妖怪と妖精譚【カフェ浪漫主義48】
近年のあまりの暑さのせいか、鎌倉では梅雨明けと共に蛍が消え失せてしまう。
酷暑よりは涼しい梅雨の内が良いのだろうか、沢添いの我が荒庭にも例年7月末までは飛んでいたのに残念だ。荒れ果てた庭に舞う蛍の妖しい美しさは、ゴシックロマンの世界のようで気に入っているのだが。
19世紀頃からユーラシア大陸の東西の島国同士で日本では妖怪達が、英国では妖精達が大人気となったのは面白い共通点だろう。
江戸後期の日本は空前の妖怪ブームで、名だたる戯作者や絵師達が競って絵草紙に怪談や妖怪画を書き、以後これらの妖怪人気は衰える事を知らず現代まで様々なジャンルで大活躍している。

木彫猫神像 江戸時代
李朝燭台
江戸時代から納涼を兼ねた怪談や百物語は夏の季語ともなっていて、より涼しく(ぞっと)なるような怖い話し振りも大いに工夫されて来た。
江戸中期には鳥山石燕の『画図百鬼夜行』が大流行し、続編や類似作も次々と出ている。以前この百鬼夜行図の安永年版を持っていた気がするのだがどうも見当たらず、勿論今となっては高価になり過ぎて二度と買えない。
浮世絵では幽霊妖怪化物絵が続々刷られ北斎や広重らも皆凝りに凝った面白い絵を描き、それらのオリジナル版は今では美人画役者絵よりずっと高値で売買されている。
そんな妖怪人気の歴史の中で、最近作で読むべきは京極夏彦の『巷説百物語』だろう。京極夏彦は探偵物の京極堂シリーズが大ヒットし私も気に入り次々と読み漁っていたのだが、ミステリー方面は行き詰まったのかその後はこの怪談シリーズに転向したようだ。
京極堂シリーズの『鉄鼠の檻』は日本のミステリー史に燦然と輝く金字塔だっただけに残念な気もするが、どちらも重厚な伝奇ロマン風の趣は変わりなく従来からのファンも引続き楽しめるだろう。
むろん私は善神美神に花精達の方が好みだが、そんな神話的楽園には物の怪も悪霊も寄って来るのは仕方ない。我が花鳥の庭にも大蜘蛛大百足に蛇まで居るのだ。
一方で19世紀の英国浪漫派の作家達はこぞってスコットランドやアイルランドに残る妖精譚を調べ、かのコナン・ドイルまで加わったた英国妖精学会まで設立した。
そのコナン・ドイルによる連載と同じ頃、イギリス音楽界で活躍していたのがエドワード・エルガーだ。エルガーは「威風堂々」や「エニグマ」などの管弦楽曲で有名だが、室内楽や小品にも優れた作品がある。
第一次大戦後、エルガーは避暑地のブリンクウェルズにあるコテージを拠点に、この「ピアノ五重奏曲第2楽章」や「ヴァイオリンソナタ」といった素晴らしい作品群を作曲した。豊かな自然に囲まれた山荘で暮らすことで、神秘的なメロディの着想を得ていたのだろう。エルガー自身もこの頃の作品群を気に入っていたようで、晩年に録音盤を送られた時には病床にありながら大いに喜んだという。
このアルバムではチェリストのヤン・スンウォンを中心に韓国のメンバーが集まっている。ヤン・スンウォンの重厚な演奏はDECCAの鮮明な録音と相性が良く、流麗かつ豪華な仕上がりだ。中盤(04:45〜)から各パートが徐々に重なってユニゾンへと収束(05:41〜)し、後半(06:30〜)からまた美しい調和に戻っていく辺りが絶妙で、五重奏の真骨頂を十分に楽しませてくれる。
中世ヨーロッパ各国での凄まじい宗教抗争にも関わらず、辺境の島国で弾圧を免れ細々と生き残った妖精譚は、20世紀のエンターテインメント分野で大復活し世界中に広まった。

以前紹介した『妖精学大全』の井村君江女史は今日では世界の妖精学をリードする立場となっている。その著作物はみな夥しい数の美しい妖精画が集められ長年飽きずに楽しめる造りで、昔の英国貴族や知識階級ならきっと立派な革の装丁を施し、重代に及びその居館の書架を飾った事だろう。入手難の『妖精学大全』は別として、その他の比較的安価な本は子供向けにも一家に一冊は欲しい所だ。
21世紀の子供達が映画やアニメなどのエンターテインメントを味わうには、ファンタジー世界のエルフやドワーフを含めある程度の妖精学の知識は必須の物となっている。
子供達のセンスオブワンダーを伸ばしたいなら、まだ小さな頃からロマン主義的な名作の数々に馴染ませるのが肝要だ。
