新刊チェック:2026年5月第3週分①
2026年5月分の新刊チェックに関する過去記事はこちら(この回だけでも読めます)▼
新刊チェック:2026年5月第1週分
新刊チェック:2026年5月第2週分
今回は5月第3週分の新刊チェックの前半です! 文章も長いですから、ご覧になりたい部分だけご覧になってください。
5月第3週(10日~16日)
ナタン・ドゥヴェール著・山崎美穂訳『反世界【アンチモンド】』
5月10日、早川書房より発売予定。ナタン・ドゥヴェール(1997-)はフランスの小説家で、1冊も邦訳がないにもかかわらず、日本語版のwikipedia記事が存在しています。
早川書房の作品紹介には「Z世代のウェルベック」という惹句が付されています。しかし、ウエルベックとの共通点はどこなのか、早川書房の説明やwikipediaを読んだ限りではわかりませんでした。
Z世代のウェルベックが描くもう一つの未来世界!
2022年、コロナ禍のフランスで画期的なメタバース「反世界」が誕生。夢破れ、鬱屈した日々をおくる青年ジュリアンは詩人ヴァンジェルとしての人生を始め、一躍反世界のスターとなる。やがて彼が巻き起こす熱狂は現実世界に影響するまでに膨れ上がり……。
メタバースを題材とした作品において〈現実世界のみすぼらしい自分と仮想世界で成功をおさめたペルソナが乖離して、精神や現実世界になにかしらの支障をきたしてしまう〉という展開はよく見かけます。
この小説も同じような展開に落ち着いているように思います。
ただ、同様の設定をもつ日本の作品とひとつだけ大きく異なっている点もあります。それは仮想世界において詩人が人気を博しているという点です。
メタバースに夢中になっているのは若い世代の人が多いでしょうから、つまり、フランスでは、詩人が若者から支持を得ているという設定があっても、小説のリアリティが損なわれないということになります。
日本の作品であれば、確実に「詩人」を「シンガーソングライター」に変更していたことでしょう。谷川俊太郎や俵万智以降、詩人が熱狂的な人気を獲得するなんて想像もできない世界ですから。
張天翼著・濱田麻矢訳『雪の如く山の如く』
5月11日、集英社より発売予定。ひとまず、集英社の公式サイトから紹介文を引用しておきます。
中国最大の読書サイト「豆瓣」で2022年国内フィクション部門第1位!
大学生から70代まで、それぞれ異なる漢字だが同じ「リーリー」という読みの名を持つ6人の女性たちがそれぞれに遭遇する、ありふれた、しかしのっぴきならない現実とは。
どの「彼女」が体験する痛みと哀しみにも共感が呼び覚まされる、現代中国の新鋭作家による話題の短編集!
最初に気になるのは「中国最大の読書サイト「豆瓣」」という部分。どういうサイトなのでしょうか? 中国語は読めないので、複数の日本語のサイトから情報を引用することにしました。(リンクは引用文の右下の欄に貼っておきます。)
「豆瓣(douban / ドウバン)」は2005年3月6日に開設された中国のSNS。
最初期は、本と動画のレビューサイトでしたが、現在は、音楽、映画、ドラマなど幅広いジャンルのレビューサイトになっています。
Gonpen(ゴンペン)さん
豆瓣は、中国で絶大な影響力を持つ、映画、ドラマ、音楽、本など幅広いエンタメ作品の評価・レビューサイトです。日本の「映画.com」や「Amazonレビュー」、さらには「読書メーター」や「食べログ」といった多様な口コミサービスが一つになったような、大規模なコミュニティとして知られています。
中国ドラマ無料ナビ📺|トクちゃんさん
どうやら、(最初期こそ書籍と動画のみだったものの)現在の「豆瓣」はあらゆるコンテンツに関するレビューサイトになっており、その中に読書部門がある、というのが正確な認識みたいです。
ちなみに、「豆瓣」の由来について、こんな逸話があるようです。
創始者は、杨勃(ネット上の名前は阿北)。
北京の「豆瓣胡同」にあるカフェで、ウェブサイトのソースコードを書いたことが、サイト名の由来のようです。
Gonpen(ゴンペン)さん
「胡同」は中国語で路地のこと。そして「豆瓣」は発芽したソラマメなのだそう。お察しの方も多いかもしれませんが、中国語で豆板醤は「豆瓣酱」、つまり「豆瓣」は豆板醬の原料です。(恥ずかしながら、ソラマメが豆板醤の原料だったということを、私は今回初めて知りました。)路地の名前からして、「豆瓣胡同」は歴史的に飲食店街だったのかもしれませんね。
サイトに関する説明が長くなりました。作品の話に移りましょう。
どうやらこの作品は「リーリー」という同姓同名の6人の女性の短編集になっているみたいですね。ということで、全6編。
公式サイトには、その中でも3編分のあらすじが紹介されていました。今回は1編だけ取り上げたいと思います。
90 年代の旧正月、養親に遠慮して最も安い「座席なし」の切符を取り、ずっと立って帰省していた大学生・立立(リーリー)が大混雑の車内で体験したのは――「ただ座りたいだけなのに」
帰省ラッシュ時の新幹線や特急でずっと立っていた、あるいはずっと立っている人を見かけたという経験はあるでしょうか?
