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だって社会は残酷だから

これ、愛や家族を念頭に『里親』を軸に、遺していく。
連作形式なんだけど……
へへ、遅れているぜ
(通常運転)

前回の記事はコチラ

・妻との出会いや関係性について
・里親の資質についての問い
について触れた記事でした。

今回の記事は
『里親』を目指す理由です。


里親を目指す理由①


適性値が高いから

もう少し語るなら
たぬきが、愛情深く博愛主義な性質を多分にふくんでいたから……なんせ、メサイアコンプレックス(個人が「自分は他者を救う使命を持つ」と信じる心理状態)を拗らせた人生を送っていたんだ。どちらが先か?は、さておき……

おかげで、幼少のころから
弱い立場の人から人気で
「孤児院の経営が似合う」
「将来は政治家」
なんて言われ続けて育った
まんざらでもなかった

たぬきは、
人助けが好きで、得意で、
しかも必要とされている。

たぬきと話したことある人なら
たぬきから一度は聞いたことない?
天職の条件

①やりたいこと/Want(Will)
②できること/Can
③もとめられること/Needs

これに、『里親活動』は
綺麗に当てはまっているんだ
コーチもコンサルもね。

構造理解し、問題点抽出、
個別のケース調整、
問題を解決

ほら?得意だ。
ほら?好きだ。楽しい。
ほら?感謝される。



里親を目指す理由②


分かりやすい言葉を使うなら

社会に対して
『静かで確かな怒り』があるから


だって、そもそも
世の中、報われない人が多くないか?

たぬきは、ものごころを自覚した頃から、直ぐに『報われない社会』に気が付く、父が、母が、兄が、家族らがソレを分かりやすく示してくれた。

報われない社会への疑心は、どんどん育ち
16歳で、完全に破裂した
17歳で、社会そのものを変える必要があると考えた
18歳で、力不足を嘆いた
19歳で、足掻くだけ足掻いた
20歳で、半端な地位にあった

そして、海外(ケニア)へNGOを学ぶために
2週間という短期だけれど留学した🛫
(費用は頑張った😭)
・孤児院
・スラム街
・マサイ族やドゥルマ族との交流
・国境なき医師団
・青年海外協力隊
・野生生物保護の国際組織
など
視察と研修を重ねた。

学びは、多いものだった。
その時の画像は、当時付き合っていた人に
全て消された😭
あ。脱線か……

帰国後、改めて思ったことがある。
それは、足下が先だということ。



社会構造への違和感


たくさんあると思うけれど、今は海外研修での学び部分に留めておきたい。

最初の違和感は
支援を受ける側に何らかの落ち度があるか?
という疑問だった。

努力不足?
同じ状況下にあると仮定して
どれほどの人が自力で脱却できる?

国際支援は、それも対処的で
根本に刺さるものはなかった。

次の違和感は
お金、お金、お金、お金だ
何をするにもお金がかかる。
逆に言えば、お金の無さから抜けられない人は、アリジゴクの巣から抜けられないアリのようなものだ。たぬきは、貧困という渦の中にあるアリだった。もちろん、ケニアのスラムの子ほどではない。しかしや孤児院の子とはどうだろうか?食べるのに困ってなさそうだったけれど、まだたぬきの方がマシだったと思いたい。

こんな貧しい自分が
世界に何ができるというのだろう?
その問いの答えはわりと早く出た。

帰国後の違和感は
いっしょに研修した面々から、恵まれない子供たちのために寄付イベントを催そう!と、誘われたからだ。ごくごく自然なことで、すばらしいことだ。たぬきも20歳までの積み上げがなければ、そう提案したに違いない。

でも、既に詐欺に遭ったり、
大人の醜さも学んだり、
社会の理不尽に触れている。

それ?自己満足じゃない?
どんなに時間をかけて、心血を注いで、仮に大成功して、何十か何百万円かのまとまった寄付が集まったとして……社会は変わるか?社会を変える一歩か?これを一生続けられるか?答えはNOだ。いきあたりばったりな対処に過ぎない。やらないよりかはいいかもしれないが……

たぬきは、18歳で地域活性化の団体を立ち上げて、社会貢献と社会変革に取り組み続けていた。でも、違和感があった。進めど進めど、変わらないもどかしさ……だから、先駆的な国内のケースやトップクラスの研修から学び、こうして海外にも足を運んだ。NPO・NGO・社会貢献軸の努力に、莫大な時間とお金を費やした。(28歳で音を立てて崩れるまで)

20歳のこの時に
大きなヒントがあった

なぜ地元に問題が山積みなのに
その人たちは見殺しにして
わざわざ海外の支援をするのか?

