【短編小説】①タイムリープ相談室:真田薫「優しさの落とし穴」
第一話 「優しさの落とし穴」
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◆ 平凡な男と奇妙な力
大和ワケルは、ずっと自分を「平凡な男」だと思っていた。
朝は眠い目をこすりながら満員電車に揺られ、会社では人並みに仕事をこなし、夜はコンビニ弁当を片手に録り溜めたドラマを見る。そんな生活が当たり前だった。
ただ一つ、人には言えない秘密を除いては――。
一日に三回だけ、最大24時間前まで過去に戻れる。
リセットは午前零時。まるで“ゲームのコンティニュー”のような力だった。
便利ではある。
遅刻を帳消しにしたり、会議での失言をなかったことにしたり。だが、それは些末なミスを取り繕うための「保険」のような使い道に過ぎなかった。
そんな力の真価を意識することもなく、ただ平凡な日常を繰り返していたワケルの人生が変わったのは――。
「タイムリープ相談室」のドアを開けた、その日からだった。
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◆ タイムリープ相談室
相談室のドアを押し開けると、まず静謐な空気が流れ込んできた。
柔らかな間接照明が空間を照らし、観葉植物の緑が視界に落ち着きをもたらす。本棚には、背表紙の擦り切れた本が整然と並ぶ。その一冊一冊が「必要なときにだけ選ばれるために置かれている」ように感じられた。
そして、その空間の中心にいたのが――真田薫だった。
黒髪をゆるく後ろで束ね、ベージュのジャケットを羽織る女性。40歳。
柔らかな表情を浮かべながらも、その目はどこか底知れず鋭い。笑っているのに、見透かされているような感覚になる。
「大和くん、今日の案件、あなたが担当して」
開口一番、薫が告げた。
「えっ、僕が……ですか?」
「研修ばかりでは伸びないもの」
淡々とした声。その抑揚は穏やかなのに、不思議と逆らえない圧があった。
「どんな依頼です?」
「父と娘。三年間絶縁中。修復希望」
薫は資料を指先でトンと叩き、ワケルに差し出した。
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◆ お茶汲みの爺
その横で、ふっと笑う声がした。
「まあまあ、肩の力抜きなさいな」
振り向くと、湯呑みを手にした白髪の老人が立っていた。
「爺さん……?」
「わしはただの雑用係じゃ。掃除してお茶汲んで……まあ、ここで愚痴を聞くのが仕事みたいなもんよ」
穏やかな声と笑み。
ワケルはほっとしたような気持ちになった。
「真田室長はな、よう分からん人じゃが……見捨てるようなことは絶対せんよ」
「……そうなんですかね」
「ふふ。信じるかどうかは、お前さん次第じゃな」
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◆ 依頼人・父の後悔
依頼人は佐伯浩一。五十代、無骨な作業着姿。
椅子に腰を下ろした彼は、膝の上で拳を握り締め、かすれた声を出した。
「娘と……三年、口をきいてません」
「大学に行きたいと言われたとき……“女に学問なんて必要ない”と……。あの言葉を、今でも後悔してます」
ワケルは胸が痛んだ。
「……本当は、応援したかったんですね」
「ええ……」
そのやり取りを、薫は黙って見ていた。
ワケルが「僕がなんとかします」と言うと、薫が低く言った。
「“なんとかする”って、どうやって?」
「えっ」
「方法もなく言うその言葉ほど、依頼人を空回りさせるものはないわ」
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◆ 一度目のタイムリープ:勢い
ワケルは一度目のタイムリープで、父と娘の家を訪ねた。
ドアが開くなり、父は頭を深々と下げた。
「美咲……! 本当に悪かった!」
だが、娘は無言でドアを閉めた。
戻ると、薫が待っていた。
「勢いで押せば解決するなら、世の中はもっと簡単よ」
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◆ 爺の茶席・一度目
「……室長、冷たすぎませんかね」
湯呑みに口をつけながらワケルが漏らすと、爺はにやりと笑った。
「冷たさはな、余白の裏返しじゃ」
「余白……?」
「寄りすぎると、依頼人は甘える。突き放しすぎると、歩けなくなる。その間合いを測るのが室長よ」
ワケルは黙り込んだ。
「……あの人、優しさ見せないですよね」
「見せんだけじゃ。見せる必要のない優しさもある」
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◆ 二度目のタイムリープ:情で動く
次は花束を持ち、娘の勤めるカフェへ。
父が謝罪を告げると、美咲は一瞬立ち止まったが、周囲の目を気にして言った。
「お客さん、迷惑です」
二度目も失敗。
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◆ 薫の言葉
「大和くん。……見栄えのいい努力は、“やってます感”だけが残るわ」
「でも、父親は必死なんですよ!」
「必死は、結果を出した者だけが許される言葉」
薫の目は揺るがなかった。
「優しさも情熱も、相手に届いて初めて意味を持つの。届かない優しさは、自己満足よ」
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◆ 爺の茶席・二度目
「……やっぱり分かんないですよ、室長」
「ふふ。お前さんは情の人じゃな」
「情が悪いんですか?」
「悪くない。ただ、それだけでは足りん。室長は合理の人よ」
爺は湯呑みを置き、静かに言った。
「情と合理、両輪が揃って初めて前に進む」
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◆ 三度目のタイムリープ:融合
ワケルは手紙を使うことにした。
父の言葉を短く削ぎ落とし――
“お前が夢を追う姿を、誰より応援したかった”
それを娘に渡した瞬間、彼女は涙をこぼした。
「……会いたい」
父と娘は三年ぶりに抱き合った。
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◆ ハッピーエンド
「やりましたよ、室長!」
「そう」
「もっと褒めてくださいよ!」
「……あなたがそう思うなら、それで十分よ」
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◆ 爺と真田・余韻
夜、相談室。
「室長、あの手紙の文面、整えたのはあんたじゃろ」
「たまたまよ」
「父親の言葉を事前に聞き出したのも?」
「偶然」
爺は笑った。
「……大和くん、自分の手柄と思っとる」
「それでいいの」
窓の外、ガッツポーズをするワケルを、薫は目だけで追い――ふっと笑った。
「室長、今、笑いましたな」
「笑ってない」
「ほぅ……」
ツンとした声のまま、薫はワケルの喜ぶ背中を見守り続けた。【第一話終了】
《最後まで読んでいただきありがとうございました。よければ第二話もお願いします。》
