大正昭和の浪漫主義【カフェ浪漫主義25】
明治は『明星』をはじめとする浪漫主義の黎明期で、その後の大正になると各分野で浪漫の華が開いていく。
『明星』の詩歌や新體詩の浪漫主義文芸は高踏趣味なところがあったが、大正時代には大衆化して親しみやすい形で広がった。その代表はなんといっても竹久夢二だろう。
夢二は、絵はもちろん、詩歌や童話にも惜しみなくその才を注ぎ込み、さらに後世から見れば彼の奔放な人生そのものが浪漫に満ちていた。

古伊万里花入 江戸時代
我家には長年集めた彼の本や木版画に加え、珍しい肉筆画の軸がある。
さらっと描かれた題名のない絵なので憶測になるが、着物ではなくコート姿で大輪の花を担いだこの少女像はどうやら花の精(フローラ)らしい。花の髪飾りもそんな雰囲気だ。
大正浪漫の大スターである夢二の詩画集の初版は今や大変な人気で、重版以降のかなり傷んだ本から豪華木版刷りの表紙や口絵を切り取って額入りにしたものまでもかなりの価格が付けられている。
一枚絵の木版画の方は著作権が切れた後に大量の複製画が出て、生前に出たオリジナル版との見分けがつけ難くなった。
木版画や浮世絵は紙の裏を見れば印刷物と違う刷り跡がわかるので購入の際の重要なチェックポイントだが、その裏側の写真を載せている出品者はごく少ないのだ。
まあ、本の版は奥付を見れば一目瞭然だから、初学者には一枚絵より本の方が遥かに安心して買えると思う。
さらに肉筆画となると、落款の照合は当然として、使用されている紙や絵具、筆致の癖、色感形体感なども知らないと判別は無理だろう。
今では専門外のリサイクル業者や個人でもネットオークションに出品しているので、真贋の判断は購入者がやれというご時勢なのだ。
日本の美術界はバブル崩壊で大暴落したまま未だに復興の兆しも無く、また専門の美術商はネットオークションの煽りで軒並み廃業していて、真贋の判別さえ出来れば良い作品が格安で入手できるチャンスは大いにある。
珈琲を飲みながら、同時代の西洋ロマン派音楽を聴き、夢二の直筆の花精図を飾り、吉井勇の初版本で短歌を楽しむことなど、抒情や浪漫の愛好家にとっては無上の贅沢と言えよう。
晩秋の薄日が差す文机に積んだ戦前の浪漫主義の諸作を片付け、庭に出て、曇り陽がやがて時雨に変わるまでの静かな時間を、戦後昭和の幸薄き浪漫派の動向に思いを馳せて見よう。

谷崎潤一郎『歌歌板畫巻』 初版
吉井勇『流離抄板畫巻』 初版
写真は全て棟方志功の版画による豪華本だ。彼等はみな戦前浪漫派の数少ない生き残りと言えよう。
戦後間もなく日本浪曼派の主幹だった保田與重郎は公職追放されて逼塞していたが、和歌だけは続けていたようだ。谷崎潤一郎も戦時中に書いていた『細雪』が出版停止になりかなり落胆していた。
この保田與重郎や谷崎潤一郎らの和歌に、戦後最も鋭敏に感応したのは意外にも版画家の棟方志功だった。さらに志功は戦時中、吉井勇と共に富山へ疎開しており、よく勇の短歌を愛唱していたそうだ。
彼は自分でも俳句や短歌を詠んでいるが、気に入った人の詩句歌などを勝手に自作の版画の中に描いていた。むしろ後でそれを知った詩歌人の方が喜び、正式に依頼しまとまった作品集として出版したのが写真の板画巻シリーズだ。
戦後の詩歌界はすっかり自然(写実)主義や前衛に支配され、古き良き抒情も浪漫もやがて消滅して行く。その中でこの棟方志功の選んだ詩歌は綺羅星のような名作揃いで、彼の文芸に対する眼の確かさには大いに感心させられる。
やまざとは桜吹雪に明け暮れて
花なき庭も花ぞちりしく
君に誓ふ阿蘇の煙の絶ゆるとも
萬葉集の歌ほろぶとも
「君に誓ふ〜」は、棟方が最も好んでいた吉井勇の一首だ。
保田や棟方以降、詩歌の世界で浪漫と言えるものはほとんどなくなってしまった。だからこそ貴重な浪漫主義の名作は様々な形で伝え残していきたい。
前回の【鎌倉の隠者】でも藤村の『初恋』をもとにした自作曲を紹介したが、藤村のもう一つの傑作『千曲川旅情の歌』にも曲をつけることができた。(原詩はパブリックドメイン)
千曲川旅情の歌
(小諸なる古城のほとり)
小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ
緑なす蘩蔞は萌えず 若草も藉くによしなし
しろがねの衾の岡辺 日に溶けて淡雪流る
あたヽかき光はあれど 野に満つる香も知らず
浅くのみ春は霞みて 麦の色わづかに青し
旅人の群はいくつか 畠中の道を急ぎぬ
暮れ行けば浅間も見えず 歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよふ波の 岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて 草枕しばし慰む
(嗚呼古城なにをか語り 岸の波なにをか答ふ
たゞひとり岩をめぐりて この岸に愁を繋ぐ)
哀愁のある昭和歌謡の曲調をベースに二胡と尺八を取り入れ、詩の前半の美しさを損なわないように女性ヴォーカルを採用した。原詩は前半の『小諸なる古城のほとり』と後半の『千曲川旅情の歌』の二つから成り、引用の()内は一曲に収まるように筆者が抜粋したものだ。
また、二胡と尺八のソロを味わえるロングバージョンも用意した。
我が探神院には『千曲川旅情の歌(小諸なる古城のほとり)』の藤村直筆詩幅もあるので、来春はその軸を前にこの曲を聴くことができる。

今の季節に合う『初恋』の自作曲ももう一度載せておこう。
今週が立冬で、短い秋も終わりつつある。冬にはチェロ曲がよく合うので、これからは知られざるチェロの名曲を紹介しつつ、チェロを活かした自作曲にも取り組もうと思う。
