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猟書家達の聖典【カフェ浪漫主義26】

【カフェ浪漫主義】
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暦ではすでに冬に入り、家に籠って暖かい珈琲と古書や古楽で夢幻の月日を過ごすのが一際心地良くなった。その中でついつい結構な時間を費やしてしまうのが、ネット上での古書漁りだ。

古今東西に良書名作書がどれだけあるか、それを調べるだけでも世界の文化に通じ無限の時を楽しめるだろう。

そんな愛書家猟書家(ビブリオフィリア)達の聖典とされているのが、生田耕作が訳した猟書神アンドルー・ラングの『書斎』を始め『愛書狂』『書痴談義』の三部作だ。

『書痴談義』『書斎』『愛書狂』
生田耕作訳    初版

これらの書はフランスやイギリスの古書に関する伝説的な名作を網羅していて、生田自身もまた江戸版の詩書や泉鏡花の初版本コレクターとして知る人ぞ知る愛書家だ。

とにかく常人には狂気の沙汰としか思えないブックハンター達の面白い逸話に溢れ、まさに本好きなら必読の聖典と言えよう。

書籍はデジタルで読む時代となった現代では、立派な装丁を施した紙の本は全くの不要物かアーティファクト(聖遺物)のどちらかとなる定めだが、その聖遺物を選別し自費を注ぎ込み収集保存する崇高な使命を担うのが21世紀の猟書家なのだ。

古書や初版本の良い所は作者によって直接産み出され、その後の年齢を重ねて来た来た物としての同時代性にあり、手に取ればたちまち作者の生きていた時代に想いを移転できる所だ。後世に再版された文庫本等で同じ物を読んでもそんな想いにはなかなか至らない。

また、猟書家でもひたすら美麗高額な稀少本を求める人と、自分の好きなジャンルにこだわる人がいる。

私は大正前後の詩歌俳句の名作を中心に地元の鎌倉文士物にも手を出しているが、希少本の収集より気に入った名作本を集めて何度も読み返す楽しみの方が大きいと思う。

アンドルー・ラングは19世紀英国を代表する作家、翻訳家、装丁家、編集者で本に関する全てに類い稀なる情熱を注ぎ込んだ。

アンドルー・ラング『聖者と英雄の本』    初版

まずはそれまで仏蘭西に比べて貧相だった英国書籍の体裁を引き上げ、妖精譚や民話を集めたフェアリーブックスを始め美しい装丁を施した後世に残る良書を幾つも世に出した。

いかにもロマン主義的情趣に溢れた表紙絵や挿絵も大変魅力があり、今ではこれらの美麗な古書は世界中の猟書家達の垂涎の的となっている。

ラングが遺した三方金の豪華本を手に取るときに陳腐な曲を流すわけにはいかない。曲と演奏にもロマン主義の聖典に相応しい格が必要だ。英国ロマン派の名曲であれば文句なしなのだが、残念なことにこれらの曲はまだ演奏機会に恵まれず、曲の真価を味わえる名演はそれほど多くない。

一方、今まで軽んじられていた中国音楽界はここ5〜10年でめざましい発展を遂げ、大手のTVプログラムの舞台で実力のある歌手たちがオーケストラを擁する驚異的なライブパフォーマンスをするようになった。

こうした「神級現場」と呼ばれる舞台を最前線で牽引してきたのが林志炫(リン・ジーシュアン)だ。台湾出身の林老師は、卓越した歌唱力に加え、豊富な音楽知識を駆使したリアレンジによって数多くの名演を披露してきた。今年の「歌手」という音楽番組で歌った「秋意濃」もその一例だ。

原曲は玉置浩二の「行かないで」だが、弦楽やピアノのアレンジと繊細かつ深みのある歌唱によってまさにロマン派的な名演になっている。もちろん玉置浩二の原唱も素晴らしいが、何故か日本では「メロディー」や「田園」の方が人気でこの曲が聴かれることはほとんどない。中国語版の「秋意濃」という訳が絶妙で、原詞による別れの哀しみに秋風が落葉を吹き返す光景が重ねられ、より抒情的になっている。

林志炫の代表曲といえばやはり「没離開過」だろう。

この曲も、もとはセリーヌ・ディオンの"I Surrender"という曲なのだが、覇気を纏った男性ヴォーカルによって一層壮大な曲に仕上がっている。サビには、原詞にない「我眺望遠方的山峰 却錯過転弯的路口」という対句的表現が当てられ、英雄叙事詩のようなスケールさえ感じさせる。こうした秀句が随所に見られるのも、漢詩を重んじる文化の成せる業なのだろう。

高音の持続力と強靭な発声が求められるとんでもない難曲だが、林志炫は長年この曲を余裕で歌い続けている。これでもう60歳になるというのだから驚愕だ。

この曲で共演しているのは、中国の若手女性ヴォーカルで最も実力のある黄霄雲(ファン・シャオユン)だ。中国中央音楽院でもトップになった彼女の技量は既にセリーヌ・ディオンを凌駕している。霄雲のパフォーマンスで最も圧巻だったのは「我用所有報答愛」だ。

透明で艶めいた美声、繊細ながらも芯のあるロングトーン、そして完璧なピッチコントロール…最後のヴォカリーズに至っては天上の女神を感じさせるほど美しい。ロマン派らしい清浄なオーケストレーションもヴォーカルを良く引き立てている。

そして、こうした「神級現場」に共通するのはやはり歌詞の真情と詩中の画なのだ。それこそラングが本に託して紡ごうとした美しい世界に他ならない。

林志炫や黄霄雲だけでなく、最近の中国音楽には日本では知られていない名曲が数多くあるので、また紹介していきたい。

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