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セックスは繁殖のためだけにあるのか【4】ボノボと人間だけが持つもの——そして進化に答えはない

ここまで3回にわたって、非繁殖的セックスの分類、裸への性的興奮の起源、同性愛のパラドックスを見てきた。

最終回では、これらを統合して一つの問いに立ち返る。
なぜボノボと人間だけが、異性間で、繁殖とは無関係に、社会的機能としてセックスを使うのか。

■ 改めて第4カテゴリとは何か

1500種で非繁殖的セックスが確認されている。
しかしその大半は誤発火・快楽目的・支配確認のいずれかだ。
第4カテゴリ——異性間を含む全組み合わせで、緊張緩和・絆形成・関係修復といった社会的機能としてセックスが使われる——に該当するのは、ボノボと人間だけと言っていい。
チンパンジーにその傾向が一定程度見られるが、ボノボと人間ほど明確ではない。
これは偶然ではないはずだ。

■ 社会の複雑さとセックスの関係

ボノボと人間の共通点は何か。
極めて複雑な社会構造を持つという点だ。

491種の霊長類を対象にした研究では、複雑な社会構造を持つ種ほど非繁殖的な性的行動が多いことが示されている。
社会が複雑になるほど、個体間の緊張・対立・利害調整の場面が増える。
その解消手段としてセックスが機能する——という仮説が成立する。
言い換えれば、ボノボと人間が第4カテゴリに属するのは、社会の複雑さがある閾値を超えたからかもしれない。
セックスが繁殖の道具から社会の道具へと転用された、その転換点に立っているのがこの二種だ。

■ 衣服・タブー・文化という増幅装置

人間はここにさらに独自の層を積み上げた。
衣服・タブー・文化である。
17万年前に衣服が生まれ、裸が非日常になった。
隠れているものへの反応が強化され、性的興奮のトリガーが視覚に集中するようになった。
さらに文化によって「何がエロいか」が上書きされ、時代や地域によって全く異なる性的美意識が生まれた。

ボノボにはこの層がない。
ボノボのセックスは社会的機能として洗練されているが、文化的に増幅されてはいない。
人間だけが、生得的な性衝動の上に、社会的機能としての転用を重ね、さらに文化的な増幅装置を積み上げた。
この三層構造が、人間の性行動を動物界で突出して複雑なものにしている。

■ では同性愛はこの構造のどこにあるのか

第3話で見た同性愛のパラドックスを、この文脈で改めて見ると別の景色が見えてくる。

ボノボは同性間・異性間を問わず社会的機能としてセックスを使う。
人間も同様だ。
同性間の性的行動が社会的絆形成に機能するなら、それは第4カテゴリの範疇に入る可能性がある。
つまり同性愛を「繁殖の文脈で見るからバグに見える」という構図があるかもしれない。
社会的機能の文脈で見れば、消えない理由の一端が見えてくる。

もちろんこれも仮説だ。
証明には程遠い。

■ 進化に答えはない

ここまで読んで、すっきりした答えを期待していた読者には申し訳ないが、はっきり言っておく。

なぜボノボと人間だけが第4カテゴリに属するのか、完全には説明できていない。
なぜ同性愛は消えないのか、決着はついていない。
裸への性的興奮がいつ・どのように生まれたのか、直接証拠はない。
進化生物学は「消えなかったものが残る」という原理を持つ。
しかしなぜそれが消えなかったのかを、すべての場合に説明できるわけではない。

進化に意志はない。
設計者もいない。
「こうあるべき」という目的もない。

ボノボと人間が第4カテゴリに属するのは、そうなったからだ。
同性愛が残っているのは、消えなかったからだ。
裸に興奮するのは、そういう個体が淘汰されなかったからだ。

これを「答えになっていない」と感じるか、「これこそが答えだ」と感じるかは、読む人によって違うだろう。
わたしは後者だと思っている。

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