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『明星』の時代【カフェ浪漫主義24】

【カフェ浪漫主義】
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今年は秋が極端に短く、元々温暖な鎌倉でも朝晩はもう初冬の気温だ。行く秋に縋るようにか細くなった虫の音を聴きながら、せめて灯火親しき読書の秋を今しばらく味わっていたい。なんといっても晩秋は書物でも音楽でも浪漫主義が圧倒的に似合う季節なのだ。

日本の浪漫派と言って思い浮かぶのは、まず雑誌『明星』に集った一派だろう。与謝野鉄幹と晶子を中心に明治後期の詩歌壇の俊英達が綺羅星の如く誌面を賑わせていた。

『明星』 明治後期
古民藝茶器 昭和前期

『明星』は途中の中断を挟んで大正まで続くが、写真はその明治30年代の『明星』の中から石川啄木、吉井勇、北原白秋、蒲原有明らが載っている私好みの4冊を並べてみた。

秋の夜長に好みの茶器で暖かい茶を啜りながら100年以上前の名高き文芸誌を眺めるのは、愛書家にとってもこれ以上ない充足のひと時だろう。浪漫の香り高い表紙絵だけ見てもこの時代の若々しい息吹が感じられ、日本のあらゆる文芸誌の中の最高峰だろう。

明治後期から大正昭和初期にかけては日本の浪漫主義文芸の黄金時代で、新体詩、短歌、大正に入れば高浜虚子ら雑誌『ホトトギス』の俳句も加わり、詩歌の歴史的名作がかなりの割合でこの30年間に集中して出ている。

明治の教育制度が行き渡り、読書人口が増加した事もあり、この時代には多種多様な文芸誌同人誌が刊行され、詩歌壇がこんなに華やかだった時は無いだろう。

『明星』の耽美な世界に入り込むために、優れたロマン派音楽を用意したい。マックス・ブルッフの「ヴィオラとオーケストラのためのロマンス」は、華麗な詩文にもよく馴染む。

明治の終わりから大正にかけてのロマンティシズムを最も感じさせる楽器は、おそらくヴィオラだろう。華やかさと哀愁を併せもつヴィオラの音色は、秋の読書にも相応しい。上田敏の名訳「秋の日のヴィオロンのためいきの身にしみてひたぶるにうら悲し」の「ヴィオロン」はもちろんヴァイオリンのことなのだが、「秋の日の身に沁みてうら悲しい」音色なのはむしろヴィオラの方だ。(ちなみに、原詩を書いたヴェルレーヌは、サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」を気に入っていたと言われている。)

しかし困ったことに、ヴィオラの美しい曲というのは極端に数が少ない。ヴァイオリン協奏曲やチェロソナタに力を注いだロマン派の作曲家は多いのだが、ヴィオラ曲は何故か前衛的な作品ばかりが目立つのだ。だからこそ、ブルッフのこの曲のようなロマン派のヴィオラ曲は貴重だ。

冒頭すぐに抒情的な主題が奏でられる。ブルッフらしいシンプルで耳残りの良い旋律だからこそ、ヴィオラ自体の美しい音色に聴き入ることができるのだ。オーケストラも終始落ち着いており、抑揚をつけながらもヴィオラの独奏を覆い隠すことはしない。そして、曲の最後には繊細なロングトーンで静謐に締めくくられる。録音技術や再生機器が進化してきて、最も本質的なメロディーの美しさを味わいやすくなった。そうなると、派手な速弾きや強奏に頼らない曲の方が楽器本来の音の魅力が伝わり、他の美術文芸を味わう際にも邪魔にならないのだ。

紹介した演奏はヴィオラソロとオーケストラのバランスが良いニルス・メンケマイヤーとバンベルク交響楽団のものだが、ジェラール・コセとリヨン・オペラ管弦楽団の演奏も素晴らしい。

ヴィオラソロだけならこちらの演奏の方が優れているかもしれない。名手コセの高貴な独奏は音色に艶があり、技にも余裕を感じさせる。

ヴィオラに限らず、弦楽の協奏的作品はベートーヴェンやメンデルスゾーンといった古典派・新古典派の演奏が多く、ブルッフやエルガーのような耽美的なロマン派の録音・公演はまだまだ少ない。ヴィオラ演奏家のレパートリーも前衛的な曲に偏ることが多いようなので、今後はロマン派の再発見や編曲を通して美しいヴィオラ曲が増えることに期待したい。

『明星』とそれを継いだ『スバル』も相次ぎ廃刊した後に、やや遅れて出て来たのが保田與重郎らの日本浪曼派だった。

保田與重郎『木丹木母集』 初版

しかし、国情が戦時に傾いていく中で、残念ながら彼らの浪漫主義は文芸の浪漫より国粋主義的な色が濃くなってしまう。それでも今見ればただ一人與重郎の和歌だけは、純粋な文芸としての浪漫主義の孤塁を守っていると思う。

鳥見山とみやまかのをまたかくし
時雨はよるの雨となりけり

山くだる霧とあゆめばおぼめくや
しま少女おとめのうつにもとな

時じくに雨ふりくるは越えゆかむ
峯にかよふ雲に入るらし

保田與重郎『木丹木母集』

一首目の鳥見山は保田の故郷の桜井にあり、大和三山を一望できる唯一の場所である。雨雲が鳥見山の此方彼方を隠しては消え、雲間の光が夜になって消えるとともに、降っては止んでいた時雨も本格的な雨になっていったという神話的な情景を優れた音感で歌った名作である。

二首目の「島」は奈良の明日香にあった「島の宮」という持統女帝の離宮のことだろう。山から降りてくる霧とともに歩いていると、万葉時代の古代風景と少女の姿が、現とも幻とも言えないまま朧げに揺らめく。幽玄でありながらも格調を柔らかく保っているところが巧い。

三首目の「時じく」は、照る日を目前にして雨が降ってくるという時候の妙を表しているのだろう。峯に見え隠れする山雲は、過ぎゆく雨と交わって煌めいて見え、日と雨が雲に融けていくように旅人もまた山水の歌境に紛れていくのである。

この歌集は彼が公職追放された後に出た物で、戦後はより和歌の伝統美に深く浸っていたようだ。彼には国の栄枯盛衰も文壇の毀誉褒貶も断ち切った離俗の歌世界があり、その生き方こそが私の想う浪漫主義だ。

保田の書いた『後鳥羽院』を読むとその想いが随所から伝わってくる。この日本浪曼派の他のメンバーは亀井勝一郎、檀一雄、中谷孝雄らだが、どうも文芸作品として浪漫主義に溢れた物は少ない。

また、彼や谷崎潤一郎こそは正統の浪漫主義的な和歌を詠んでいたのに、その歌の発表は極めて限定的で歌壇とも関わらず、唯一歌人で交流があったのは吉井勇だけだった。その吉井勇も家人のスキャンダルによる爵位剥奪以降は歌壇との関わりを絶っているので、執筆活動以外は三人揃って京都で隠遊していたイメージが強い。

いかにも文人らしい生活だが、前衛一派により完全に支配された戦後の短歌界を見ると、彼ら浪漫派にはもう少し活躍してほしかったと思わずにはいられない。

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