東海道新幹線の東京ー新大阪間の2時間半ですら辛そうだと感じてしまう私です。春節を迎えた中国の旅客列車・寝台列車となるともはや数日、絶対に耐えられないことでしょう。
「座席なし」の切符について、中国の鉄道事情に明るくないので間違っていたら申し訳ないのですが、私は日本の東北新幹線の立席特急券のようなものを想像しました。
東北新幹線は全車指定なので、通常の東海道新幹線のように自由席特急券を買うことができません。その代わり、立席特急券といって〈座席が完全に埋まっている場合でもデッキに立ちながら乗れる〉という権利を買うことができます。指定席が空いている場合は座ることもできます。ただし当該の指定席券を持った乗客が来たら譲らねばなりません。
立立という女性もそうした状況のさなかにいたのだろうと思います。(90年代の中国は高速鉄道網が未発達で、乗っているのは旅客列車あるいは寝台列車だっただろうと想像されます。)
大都市から地方に行けば乗客も減っていくはずですから、「座席なし」といっても数日間まるまる座れないということは珍しく、そのうち座れるだろうと目論んでいたのでしょう。しかしうまくはいかないようです。
ところで、自分のやりたいことが中々実現できないという状況は、カフカの『城』に出てくる測量士Kの境遇と似ているように感じます。きっとこの短編もどこかカフカ的な味わいがあるのかもしれません。そうした想像をしつつ、次の作品紹介に移りたいと思います。
アガサ・クリスティー著・廣野由美子訳『春にして君を離れ』光文社古典新訳文庫
5月12日、光文社より発売予定。今年はアガサ・クリスティ(1890-1976)没後50年。その記念の新訳ということみたいです。
訳者は廣野由美子。中公新書の『批評理論入門』や光文社古典新訳文庫版の『ミドル・マーチ』(ジョージ・エリオット著)の翻訳で有名な方かと思います。
夫と3人の子供に恵まれた裕福な中年女性ジョーンは、娘の住む中東を訪れた帰路、荒天のため足止めを食った砂漠のレストハウスで、ひとり自分の人生を振り返る。「良き妻、良き母」という自己イメージがしだいに崩れはじめて……。どこの家族にでもありそうな問題、誰かに似ているような主人公を、ミステリーの女王が深い人間観察で描き切る。クリスティー没後50年の記念の年に贈る新訳。文学作品の引用に関する訳注・解説も充実!
あらすじからカズオ・イシグロの『日の名残り』を連想しました。老執事のスティーブンスが、休暇中にイギリスの湖水地方を旅しながら、己の人生を振り返る、という話です。〈旅先で己の人生を振り返る〉という点では本作と共通しています。
また、本人の中で美化されていた・正当化されてきた記憶に不穏なほころびが生じていくという点、そのことが読者にも提示されるという点も似ているように思います。
私は察しの悪い読者なので、どうしても記憶と印象をめぐる物語に苦手意識があります。(こうした作品は察しの良い読者の特権意識みたいなものをくすぐりやすい、というのも苦手な理由のひとつです。)
とはいえ「記憶と印象」というテーマは、小説を読んでいく上で避けては通れません。ゆえに、そうした苦手意識を克服しておきたいです。
そういう意味でも、読みたい作品のひとつ、という感じがします。
次回も5月第3週(10日~16日)分の新刊チェックが続くと思います。必ずしも発売日順になっていないので、その点だけよろしくお願いいたします。
次回もお会いしましょう! それでは!
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