薫風の紀行【カフェ浪漫主義5】
風薫る時期には旅心を誘う書が良い。今の私は家族の事情で放浪の旅には出られない分、特に詩画の旅の本に憧れが強い。
紀行文の名作と言えばまずバイロンだろう。

この『チャイルド・ハロウドの巡禮』(今日ではハロルド)はその後のヨーロッパ中の上流階級の旅行熱、特に地中海への憧れを掻き立てた。
日本では幸いにも土井晩翠の名訳本がある。彼自身は早くも明治時代にヨーロッパ各国に留学して7カ国語を学び、後にはギリシャ語の原典からイーリアスやオディッセイを翻訳した程だ。
初夏の風の中でバイロン卿の欧州大陸やイタリアの遺跡巡りの文章に浸れば、私もさぞ耽美の夢が見られるだろう。諸賢もこれを参考に是非一度は詩のように美しい旅を経験して頂きたいと思う。
後ろに添えたのは19世紀フランスの詩人レニエの『ヴェネチア風物詩』だ。彼の風景描写の明るく美しい筆致が何とも旅情を誘うのだ。
永井荷風の訳詩集『珊瑚集』に入っているレニエの「小さな町」も好きな詩で、私自身も彼の描いた街の中に暮したいと思ってしまう。
珈琲器は昭和初期の上野焼で淵の緑釉が新緑の頃に良く似合う。
古くむらのある肌合いが戦後の窯には無い深みを感じさせてくれる。
熱い珈琲も若葉青葉の頃までで、その後はアイスコーヒーに代わるだろうから、この春の名残と想いしみじみと珈琲と器の温もりを味わっておきたい。花器はやはり昭和初期の牛ノ戸焼で、柔らかな色調の緑釉の陶器がこの時期の花にはふさわしい。
もう一冊は野外に出て酒と旅の歌人の名作を読む事にしよう。

本の題は牧水の次の歌から来ている。
幾山河越え去りゆかば寂しさの
果なむ国ぞ今日も旅ゆく
この本は紀行文と旅吟の歌の両方で楽しめ、今の温泉グルメ旅行では到底味わえない真の旅情がある。私も昔から牧水と同じく詩画の一人旅が多かったが、これを読むと春を追いかけまだ遅い花が残る山国へでも放浪吟行の旅に出たい想いがつのる。
気の向くままに予定も立てない貧乏旅の方がより深い旅愁と孤独に浸れて断然上等なのだが、西行や芭蕉の旅に比べれば現代は遥かに安全で便利なのだから不安感も寂しさも大した事はないのだろう。
とは言え我が現状では当面旅に出られないので、この本で旅情を味わうのが精一杯の楽しみなのだ。
さて、旅先の山河で一人聴く音楽はまた格別の味わいがあるだろう。シークレット・ガーデンの「セレナーデ・トゥ・スプリング」は、晩春の信濃路あたりの旅愁を美しく彩ってくれそうだ。
今年でデビュー30周年を迎えるシークレット・ガーデンは、ノルウェーの作曲家ロルフ・ラヴランドとヴァイオリニスト、フィオヌーラ・シェリーの2人組で、ラヴランドが作曲した「ユー・レイズ・ミー・アップ」は多くの歌手がカバーしている。シークレット・ガーデンにはシンプルなメロディーと弦楽器の音色の良さを活かした楽曲が多く、今回紹介した「セレナーデ・トゥ・スプリング」もその代表曲だ。
このような曲のケルト的な旋律を聴いていると、森の中を彷徨い歩きながら時を遡っていくような感覚になる。春の一人旅も、シークレット・ガーデンの曲を聴きながら山路を歩けば、より神秘的な体験になるだろう。
今年は温暖化の割には樹々の芽吹がやや遅く、今週の鎌倉もひと昔の晩春の感じだ。数年前の台風の塩害で枯れてしまった山藤がだいぶ伸びて来て、小滝のように崖を這いながら咲いている。
我が谷戸の守護霊鳥である蛾眉鳥の美声もこの新緑時が最も盛んに聴こえ、若葉の色も潤い生命感に溢れる中の至福のコーヒータイムだ。
