちはただ待ち続けるしかないのでしょうか。
まだ小さな変化のなかにも、複利の成長を実感する方法はないのでしょうか。
2. 報酬の象限を変える――複利を盆栽として眺める
先ほどの1万円の例を、盆栽として考えてみます。
1年目に生まれた500円の運用益は、新たに伸びた一本の枝です。
その500円も元本の一部として運用され、翌年には25円の利益を生みます。
小さな枝から、新しい芽が出たと考えることができます。
その芽もまた次の年には利益を生み、時間を重ねるごとに、少しずつ枝を伸ばしていきます。
盆栽は、完成した瞬間だけに価値があるのではありません。
新しい芽が出たことや、枝が少し伸びたこと、枝がわずかに太くなったこと。その変化を観察することにも、楽しみがあるのだと思います。
以前、『努力の地図』を読んだ際に、報酬の置き場所を変えるということについて学びました。
複利についても、運用益が自分にとって手触りのある金額に達することだけを報酬とするのではなく、資産が自ら利益を生み出す構造が少しずつ育っていることを、別の報酬として捉えることはできないかと考えました。
これは、少ない報酬を精神的な満足で埋め合わせようという話ではありません。
500円は500円ですし、25円もやはり25円です。その金額を実際より大きく評価するわけではありません。
そうではなく、将来さらに育っていく枝が一本増えたという、構造の変化にも目を向けてみるということです。
つまり、
現在の幹の太さや枝ぶりだけを愛でるのではなく、その枝が育っていく過程ごと楽しむ。
ということだと思います。
報酬の捉え方を、少しだけずらしてみる。
そうすれば、
長い時間をかけて運用益が手触りのある金額に達するまで得られなかった喜びを、成長を観察するという別の形で、今から受け取れるようになるかもしれません。
では、実際に複利の盆栽には、どのように枝が増えていくのでしょうか。
その姿をもう少し具体的に見るために、以下では二つのパターンを考えてみます。
一つは、最初に一度だけ入金し、その後は追加投資をしないパターン。
もう一つは、毎年一定額を積み立てていくパターンです。
3. 一本の木を育てるーー初期投資だけの場合
まず、最初に一度だけ投資し、その後は追加投資をしない場合を考えてみます。
先ほどと同じように、1万円を年利5%で運用するとします。
この1万円は、最初に植えた一本の苗木です。
その後、新しい苗木を外から加えることはありません。最初に植えた一本が、自ら枝を伸ばしながら育っていきます。
1年目には、1万円から500円の運用益が生まれます。
これは、幹から新しい枝が一本伸びた状態です。
この時点では、元の1万円に比べると、500円の枝はまだ小さなものです。
2年目には、最初の1万円が再び500円を生み出します。
それに加えて、前年に生まれた500円の枝も、25円の利益を生み出します。
つまり、2年目に新しく増える金額は525円です。
ここで注目したいのは、増加額が500円から525円になったことだけではありません。
前年に生まれた枝が、今度は自ら新しい芽を出す側に回ったことです。
最初は、元本である幹だけが枝を伸ばしていました。
しかし、いったん生まれた枝も、次の年からは新しい成長を生み出します。
その新芽も、さらに時間がたてば、自ら次の芽を生み出す側に回ります。
外から新しいお金を加えていないにもかかわらず、木のなかで成長を生み出す部分が、少しずつ増えていくのです。
もちろん、最初のうちは、その変化はとても小さなものです。
500円から生まれる25円は、金額だけを見れば、ほとんど心が動かないかもしれません。
しかし、盆栽として眺めるなら、25円は単なる小銭ではありません。
前年に伸びた枝から、初めて新しい芽が出たという変化です。
その芽はまだ小さくても、翌年にはさらに成長し、その後も利益を生み続けます。
初期投資だけの場合、資産の成長は、最初に植えた一本の木にすべて委ねられます。
新しい苗木を追加することはできませんが、その一本から伸びた枝が、次の枝を育てていきます。
