サロン楽屋話003.考えることで人は呆ける(認知症予防にテニスがいいワケ)
▶×考えれば呆けない?→○考えるから呆ける!
こちらで、「テニスは認知症予防にうってつけ」と述べました。
それは「考えない」からです。
逆に言えば、「考えるから人は呆ける」のです。
一般的に認知症の予防には、よく考えて頭を使うことが大事などと、「考える」かもしれません。
しかし頭で考えてるその間、「見えず、聴けず、嗅げず、味わえず、感じられない」と、テニスゼロではトレードオフの相関について指摘しているわけです(関連記事「『雑草プロ』に対するテニスゼロの所見」)。
そのせいで「今・ここ・この瞬間」に起こっている現実を、上手く認識できなくなるのです。
▶食べたばかりなのに「ご飯はまだなの?」
たまに道端で1人、ブツブツとつぶやいているお年寄りがいらっしゃいます(専門用語で言う「せん妄」)。
何をしているのかというと、頭の中でずっと考えていらっしゃいます。
考える(過去の記憶について思い出す)せいで、目の前で話している自分の子どものことを、「自分の親だ!」などと思い込んだりする。
何度も子どもから「私はあなたの親ではなくて娘なのよ!」と伝えられても、過去の記憶についてずっと考え続けてしまうせいで、その娘の声を認識できずに(聴けずに)います。
あるいは実感がないから、先ほど食べたばかりなのに「ご飯はまだなの?」などと言ったりします。
食べている最中も考え続けるせいで、味も匂いも食感も、情報が抜け落ちてしまっているのです。
▶「ありきたりでつまらない」せいで……
なぜ、考えてしまうのか?
それは集中力、観察力、客観性が乏しいせいで、目の前の現実が、「ありきたりでつまらない」と、思えてしまうからです(そうならないための処方箋については後述)。
テニスでいえば、「ボールなんて何の変哲もない黄色い球だ」などと考えるせいで、集中できなくなり、ミスやポイント、あるいは打ち方やフォームなどといった刺激的な内容を意識するのと同じです(関連記事「パックマンとテニスボール」)。
ですからボールを「何の変哲もない黄色い球」から、興味深い対象へと、認識を改める必要がある。
▶満足度が増すと、呆けない
そのために「ボールの回転を見る」というご提案。
あるいは遠近に伴う「ボールサイズの変化」を見て取るのもよいでしょう(関連記事「『サイズ感の変化』に気づく」)。
すると「この一球は絶対無二の一球」と認識されるため、無限のバリエーションに面白みを見い出せるから「ありきたりでつまらない」などということはなくなり、頭の中の思考に引き込まれずに済むのです。
日常生活で言えば、自分の子どもは子どもと、正しく認識できます。
食事の味も匂いも食感もしっかり感じられるから、満足度が増します。
なのに考えるせいでこの認識が抜け落ちるから、「自分の親だ!」「ご飯はまだなの?」となってしまうのです。
▶「ポイントの内容」を忘れる人たち
こうして見てくると記憶障害というのは、忘れるというよりも、何か他に別のことを「考える」せいで目の前の物事について認識できなくなるから、覚えられない、思い出せない症状と言えそうです。
テニスでも、普通はそのゲームのポイントくらい全部覚えていそうなものですけれども、考えながらプレーしている人は、ポイントを失念していざ振り返ろうとしたときに、「さっきの2ポイント前は何だっけ?」などと決まり手を思い出せなくなる。
セルフジャッジでゲームしているときに、たまに見受けられる光景でしょう(笑)。
4人が雁首揃え、思い出せないでいる。
わずか数分前の出来事を忘れているのだから、あながち「呆けている」と言っても、言い過ぎではないのです。
ここから先は
スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero
