1歳のお祝いはおうちで。だから、0歳最後の日はディズニーシーにしました。
第1章 1歳の誕生日、どう祝うか悩んだ
我が子の1歳の誕生日が近づいてきた頃。
私は、ひそかに悩んでいました。
——1歳の誕生日、どうお祝いしよう。
選択肢はいろいろあります。
まずは、フォトスタジオ。
プロに撮ってもらえば、当然きれい。
衣装もセットも可愛くて、一生残る思い出になる。
でも、お値段もそれなりです。
プランを見ていると、
軽く4〜5万円は飛んでいく。
「思い出はプライスレス」とは言うけれど、
できれば財布へのダメージは控えめでお願いしたい。
旅行も考えました。
家族旅行なんて、きっと素敵。
でも、赤ちゃん連れの旅行って、
出発前からすでにひと仕事です。
着替え、おむつ、離乳食、おやつ、
お気に入りのおもちゃ、保険の着替え、予備の予備。
気づけば荷物が、もはや引っ越し。
そこに交通費と宿泊費も加わるので、
これまた気軽とは言いがたい。
そう考えると、
やっぱり一番現実的なのは、おうち。
移動しなくていい。
子どもの機嫌に合わせて動ける。
胃の不調が多い私の体調にも融通が利く。
経済的にも、体力的にも優しい。
…うん、理屈ではわかっている。
でも。
SNSを開くと、
そこにはキラキラした
1歳バースデーの世界が広がっていました。
手作りのスマッシュケーキ。
おしゃれな選び取りカード。
名前入りの一升餅。
華やかな飾り付け。
そして、とびきり可愛い衣装。
みんな、すごい。
愛が、すごい。
見れば見るほど、
「ちゃんとお祝いしてあげたい」
という気持ちが膨らんでいきました。
1歳って、やっぱり特別です。
親にとっても、
子どもにとっても、
きっと一生に一度の大きな節目。
だからこそ、
思い出に残る日にしたい。
できれば、華やかに。
でも正直、準備はラクにしたい。
華やかに祝いたい気持ちと、
無理せず、いつもの私たちらしく
過ごしたい気持ちで揺れていた。
その両方を抱えながら、
私はしばらく答えを決められずにいました。
第2章 我が家はおうちBirthdayを選んだ
悩んだ末に、
我が家が選んだのは、おうちBirthdayでした。
理由は、すごくシンプルです。
無理をしたくなかった。
ただ、それだけでした。
せっかくのお祝いだから、
張り切ろうと思えばいくらでもできる。
でも、その準備で親がヘトヘトになって、
当日に余裕がなくなるのは違う気がしました。
1歳の誕生日に欲しかったのは、
完璧なお祝いより、
家族みんなで穏やかに笑える時間。
そう思って、
できる範囲で楽しむことにしました。
まず、スマッシュケーキ🎂
手作りも素敵だけれど、
今回は近くのケーキ屋さんで購入。
お値段は、1500円ほど。
思っていたよりずっと手頃で、
「え、これなら全然ありじゃない?」
と、ちょっと嬉しくなりました。
衣装は、新しく買いませんでした。
選んだのは、
退院の日に着せたセレモニードレス。
ツーウェイオールタイプだったので、
ワンピースっぽく着せることができました。
生まれてすぐの頃はぶかぶかで
手も足も隠れていた服が、
1歳になって着たら膝丈のワンピースになっていた。
それだけで、
なんだか胸がいっぱいになります。
飾り付けも、
全部を一から用意したわけではありません。
壁に貼る
HAPPY BIRTHDAYのバルーンは、
事前にバースデイで購入済み。
さらにふらっと寄ったセリアで、
「Birthday Girl」と書かれたティアラと、
ケーキに刺す“1”の飾りを発見。
こういう、
“たまたま見つけた可愛いもの”
って、妙にテンションが上がります。
1歳の誕生日プレゼントと
生まれたときから一緒のぬいぐるみも用意して、
少しずつ部屋がバースデー仕様になっていきました。
そんなアイテムたちを
いい感じに配置して、
家の一角をセルフフォトスタジオにしました。
結果から言うと——