今なら分かる。
なぜ、自分に問題が山積みなのに、自分を見殺しにして、わざわざ他人のために動くのか?

分かりやすい自己満足だからだ

たしかに誰かがやらなければ、泣く人がいる。
世界中に、海の先でなくても、直ぐそばに、あるいはあなた自身も……誰かに助けてもらえずに泣く人かもしれない。たぬき自身は少なくてもそうだった。でも、これこそが……残酷なまでに社会構造そのものだ。

それを否定したい
けどあまりに実力不足で
そのもどかしさを誤魔化すように
人は善行に惹かれる

善行は、残酷な社会への反逆だ。
しかし、革命ではない。


たぬきは、初海外で
社会へのもどかしさと己の無力を
お金をかけて学んできた。



最小の社会『家庭』から


なんか、里親から話しズレてね?
ズレてないよ~

▶たぬきは社会を変えたい
でなければ、自分や自分のような生い立ち、スラムに生まれた子、施設で暮らす子は、生きづらい!そして、思うほどこの世が生きやすくて仕方ない!って人の方が少数派な気がする。

そのためには

▶たぬきは日本を変えたい
とりあえず、自分の国を何とかしないと、説得力なくない?社会≒世界だけれど、大枠であればあるほど干渉できない。

まだ、力不足だ

▶たぬきは地域を変えたい
28歳まではココにしがみついていたし、変えられると思っていた。権威性も実力もメキメキついた!!でも、10年経っても、10年前と大きな違いを感じられずに、たぬきは折れた。今は、衰退しているように感じる。押し留めていただけだった善意の文化が風化しないように

たぬきにそんな力はない

▶たぬきは家庭を変えたい
結論から言えば、微妙だった。
△実家
△当時の交際相手の家庭
△今の妻の実家
どれも、思うようには進まなかった
主導権ある我が家は、当然上手くいくけど
◎たぬきの家族(夫婦+🐈+時々里子)

けれど、コーチとして仕事を請けたら
〇幾つかの家庭を変えることはできた

たぬきは、家庭を変える力が発揮する時があり、その条件は当時不明(今は解明できて分っているけれど)

だったら……

▶たぬきは個人を変えたい
結論を言えば、直近はかなり好成績だけど
10代からカウントすれば10%切りそうだ
年に1000枚とか名刺交換してたけど
それは分母に含まない。
もっと関わりの深い人たちの範囲で
計1000人くらいかな?
少しでも変わったのが100人くらいなら
すごく変わったのは20人くらいかも

そもそも助けてもらいたい!って意思がない人へは、かなり難しい。変わりたい意欲を促すことからになる。強制せずに、やわらかく、変わりたくないその人を肯定しつつ(その生き方は辛いけどね……もっと幸せな道があるけどね……それを望まないあなたを尊重しよう)と、若干否定的な信号を送ることになる😭

これは脱線か……
まぁとにかく!

試行錯誤の末に『個人を変える』
独自の法則に辿り着いた
(社会改革の狼煙だ)