この場合に愛でたいのは、現在の木の大きさだけではありません。
最初の一本から生まれた枝が、少しずつ自分自身で次の成長を生み出すようになっていくこと。
それが、初期投資だけで育てる複利の盆栽の姿です。
4. 毎年、新しい苗木を植える――積立投資の場合
次に、毎年一定額を積み立てる場合を考えてみます。
ここでは、毎年のはじめに1万円を投資し、それぞれを年利5%で運用するとします。
初期投資だけの場合は、最初に植えた一本の木を、その後も育て続ける形でした。
積立投資の場合は少し違います。すでに植えた木を育てながら、毎年、新しい苗木を一本ずつ加えていきます。
最初の年に投資した1万円は、最も早く植えられた木です。
この木は、1年目に500円の運用益を生みます。
翌年には、その500円も元本に加わり、さらに利益を生みます。
最初に植えられたぶん、最も長い時間をかけて枝を伸ばしていきます。
2年目には、新たに1万円を積み立てます。
これは、前年の木を太くするというより、その隣に新しい苗木を一本植えると考えます。
新しく植えた木も、そこから自分の時間を歩み始め、1年後には500円の枝を伸ばします。
3年目には、さらに新しい苗木が加わります。
こうして積立投資では、植えられた時期の異なる木々が、同じ鉢の中で並んで育っていきます。
最初に植えた木は、すでに何度も枝を伸ばしています。2年目に植えた木は、それより一回少なく、3年目に植えた木は、まだ芽を出したばかりです。
同じ1万円を投資したとしても、育ってきた時間が違うため、それぞれの木の大きさは同じではありません。
資産全体だけを見れば、これらはすべて合計され、一つの残高として表示されます。
しかし、その内側では、毎年積み立てたお金が、それぞれ別の木として育っています。
最初の木から生まれた枝もあれば、昨年植えたばかりの小さな苗木もあります。
積立投資の楽しみは、盆栽林全体が大きくなることだけではありません。
かつて自分が植えた一本一本の苗木が、それぞれの時間を重ね、少しずつ枝を伸ばしていくこと。
そこにも目を向けることができます。
特に、最初に積み立てたお金は、時間がたつほど、自分が直接加えた元本よりも、その木自身が伸ばした枝の存在感が大きくなっていきます。
一方で、最近積み立てたお金は、まだほとんど元の苗木のままです。しかし、その小さな木にも、やがて最初の枝が伸びてきます。
積立投資では、毎年の入金によって資産が増えるだけではありません。
過去に植えた木々が成長する一方で、新しい木も次々と加わります。
自分が植える力と、すでに植えた木々が自ら育つ力。
その二つが重なって、盆栽林全体が形づくられていくのです。
初期投資だけの場合には、一本の木が自ら枝を増やしていく姿を眺めました。
積立投資の場合には、年齢の異なる木々が、それぞれの速度で育っていく姿を眺めます。
資産総額という一つの数字の中に、何年も育ててきた木と、植えたばかりの苗木が同時に存在している。
そのように分けて見ることで、積み立てた一回一回のお金にも、それぞれの成長の物語が見えてくるのではないでしょうか。
今回は話を単純にするため、一つの銘柄に毎年同じ金額を積み立てる場合を考えました。
実際の資産運用では、複数の銘柄を保有することも多いと思います。その場合には、同じ種類の苗木を毎年植えるだけでなく、性質の異なる木々を一緒に育てることになります。
早く枝を伸ばす木もあれば、ゆっくりと幹を太くする木もある。定期的に果実をつける木もあれば、なかなか思うように育たない木もあるでしょう。
資産全体の金額だけを見るのではなく、それぞれの木がどのような育ち方をしているのかを眺めてみる。
そう考えると、複数の銘柄を保有することは、枝ぶりも成長の速度も異なる、小さな盆栽林を育てることに近いのかもしれません。
大切なのは、どの木もいつか大きくなると思い込むことではなく、資産を一つの残高としてだけでなく、それぞれ異なる時間を生きる木々として眺めてみることです。
5. 積み立て初期をどう捉えるか
積み立てを始めたばかりの時期は、資産の増加のほとんどを、自分が新たに入れたお金が占めます。