これで、大正解でした💮
写真は十分すぎるほど華やか。
わざわざ新しい衣装を買わなくても、
後悔はまったくありませんでした。
むしろ、
退院時の服だったからこそ、
生まれた頃からの成長を
より強く感じられた気がします。
白いドレスも、
お祝い感たっぷりで可愛かった。
豪華じゃなくてもいい。
完璧じゃなくてもいい。
その日、
家族みんなが笑っていられた🌷
それだけで、
1歳のお祝いとしては、
もう十分だった気がします。
そして実は——
この日、
あるふたつが手元にありました。
それが、
あとから思い返しても
「用意しておいてよかった」
と思えるものになるなんて、
まだ知りませんでした。
第3章 ふと思った「0歳最後の日」
2章の最後で触れた、
「この日のために用意していた、ふたつ」
その正体は――
ディズニーシー25周年のバルーンと、
マーメイドラグーンで作った
我が子の切り絵でした。
——でも、なぜこのふたつが
「1歳のお祝い」に並んでいたのか。
それには、少し話を遡る必要があります。
1歳の誕生日当日は、
おうちでお祝いすると決めていました。
でも、ふと思ったんです。
——1歳になる瞬間が特別なら、
0歳でいられる最後の日だって、
同じくらい特別なんじゃないか。
0歳最後の日も、
人生でたった一度しかない。
その瞬間は、
もう二度と戻ってこない。
そう気づいたら、
ただ何となく過ごしてしまうのが
少しもったいなく感じました。
じゃあ、どこなら無理なく行けるだろう。
そこで思い浮かんだのが、
ディズニーシーでした。
実は私たち夫婦は、
かつて年パスユーザーだったんです。
何度も通い、
思い出がたくさん詰まった、
特別で大好きな場所。
いつか家族3人で行きたいね、と
ずっと話していました。
タイミング良く、ちょうど割引券もあった。
「これはもう、行くしかない」
そう思ったら、
出費への迷いより、
行きたい気持ちが勝っていました。
——バルーンと切り絵は、
その日、ディズニーシーで手に入れたものです。
それが誕生日当日に
どんな役割を果たすことになるのかは、
このときの私たちには、
まだわかっていませんでした。
第4章 ディズニーシーへ
そうして迎えた、
0歳最後の日。
行き先は、
ディズニーシー。
……とはいえ、
当日を迎えるまでは、
不安もありました。
よりによって前日は、
夜泣きがかなり激しい日⚡
細切れ睡眠で、
しっかり寝たとは言いがたい状態でした。
行きの車もあまり眠れず、
寝不足のままディズニー。
文字だけ見ると、
まあまあハードです。
そしてもうひとつの不安が、
食事でした。
私は、食欲不振やムカつきがある日も多く、
「せっかくディズニーに行っても、
ご飯を食べられずバテたらどうしよう」
そんな気持ちもありました。
でも、
だからこそ思いました。
今日は、
全部楽しもうとしなくていい。
今回のディズニーの目的は、
マーメイドラグーンで切り絵を作ること。
そして、
私たち夫婦の“定位置”とも言える
メディテレーニアンハーバーを背景に、
家族3人で記念写真を撮ること。
それだけできれば、
もう満足。
そう決めていたから、
気持ちは意外とラクでした。
当日は、
朝から無理して動かず、
ゆっくり身支度。
お昼頃にインパしました。
この時間だったのが、
むしろ大正解。
入園待ちの列もほぼなく、
とてもスムーズに入れました。
天気も晴れ☀️
しかも、
暑すぎない。
これが地味にありがたかったです。
食事は、
やっぱり食欲が万全ではなく、
少しムカムカもありました。
なので、
レストランでは夫とシェアして、
食べられる分だけ食べました。
「全部食べなきゃ」
と思わなくていいだけで、
かなり気がラクでした。
そして、
パークに入ってすぐ。
可愛くて、ほぼノリで買った
25周年のバルーンが、
思わぬ大活躍をします🎈
ぐずりかけていた我が子に、
大ウケ。