たぬきは、社会改革のために
より個人に革命を体験してもらい
その個人が家庭でそれをやってみせる

残酷でない個人が増え、残酷でない家庭が増え
残酷でない職場や場、地域が生まれたら?
残酷ではない国になり
残酷でない世界に繋がる

たぬきはそう思う。
だから、たぬきは「やさしい社会」を目指す上で
分かりやすく困っている人に絆創膏を貼らない

①助けてもらうことへの覚悟と意志
②自分を変えることへの覚悟と意志
③やさしく在ることへの共感
それを示した人の前にしか
たぬきは基本的に本領を発揮できない

雑魚さ

でもね?
里子の子たちは、
充てはりやすいし

基本的ではない裏技も
たぬきにはあるから🥰
人生を懸ける必要あるから
多用できないけど……



選べない家族と選べる家族


たぬきの家庭を変えるメソッド
大事なのは、主導権だ。

対処的なものでなく……本質を、構造を、よろこびが育つ仕組みに変えるには、決定権そのもの、あるいは決定権につよく干渉できる立場が必要になる。

これまでの成功例と失敗例をみるに
A.選べる家族
B.選べない家族
で、分岐するように思う。

例えば、親は選べない。
子に選択権が基本ない。

例外はある。
選択権を、親から委譲されれば
子供は発揮できる縁組里子とかね……

だから、親子の主導権は
親が権利を手放さない限り
子に主導権は来ない。

なので、基本的にBの場合は干渉しづらい。

逆にAの家族は、
子やパートナーがそうだ。
パートナーは基本的に、よほど支配的に管理されていない限りは、自由に選ぶことが出来る。子も、授かりたくても…なケースも、そんな気なかったのに……というケースもあるけど、基本は男女の双方の合意の上で選ぶことで向き合うことになる。妊活にしても、里子引き受けにしても…だ。

ペットとかもそうね。
Aは、自己主導の交渉がしやすい傾向にある。
んー、このあたりは話すと長いか……
またいつかね



case1.最初の子


レベルあがりまくる機会が来た!
最初の子はだれ~?
オレ!オレ!俺俺俺!!
(💿睡蓮花/🎤湘南乃風)
お分かりでない方、ごめんなさい

自覚は2番目の子の後だけれど
時系列で言えば間違いなく
最初の里子は自分自身

この子は、
とても罪悪感と劣等感が強かった。
それがどんなに君のせいではないと心を砕いても、永遠に理解しないのではないかとすら思えた。この子に必要なものは、紛れもなく純度の高い愛だった。

小タイトル振っておいてなんだけど
ここでは言及しないでおくか……



case2.狭間の子


さて、たぬきファンなら知っている!
たぬきは、19歳から28歳までの期間
18歳年上の方と交際している。
同居的な期間もある。

その方の子どもが
たぬきにとって
あやふやな存在として心にいる

時々夢見る子は
小さいままで

今なら幾つだろう?
20代半ば、かな?

結論から言えば、たぬきは
『父親』になりたかったが
『父親』に選ばれなかったし
『父親』に成れなかったし
『父親』を目指さなかった

けど、余すことなく愛情を注いだ。
学校の長期休暇になると、その期間子供だけが、たぬきの家に来て一緒に暮らすみたいなことも度々あった。パートナーの羽休めにもなるし、子どもが望んでいるのが嬉しかった。

元々ヤングケアラーで高かった家事能力もさらに向上した。たとえば、パートナーよりも早く仕事が終わるなら、ご飯を作り、子どもの宿題にいっしょに向き合った。

当時のパートナーの人は
色んな事を教えてくれたけれど
やはり、理不尽だ。

オープンな家族イベント事は、支えるけれど参加できない。離婚したパパ家族と、たぬきが作った弁当を楽しそうに食べる子らを遠くでみては、心がずきんと痛むだけだ。

運動会のお弁当はつくるけれど、一緒に食べられない。
そんな関係性にモヤモヤはしていた。

先ず、教育方針に口を挟むことは許されていなかった。だから、彼女が荒ぶる時には、子どもをケアしようとすると、父親ぶるな!と叱責を受け、母子の問題には介入を許されておらず、それを甘んじて受けていた。育児のことを知らない18歳下の血のつながりもなければ、責任もない存在だ。当然だろう。

上の子は器用で、パパにも気に入られて、端から見ても優遇されていた。たぬきのところに、長期休暇の度に泊まり込みに来ると、より長く滞在するのは、下の子だ。

言っちゃ悪いけれど
パートナーも上の子も夢には出ない
今も夢に見るのは下の子だけだ
下の子とは、実質的な親子関係にかなり近いものであったと思っている。この子もまた、罪悪感と劣等感が強かった。この子に必要なものは、紛れもなく純度の高い愛だった。でも、その頃のたぬきは半端な愛しか持ち合わせていなかった。

