星月夜の猫【カフェ浪漫主義22】
長い残照の間から待ちに待たれた中秋は、満月の夜だけではなく十四日月から居待月・寝待月まで前後の4〜5日間はみな良夜と思える。
たとえ十五夜の月が雲隠れだったとしても、まだまだ風情のある秋月は見られるのだ。
古来より文人の友として多くの詩歌に詠まれてきた秋月を、文雅の徒なら楽しまず見過ごしてはならない。
星月夜には古い木彫りの猫を傍らに、古人達の詩文など想い起こすのが良い。

古織部花入 江戸時代
家の事情で生きている猫は飼えずに猫や鳥の置物ばかりが年々増える中で、古びた木彫の猫が最も味わいがあり私は気に入っている。
写真の猫像は18〜19世紀のタイ製で、古い農家にでも飾られていた物だろう。
東南アジア諸国では古来から猫は鼠を取ってくれる益獣で、ことに農村では守り神のように大事にされて来た。そんな他国から見れば野良猫撲滅で年間数万匹も殺処分してきた日本は狂気の国に思えるだろう。
これを月光の窓辺に今年は彼岸より10日ほど遅れて咲いた曼珠沙華と共に飾り、秋の畦道風にしてみた。
美しき月夜の田園を想いながら、歳を経た猫と茶菓を楽しもう。
この穏やかな良夜の音楽にはゆったりしたヴァイオリンの音色がふさわしく、その中ではヴォルフガング・コルンゴルトのオペラ『死の都』より「マリエッタの唄」のヴァイオリン版が良いだろう。
その名前からモーツァルト以来の神童と呼ばれ、マーラーにも天才と言われたコルンゴルトは、その後の映画音楽の礎を築くことになった。コルンゴルトが作曲した『ロビンフッドの冒険』のテーマはアカデミー作曲賞を受賞しており、『嵐の青春』のテーマはジョン・ウィリアムズの『スター・ウォーズ』のテーマに引き継がれている。キャラクターや場面ごとに短い主題を結びつけるライトモチーフの手法も今の映画やゲームでは当たり前に使われているが、これを映画音楽に大々的に導入したのもコルンゴルトだった。
今回紹介した『死の都』は、港湾都市として栄えてきたベルギーのブルージュを舞台に、近代化と土砂の堆積、水の滞留によって失われていく古都の幻想や、亡くなった妻の霊を追い続ける悲哀を美しく描いたコルンゴルトの傑作オペラだ。この「マリエッタの唄」も元はアリアとして歌われるのだが、最近ではヴァイオリンによるアレンジで演奏される機会が増えている。
中でも、このアルバムに収録されているヴァイオリンとオーケストラ版は特に貴重だ。主題をヴァイオリンが担うようになり、より普遍的にこの曲の美しさを堪能できるようになったと思う。中秋の月を前に古都の幻想を想い起こすなら、このヴァイオリン版が良いだろう。
ボムソリのヴァイオリンもバンベルク交響楽団の演奏も落ち着いた音色で美しい。今年発売されたばかりのドルビー・アトモス音源で、録音も文句なしだ。カップリングされているブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」も素晴らしく、この曲のパールマンの名演に匹敵するほどだった。現在はアジア系の演奏家が数多く活躍するようになり、ちょうど今開催されているショパン国際ピアノコンクールの参加者もほとんどがアジア系になっている。このボムソリのように円熟した技術と温かみのある抒情性を両立できる演奏家が増えていくことに期待したい。
また、中秋の夜に中国で毎年放送されている「中秋晩会」は楽曲の演奏も舞台の映像も年々洗練されており、去年も周深の「梁祝協奏曲」が素晴らしかった。
今夜(10/6,21:00-JST)その「中秋晩会」の放送がYouTubeやニコニコ生放送で配信されるので、それを観ながらささやかに中秋を祝いたい。
次は同じ東南アジアの木彫猫でももう少し古く、16〜17世紀の優美な緑の彩色が残った御猫様をお招きしよう。

木像と色を合わせて緑灰色の入った珈琲碗と菓子皿を並べ、秋麗の午後の柔らかな光陰を味わおう。
碗皿は益子焼、ポットは信楽焼のいずれも昭和レトロ時代の民藝窯の作で、シンプルながら飽きの来ない良さがある。
普段に使って長く飽きが来ないのは派手な個性の目立つ作家物よりむしろ普通の民芸品で、丁寧な手造りの味わいが造形や釉薬にも現れている旧時代の物が私には最適なのだ。
いずれも近所の鎌倉宮の骨董市やネットで安く入手した物だ。
こんな感じで珈琲卓に小像一つでも飾れば、コンビニのポテトタルトでも野趣に富んでなかなか上等だ。
良き珈琲器に良き彫刻や書画と良き音楽でもあれば、秋の味わいも一際深まる。
先週あたりからは昼間でも暖かい珈琲が飲める気候となり、ついつい何杯もお代わりしてしまいそうで飲み過ぎに気を付けよう。
一年の中でも特に秋麗の日の珈琲には至高の満足感がある。
秋気澄む中に歳月を経た猫達と共に語り戯れ、共に夢幻の情景を育むような時間は正に風雅の士の本願と言えよう。