バルーンを顔に近づけると
ケラケラ笑ってご機嫌に。
あの瞬間、
「あ、買ってよかった」
と心から思いました。
その後も、
ベンチやお店でこまめに休憩。
無理せず、
のんびり回る。
そのおかげか、
思っていたよりずっと快適でした。
バテることもなく、
穏やかに過ごせました。
そして、ずっと我が子と乗りたかった
シンドバッドにも乗れました。
しかも、
空いていたので
キャラバンカルーセルにも。
アトラクションを楽しみながら、
音楽にノリノリな我が子を見る時間は、
想像以上に幸せでした🍀
そのあと、
マーメイドラグーンへ向かいました。
ここで作ったのが、
我が子の切り絵。
実はこの切り絵、
もともと夫婦ふたりのものを持っていました。
そこに、
我が子バージョンが増えた。
家族3人、お揃いになった。
ただそれだけのことなのに、
すごく嬉しかったんです。
そのあと、
私たち夫婦の”定位置”だった
メディテレーニアンハーバーをバックに、
家族3人の記念写真も撮りました。
ずっと変わらない景色の前で、
3人並んで写真が撮れたこと。
3人並んだその景色に、
なんだかじんとくるものがあって。
「毎年、ここで撮ろうね」
そう夫と話しながら、
大満足でパークを後にしました🌈
そして赤ちゃん連れで行って、
気づいたこともたくさんありました。
まず、
アトラクションにたくさん乗らなくても、
十分楽しい。
ほぼ散歩だけでも、景色や雰囲気、
流れている音楽を子どもと一緒に楽しめました。
大人だけで行っていた頃とは、
全然違う周り方だけど充実してた。
それから、
バルーンが意外な便利アイテムでした。
ベビーカーにつけておくと、
アトラクション後の
ベビーカー探しもあっという間。
目印としてかなり優秀でした🎈
あと個人的な発見は、
アラビアンコーストのトイレ。
比較的空いていて、
並ばず使える場面が多かったです。
小さなことだけど、
赤ちゃん連れにはかなり助かる。
もちろん、
楽なことばかりではありません。
我が子は、
待ち時間やアトラクション中に、
近くの人を触ろうとすることもありました。
だから、
目は離せない。
常に気を張る場面もあります。
でも、
それも含めて、
今しかない時間なんだと思いました。
手がかかる。
目が離せない。
思い通りにいかない。
それでも。
0歳最後の我が子と過ごした
ディズニーシーは、
想像していた以上に、
愛おしい一日でした🩵
第5章 大正解だった理由
0歳最後の日を
ディズニーシーで過ごしてみて、
改めて思いました。
——あの日、行ってよかった。
心から、
そう思います。
理由はいくつかあります。
まずひとつ目は、
0歳の我が子を、
たくさん抱っこできたこと。
家にいると、
抱っこはどこか
「必要だからするもの」
になりがちでした。
泣いたから抱っこ。
ぐずったから抱っこ。
寝かしつけのために抱っこ。
もちろん、
それも大切な時間です🕰
でもディズニーでは、
少し違いました。
待ち時間も。
ベンチでの休憩も。
ただ隣で景色を見たり、
音楽を聞いたりしながら、
穏やかな気持ちで抱っこできたんです。
「抱っこしなきゃ」ではなく、
「抱っこしてたい」
そんな感覚でした。
そして何より、
我が子が
何を見ても目をキラキラさせていました。
景色。
音楽。
アトラクション。
バルーン。
全部が新鮮で、
全部が楽しかったんだと思います。
家にいるときより、
不思議なくらい
ぐずることも少なかった。
その姿を見ているだけで、
こちらまで幸せになれました。
ふたつ目は、
たとえ本人が
何も覚えていなくても、
親はちゃんと覚えていること。
0歳の記憶なんて、
きっと本人には残らない。
よく、
そう言われます。
たしかに、
そうかもしれません。
でも、
だから意味がないとは
思いませんでした。
あの日、
私たちは
写真も動画もたくさん撮りました。
そして、
