ロマン派の挿絵【カフェ浪漫主義29】
今週の鎌倉は盛んに落葉が散り積もっていて、あと一週間もすると山々もすっかり冬枯れの景に変わる。
冬も深まって来ると、熱い珈琲に良き書と音楽を味わう時間が、ますますゆったりと流れる至福のひと時となるだろう。
ひと昔のクリスマスシーズンには毎年ファンタジー映画の大作などで賑わい大いに賑わっていたのだが近年はそれもなくなってしまった。引き続き家に篭もって英国ロマン派辺りで楽しむのが一番だ。
日本ではあまり知られていないD. G. ロセッティらラファエル前派によるキリスト教以外の神話や伝説を題材にしたロマン主義的な絵画は、その後の英国ファンタジーの諸芸術界に多大な影響を及ぼした。
美しく鮮烈なビジュアルイメージは一瞬で記憶に残り、子供でも容易に受け入れられるので飛躍的に拡がっていった。

フィッツジェラルド訳『ルバイヤート』(デュラック画)
シェイクスピア『真夏の夜の夢』(ラッカム画)
D. G. ロセッティ『ロセッティ詩画集』
美術絵画方面ではあまりロマン派という言い方はしないが、20世紀初頭にはラッカム、デュラック達が盛んに描いた妖精画やファンタジックな題材は、立派なロマン主義絵画だと思う。
当時の英国の文芸界はファンタジーブームで多くの名作が書かれ、彼等はその挿絵などで大活躍している。
トールキンの『指輪物語』まで続く英国ファンタジーの作品群で、どれだけ彼等の挿絵が喜ばれたかその人気の程は今では到底窺い知れない。
その絵が後世のファンタジー映画など全てのイメージの元となっているのは言うまでもないだろう。
現代日本のライトノベルやアニメの映像までも、彼等が作り出した世界観から発想を得ているのだ。
100年以上昔の本を見るなら、電気照明よりも窓からの自然光か蝋燭の光の方が、一層深くその時代に浸れるだろう。

(ホルマン・ハント画)
ダンテの神曲やミルトンの失楽園の挿絵で有名なG. ドーレはじめ大陸諸国の画家達も、英国ファンタジーの世界で大いに活躍している。
20世紀に入ると大陸方面の文芸も美術音楽でもロマン主義がやや後退して行くが、その分を一手に引き受けたのがケルト神話や妖精譚が色濃く残る英国のファンタジーだった。
写真はテニスンの詩『シャロットの女』で、アーサー王伝説にまつわる幽囚の姫がホルマン・ハントによって美麗に描かれている。テニスンらのファンタジックな世界観はラファエル前派の主要なテーマで、ウォーターハウスやロセッティも同じ題材を好んでおり、この頃を機に英国ファンタジーは詩と画が一体となっていったのだ。
その後、アーサー・ラッカムやエドマンド・デュラックといった優れた挿絵画家を数多く輩出した20世紀の初頭は「挿絵の黄金時代」と呼ばれ、当時豪華装幀本を集められた猟書家は天上の至福を味わっていたことだろう。
同じ頃、エルガーやヴォーン・ウィリアムズを中心に英国ロマン派音楽も最盛期を迎えている。音楽界は第一次大戦後から前衛へと傾倒していくため、この頃のロマン派音楽が顧みられることは少ないが、多くの名曲がこの時期に誕生している。一方、近年は録音技術の進化に伴い、この時の名曲を再評価してリリースする演奏家も増えてきた。
フランク・ブリッジの「チェロソナタ」はそのような潮流を象徴する一曲だ。
クラシック愛好家の中でもブリッジの名を知る人は少なく、斯く言う私も最近までその存在を知らなかった。弟子のブリテンの方が有名で、そのためかブリッジ自身も前衛一派と見做されることもあるようだ。
しかし彼の室内楽を聴いてみるとその手法はまさにロマン派であり、中でもこの「チェロソナタ」は随一の出来栄えだ。流麗ながらも展開は高度で、弾き手を選ぶ曲でもある。
トゥルルス・モルク(チェロ)とホーヴァル・ギムゼ(ピアノ)の掛け合わせは素晴らしく、後半(6:30以後)の内省的なタメと抒情的な解放による循環は特に聴きごたえがある。この曲ではこれが現在唯一のドルビー・アトモス音源ということもあり、録音の良さも際立っている。神話的な美しさと繊細な哀しみが織りなす挿絵世界に没入するには最適な一曲だ。
冬深く音楽と珈琲の香り漂う暖かい部屋で、古き良きファンタジー創成期の本に浸るのは、結構な知的贅沢と言えるだろう。
