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公孫樹下の洋書【カフェ浪漫主義28】

【カフェ浪漫主義】
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晩秋から初冬へと移ろう頃、紅葉は読書や音楽のひとときにも、ほのかな輝きを添えてくれる。いつもの散歩道に散り敷く銀杏の葉は、冬籠り前の逍遥を飾るにふさわしい風物である。

また、薄田泣菫の名詩「公孫樹下にたちて」が象徴するように、銀杏は歴史の気配や叙事詩の匂いを強く呼び覚ます。まだ幾分か暖かさの残る日を見つけて、銀杏の下で歴史小説や伝奇ロマンを読むのも、この季節ならではの醍醐味だ。

ウォルター・スコット『アイヴァンホーⅠ-Ⅱ』
(アンドルー・ラング装幀)

歴史ロマンを語るうえで、ウォルター・スコット卿の名を外すことはできない。今日の日本ではその名を聞く機会も少ないが、デュマもトルストイも、みなスコットを範としたのである。

明治から昭和初期にかけては日本でも訳書が数多く出版され、卿の代表作『アイヴァンホー』を大佛次郎が訳したことも今では知る人ぞ知る話だ。写真の『アイヴァンホー』は猟書神として知られるアンドルー・ラング装幀の原語版であるが、ラング自身もまた作家・猟書家としてスコットを深く崇拝していた。

スコットはまた、類まれな詩人でもあった。『最後の吟遊詩人の歌』や『湖上の麗人』は、ワーズワースやコールリッジの作と並び称される名吟である。

ウォルター・スコット『スコット詩集』

手元の『スコット詩集』はラング装幀こそ施されていないものの、卿の風格にふさわしい重厚さと優美さを備え、降り敷く紅葉の中に置いてもなお存在感を失わない。蔵書のなかでも、殊に愛着の深い一冊だ。

この珠玉の一冊に拮抗する音楽となるとそう多くはないが、エドガー・モローの演奏する「コル・ニドライ」は、その一つに数えられる名演である。

モローのチェロは冒頭の一音から鮮烈だ。彼の演奏動画を見れば、弓を入れる前から左手を細やかに運指している様子がよく分かる。名手にしばしば見られる所作ではあるが、モローのポジショニングやビブラートの精巧さは群を抜き、一瞬一瞬に隙がない。

主題の再現も豊かで、安易な手癖に流れて単調な反復に陥ることがない点も、彼の美点である。

用いる楽器や録音にもこだわりが窺える。テクラー製の名器はモローの技術に応え、厚みと鋭さを兼ね備えた美音で自在に歌う。グァルネリを弾きこなすイツァーク・パールマンを想わせるように、モローもまた半世紀にひとり現れるかどうかの天才と言ってよいだろう。

ミヒャエル・ザンデルリンク指揮、ルツェルン交響楽団の伴奏も上品で奥行きがあり、もちろん音源はドルビー・アトモスの上質な仕上がりである。

「コル・ニドライ」は、マックス・ブルッフがユダヤ教の典礼に触発されて書いた作品だ。バイロン卿の詩による哀歌を旋律に取り込み、簡潔ながら厳かな曲想を生み出している。

ブルッフらしい端正なメロディーは、かえって弾き手の力量を際立たせる。独奏の一節目と終盤のロングトーンを他の演奏と聴き比べれば、モローの非凡さがいかほどか容易に知れるだろう。

このモローの「コル・ニドライ」は、私のクラシックのプレイリストでも確実にトップ3に入る名演である。一面に紅葉の広がる下で、こうしたチェロ曲の真髄を聴きながら天金の書を開く――その豊かな充足を、ぜひ一度味わっていただきたい。

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