まだそんなに月日が経っていないのに、
私はもう何度も、
0歳最後の日の写真や動画を
見返しています。
そのたびに、
あの日の空気まで思い出すんです。
バルーンを見て笑った顔。
音楽に揺れていた小さな体。
前のめりで景色を楽しんでいるキラキラした目。
全部、
ちゃんと残っている。
本人が覚えていなくても、
親の記憶には残る。
それだけで、
十分価値があると思いました。
そして最後。
一番大きかったのは、
節目をちゃんと味わえたことです。
ディズニーから帰るときって、
毎回少し寂しいんです。
「帰りたくないな」
って、
いつも思います。
でも、
あの日の帰り道は
少し違いました。
いつもの寂しさに、
もうひとつ感情が重なっていたんです。
——ああ、もう0歳が終わるんだ。
その気持ちは、
嬉しいような、
寂しいような、
少し不思議な感覚でした。
明日になれば、
この子は1歳になる。
もちろん、
今日、明日で
何かが急に変わるわけじゃない。
でも、
確かにひとつの時代が終わる。
新生児だった頃。
寝返りを覚えた頃。
離乳食を始めた頃。
ハイハイで追いかけ回した日々。
0歳のたくさんの思い出が、
頭の中をゆっくり流れていきました。
1歳になる瞬間より、
0歳が終わる瞬間のほうが、
少しだけ特別に感じた。
たぶん私は、
誕生日そのものを祝いたかったというより、
0歳という、
かけがえのない時間に
ちゃんと区切りをつけたかったんだと思います。
1歳当日だけじゃなくて、
0歳最後の日に目を向けてみるのも、
案外おすすめです🫧
その日は、
人生で一度しか来ないから。
第6章 0歳と1歳をつなぐもの
そして、迎えた1歳の誕生日当日。
セルフフォトスタジオの片隅に、
そっと飾ったものがありました。
ディズニーで手に入れた、
あの25周年バルーンと、
我が子の切り絵。
0歳最後の日の思い出を、
1歳の始まりの日にも、そっと連れてきた。
そんな気持ちでした。

バルーンは、
数週間経った今も、
まだふわふわ浮いています。
若干しぼんではいるけど、
あの日のまま、
部屋の中でゆらゆら。
「まだ浮いてるね」
そう言いながら子どもと遊ぶとき
なんだか嬉しくなる。
切り絵は、
パークで額縁まで選んで、
商品として仕上げてもらったもの。
夫婦ふたりだった頃の切り絵の隣に、
我が子の切り絵を並べてみました。
撮影を終えて、玄関に飾ったときのことです。
家族3人、やっと揃った形。
ふと思いました。
——このバルーンと切り絵、
誕生日会場に置くために
用意したわけじゃなかったな、と。
ディズニーに行ったときは、
ただ嬉しくて、
ただ欲しくて、
持ち帰っただけ。
まさか翌日、
1歳の誕生日を彩ることになるなんて、
あのときは思ってもいませんでした。
でも、
だからこそよかった気がします。
計算していたら、
きっとこんな自然な形にはならなかった。
0歳最後の日に、
たまたま手に入れたもの。
それが、
1歳最初の日にも、
ちゃんと居場所を見つけた。
大げさに繋げようとしなくても、
思い出は勝手に繋がっていく。
そのことを、
バルーンと切り絵が
教えてくれた気がします。
0歳が終わって、
1歳が始まる。
その境目に、
同じバルーンと切り絵があったこと。
ちょっと大げさかもしれないけど、
なんだか物語みたいだなと。
バルーンを見上げるたび、
0歳最後の日のことを、
ふと思い出す。
まだ、
あの日は終わっていないのかもしれません。
大きなイベントも、特別な準備も、
なくていい。
ただ、
好きなものを、
好きなタイミングで持ち帰っただけ。
それが結果的に、
0歳と1歳をつなぐものになった。
そのくらいの
ゆるさでちょうどいいのかもしれません。
今日もなんとか、
繋がっていく。
そのくらいでいい🌱

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