運用によって増えた金額はまだ小さく、資産が自ら育っているという実感は、なかなか得られないと思います。
資産残高だけを見れば、この時期はまだ「複利が効いていない」ように見えるつらい期間になります。
しかし、毎年の積立を一つずつ分けて眺めると、少し違った姿が見えてきます。
最初の年に植えた苗木は、すでに枝を伸ばし始めています。次の年に植えた苗木は、それより少し若く、最近植えた苗木は、まだ小さな芽を出したばかりです。
一本一本はまだ小さくても、それぞれの木は、植えられたときから自分の時間を歩み始めています。
積み立て初期とは、木々がまだ育っていない時期なのではありません。植えたばかりの若い木が多く、遠目に全体像だけを見ると、成長の成果がまだ目立たない時期なのです。
資産全体が十分に大きくなるまで待つのではなく、以前に積み立てたお金が、今年も自ら枝を伸ばしていることに目を向けてみる。
さらに、新たに積み立てるたびに、これから長い時間をかけて育っていく苗木が一本増えたと考えてみる。
そうすれば、積み立て初期は、複利が始まるまで耐えるだけの期間ではなく、将来の盆栽林を一本ずつ植えていく期間として眺められるのではないでしょうか。
6. いったんの終わり――小さな習慣を積み立てとして見る
ここまで、複利による資産の成長を、盆栽にたとえて考えてきました。
最初のうちは、一本一本の苗木はまだ小さく、伸びた枝もわずかです。資産全体を見ても、自分が積み立てた金額に比べて、運用によって増えた部分はほとんど目立ちません。
この時期だけを切り取れば、積み立てを続ける意味が感じられなくなることもあると思います。
同じことは、小さな習慣にも言えるかもしれません。
一回の行動だけを見れば、それほど大きな変化を生みません。
一日だけ本を読んでも、急に知識が増えたとは感じられない。少しだけ運動しても、翌日に身体が大きく変わるわけではない。積み立てと同じで、一回の努力からは、人生が変わるほどの成果は生まれません。
それでも、その一回は消えてしまうわけではありません。
今日読んだ一頁が、次に読む一頁の土台になるように、今日植えた一本の苗木も、その後、自分の時間を生き始めます。
習慣が続きにくいのは、行動と、自分が実感できる報酬との間に、長い時間差があるからかもしれません。
積み立ても、運用益が手触りのある金額に達することだけを報酬にすると、長いあいだ何も起きていないように感じられます。
けれども、一回の積み立てによって、これから育っていく苗木が一本増えたと考えるなら、その行動はすでに一つの変化を生み出しています。
大きな成果が出るまで待つのではなく、今日も育つ対象を一つ増やしたことを、小さな報酬として受け取る。
それは、最終的な金額を軽視することでも、わずかな利益を過大評価することでもありません。
遠い将来の成果だけに支えられて習慣を続けるのではなく、続けている過程のなかにも、目を向けられる変化を見つけるということです。
最初に植えた木も、あとから加えた木も、目立たないところで少しずつ育っています。
積み立て初期は、何も起きていない期間ではありません。
まだ小さな盆栽林を、一本ずつつくっている途中なのだと思います。
ここから先について
この記事は、当初から「盆栽」という比喩で考えていたわけではありません。
最初は、追加投資を「レンガ」、複利によって増えていく資産を「結晶」として捉えようとしていました。
しかし、実際に文章を書きながら考えていくうちに、少しずつ育っていく様子を表すには、盆栽の方が近いのではないかと思うようになりました。
この記事で伝えたかったことは、無料部分にほぼ書ききっています。
ここから先には、「レンガと結晶」から「盆栽」へたどり着くまでの手書きメモを載せています。書き始めた時点の構想と、実際にできあがった文章との間にどのような紆余曲折があったのか。完成稿の裏側にも興味があれば、ご覧ください。
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