答えを知る由もない。
だから、狭間にいる。


最初の5年くらいは
たぬきはこどもたちにオープンな存在だったけれど

後半は完全にクローズな存在
子供と顔を合わせないことになった。
上の子の「パパがかわいそう」の一声で
その体制が決定された

パートナー < ママ
たぬき < パパ

上の子を思えば
優先するのはどちらか明白だ

異議は許されずに
従っていたけれど

今ならば

下の子にとっては
パートナー < ママ
たぬき > パパ
だったと思う。

パパのところに行って帰ってくると
下の子は泣いたり、不満を明かし
たぬきのもとで笑顔だった

たぬきは、パパとは別の『父親』になりたかった。
彼女たちを、たぬきの親に紹介したりもしたし、友人たちにも紹介したけれど、逆はなかった。

彼女の意見を否定できるほどの安心を、経済的な保証を、中卒、高校中退の低学歴で、病気で車の免許も取れず、社会貢献の団体運営とその学習に重きを置いて職を転々とする『たぬき』には、いっしょに暮らすほどの裕福さを示せなかった。年間の母子家庭が受ける恩恵を上まわるほどの経済支援はしていない。せいぜい、外食費や、突発的な家電、旅行代とか?……こどもたちのためにWワークで養育費を捻出していた時期もあったけれど、満足いくほどでもない。

完全クローズな存在になってからは
彼女とは別れた設定だったので

彼女が困った時は
近くまでテイクアウトの食べ物を届けたり
できうるサポートをした。

彼女の負担は見るからに増えていて
心身にも影響を及ぼしているのが分かった。
でも毎日毎日、晩ご飯を届けるくらいしか出来なくなった。

あの日を境に
あの子の顔を見れていない
見に行きたいとこっそり行動しようと思ったこともある
けど、途中で思いとどまり引き返すことを繰り返していた。

で、絶望の28歳が来るけど
まぁ、またいつか語る

子育ての部分的な成功体験と
部分的な挫折体験を味わった。
この10年もいつか語ろう。



case3.二番目の子


妻だ。
前回の記事のまま。

妻にとって愛着形成された
事実上の親の機能を果たす存在が
全て、たぬきだった。

妻は、パートナーであり、我が子でもある。
たぬきは、自分自身の親であり、子でもある。

あー。なんか書き疲れてきたから
ぼちぼち、おわろう。

たぬきは、自分子育てを高速でひと段落させて、妻の子育てを、10年弱かけてひと段落させた。子育ての一番手のかかる時期から解放されて、経済的にも精神的にも余力がある場合、子供好きの夫婦が望むのは?

次の子だ。

けどまぁ
ここではまた語らないけど
里親里子の前に実子は?って話がある

妊活の期間の話も
すっごい時間かかるのよ。
どう向き合ったか?も
またいつかね。

あー。
いっぱい語りたい事あるけど
うん、またにしよう。



不理解への慣れ


実は先日、里親登録の最後の面談があった。
ただ、最終的な里親登録については
正直むずかしい空気感があった。

ネックになるのは、前例の無さだ。
一般的に、妻やたぬきの内実は豊かでも、内実を知らない人から見れば、支援を必要としている側に見えるからだ。障がい者の里親がそもそも前例が少なすぎるらしい。ましては、たぬきのフリーランスな自営業も不安要素として捉えられる。

赤字になったこともなく
平均を優に上回る暮らし。

精神的にも安定して
里子にとってのかなり良い条件だけど
社会の物差しではそうはならない。

社会は、それでも『不安定で不信』と見ると思われると、児童相談所の職員さんが頭を悩ませていた。関連機関の方々は、我々夫妻を猛プッシュしてくれるけれど……

ま、なるようになるし
可能な限りで、週末里親はやるし
理解されないのには慣れている



まとめ


・やさしい家庭を育む意義
・やさしい家庭を育む意図
・愛と家族と里親と里子
・せちがらい世の中~
・絶望は希望の始まり

たぬきの人生……
めっちゃいいエピソード
学びの宝庫なんだけど
(自我自賛)
またいつか

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あ、前回記事読んで下さった方の中に
チップくれた方もいるの……
おどろき!ありがと~

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