冬籠りの部屋【カフェ浪漫主義30】
冬は日の暮れが早く、長い夜を自室に籠る時間も長くなる。己が居室を如何に居心地良くするかは諸賢も色々と工夫している事だろう。
我家は大正〜昭和初期頃の和洋折衷様式で、和室に英国アンティークの机椅子を使っている。
今日はそのテーブルで三つの店のフライドチキンの食べ比べだ。

古民藝食器類 昭和前期
外国人観光客にも日本の唐揚げは世界一美味いと評判になっていて、鎌倉でもコンビニの前で頬張っている外国人客を毎日見かける。
今回はK・FとF・Mとスーパーの人気唐揚げ3種を買ってきた。この手の食レポはYoutube でいくらでもやっているので詳細は省くが、我家ではF・Mの辛口の物が圧勝した。
江戸時代の茶会で和菓子の新作食べ競べや、ウィーンのカフェの洋菓子、中国宮廷の茶菓子等の華やかな光景を思い起こす。
我が部屋の小ぢんまりした宴でも、噂以上にこの唐揚げのレベルは世界有数の美味だった。
食器類は全て100年近く前の素朴な古民藝陶で、唐揚げなら豪華な色絵磁器や桃山茶陶より断然こちらが似合うと思う。
古民藝の良い物はどの窯も大正前後の創成期から昭和30年頃の工業化機械化される前までの手造り品だ。
釉薬や焼成時のムラが残っているかが見分け所だが、近年昔の焼き方を復興させた窯もあるので一概には言えない。
古い民藝皿を出したついでに、茶座の飾りも古い俳句の短冊だ。

古萩茶碗皿 古瀬戸徳利 明治時代
近年の鎌倉は全く雪が見られなくなったので、せめて古句の中で雪景色を幻視しよう。
降る雪や明治は遠くなりにけり
我が荒庭の薄紅の寒椿が年明けを待たずに咲いてしまったのを、やはり明治頃の古瀬戸徳利に活けた。茶碗と皿は同じく明治の古萩。
この句は明治を昭和に変えても十分成り立つので、やや年配の人なら鎌倉や東京に今より雪が降った昭和頃の冬を懐かしく思えるだろう。
雪を見なくなったのと同時に私にとっては大きな楽しみだった年末のカラオケもコロナ禍のせいですっかりなくなってしまった。
仕方なくこの年末は幽居に籠りながら昭和歌謡をたっぷり聴こう。布施明の「カルチェラタンの雪」なら草田男の句にもよく合う。
布施明の艶やかで伸びのある歌声が存分に活かされた名曲だ。雪のない冬でもこの曲を聴けば一番美しい雪の夜の記憶を想い出すことができる。
雪がふる 鐘がなる
くちづけは歩きながら
カルチェラタンの哀しい灯りが
凍りつかないうちに
詞も秀逸だ。世界各地から若者が集うパリのカルチェラタンやモンパルナスは、長らく日本の学生にとっても憧れの場所だった。そんな若き日に想い描いた憧れが、雪と鐘と街灯の象徴的な風景とともにフラッシュバックする。
次の動画のライブがこの曲のベストテイクだ。歌詞こそ間違えているようだが、発声のキレと情感、グルーヴは群を抜いている。バックの演奏もバランス良くアレンジをしている。
デビュー60周年を迎えた布施明は今年で78歳になるが、まだまだ衰え知らずで年末の歌合戦にも久しぶりに登場するらしい。
クリスマスも年末年始も無く立春まで冬籠りの我家でも、世間の忘年騒ぎに便乗したこの唐揚げ饗宴と昭和歌謡でそれなりに楽しい冬を過ごしている。
