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【大学受験】文科省の大学評価制度が2030年以降の受験生に与える影響

文部科学省は、大学などの高等教育機関の新たな評価制度案を中教審の作業部会に示しました。具体的には学生の成長を促し、成果につなげているかどうかの観点で、大学の学部ごとに「三つ星」~「一つ星」「要改善」の4段階で評価することなどを柱とし、学校教育法を改正、2030年からの新制度開始を目指すという記事を見ました。

ちなみに経産省では、既に「セキュリティ対策評価制度」として企業のセキュリティ対策の実施具合を「五つ星」~「三つ星」で評価することが決まっており、現在、対応でかき回されている企業も少なくないと思います。

税金を使って「ミシュランごっこ」とは官僚は相当ヒマなのでしょうか。
受験に関する目線で考えます。


大学評価制度とは


簡単にいえば、年、要は今から4年後に文科省の独断と偏見(と忖度)で、大学の学部に序列がつく、という意味です。

これはどういうことでしょうか。

恐らく財務省が財源確保の視点から、人口が減るから大学を減らせ、という提言に対する文科省の1つのアンサー、つまり、評価制度の先にあるのは当然「大学および学部の淘汰」と予想します。しかしそこには文科省の思惑が透けて見えます



「Fラン大学」の存在意義とは何か


この淘汰の議論になると、世間では必ずと言っていいほど「Fラン大学(ボーダーフリー大学)」が槍玉に挙がります。

「税金の無駄遣いだ」
「即刻潰してしまえ」

といった極論をネットで見かけない日はありません。
しかし、すべてのFラン大学を一括りに「悪」と断じるのは、流石にあまりに短絡的と私は考えます。

特に地方の私立大学において、その存在は地域社会の死活問題と直結しています。
地元の若者が大都市圏へ流出するのを防ぐ最後の防波堤であり、地元の役所や中小企業、あるいは医療・福祉の現場を支える貴重な人材の育成機関でもあるからです。
誰もが難関大を目指して研究者になるわけではありません。学力試験の数値だけでは測れない「地域コミュニティの維持」という重い役割を担っている側面があることは、やはり無視できない事実と考えます。
ただし、Be動詞から授業が始まる学校を「大学」と名乗っていいかどうかは別の問題です



評価制度の裏に見え隠れする「天下り」の温床


地方の大学に一定の需要があるのは分かる。では、なぜそれほどまでに世間から問題視される大学が、これほど多く乱立し、存続し続けられたのでしょうか。ここに、官僚たちの思惑と、透けて見える忖度の歪みがあります。

古くから指摘されている、文科省役人の「天下り先」としての大学の存在です。
定員割れを起こして経営が火の車であっても、文科省からの退職官僚を理事や教授として手厚く迎え入れることで、補助金の獲得や大学認可の手続きを有利に運ぼうとする暗黙の構図が、長く維持されてきました。

今回発表された「星付け制度」も、果たして本当に学生の成長を思ってのことなのか、甚だ疑問です。官僚組織が大学への支配力を強め、自分たちの利権やポストを守るための大義名分(ポーズ)なのではないか。もしそうであれば、評価基準そのものに強烈な忖度が働き、本当に淘汰されるべき利権直結の大学が「三つ星」を獲得し、地方で実直に地域医療や福祉を支える大学が「要改善」に追いやられる、という最悪の本末転倒さえ懸念されます。

星の結果を見て「は? 何でそんな大学の学部に、星がそんなについているの?」と思うような評価が下れば、学長や幹部の経歴をググってみましょう。間違いなく「忖度」であり、世間からの攻撃の的になるはずです。


問題の本質は「Fラン」だけにとどまらない


さらに言えば、日本の高等教育が抱える病巣は、いわゆる底辺大学だけにとどまりません。「有名中堅大学」や「伝統校」と呼ばれる大学の中にも、何十年も講義内容をアップデートせず、古いレジュメをただ読み上げるだけの授業に、学生が座席を埋めているだけの学部が散見されます

過去のネームバリューにあぐらをかき、教育の本質を放棄している大学は、ある意味で定員割れのFラン大学よりもタチが悪いと言えます。今回の評価制度が、こうした「名ばかり名門」の形骸化した教育にまで鋭くメスを入れられるのかといえば、今の文科省の腰の引け方を見る限り、到底期待はできません。


人口減少社会が突きつける「本当の精査」


日本は今、猛烈なスピードで若年人口が減少しています。18歳人口の推移を見れば、現在の大学の総数が完全に過剰であることは紛れもない事実です。数合わせの星付け制度で茶を濁している猶予など、本当はありません。

私たちが国に求めなければならないのは、役所の机上の空論によるランク付けではなく、時代に即した「大学の機能的な精査」です。世界と渡り合う最先端の研究を行う大学、特定の職業人を育てる実学重視の大学、そして地域社会の知の拠点となる大学。それぞれの役割を明確に区分し、その役割を全うできない大学には、歴史的使命を終えたとして市場から退出してもらう。それだけの覚悟を持った精査が必要なはずです。

そもそも、時代にそぐわないなどの理由で、定員に満たないけど存続はさせたい大学は経営統合を模索し、勝手に淘汰されるでしょう。名古屋の有名なお嬢様学校「金城学院大学」の経営統合が一例だと思います。



利権の評価に惑わされず、受験生が「希望の1校」を見つけるために


このような混沌とした時代を生きる受験生や保護者の皆さんは、これから何を信じて志望校を選べばよいのでしょうか。

私の結論を申し上げますと
文科省がこれからつける「星の数」など、一切無視して構わないと思います。
役所が作った評価シートで満点を取るのが得意な大学が、あなたにとって良い大学であるとは限らないからです

国が用意した怪しい物差しで大学を測る必要はありません。あなた自身の物差しで、大学を精査してください。

  • 大学が発信している「就職実績の『中身』」を注視する(有名企業の数ではなく、地元の優良企業や希望職種への実質的な就職率)

  • オープンキャンパスに足を運び、在学生の表情や先生との「距離感」を肌で感じる

  • その大学が、地域の課題や時代の変化にどう向き合おうとしているか、具体的な取り組みを調べる

国の評価制度がどう転ぼうとも、実際にキャンパスに通い、学ぶのはあなた自身です。
たとえ世間や国からどのような評価をされていようとも、あなたが求める学びがあり、親身になってくれる教員がいて、確かな未来へ繋がっている実感が持てるなら、そこがあなたにとっての「三つ星大学」です。
大人の忖度や利権から生まれた序列化に、受験生が振り回される必要はありません。自分の目で見て、耳で聞いて、納得のいく志望校選びをしてほしいと切に願っています。


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太楼@偏差値45から医学部・難関大へ導く伴走 最後までお読みいただきありがとうございます。

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