浪漫主義の底流【カフェ浪漫主義46】
日本の浪漫主義の歴史を見ると、神話や竹取物語などの古代ファンタジーに始まり、江戸時代の芝居歌舞伎などの戯曲、絵草紙に八犬伝や雨月物語、明治の新体詩や硯友社の泉鏡花らまで連綿と受け継がれて来た。また、万葉古今以来の和歌は常に浪漫主義そのものだったと言っても良いだろう。
昭和に入り、それらは物質主義や写実主義(文芸界では自然主義と呼ぶ)の輩に古臭いと叩かれ、さらに俗受けする大衆小説や口語自由詩に押され、いとも儚く文壇から消え去って行った。
ところが意外にも昭和以降、浪漫主義が捕物帖やミステリーの中で密やかに生き延びているのに最近気付いた。そして現代でも次々と新作が書かれている捕物帖や、それに似た時代小説の元祖が岡本綺堂だ。

木彫猫 大正〜昭和初期
綺堂は、明治末〜大正頃には新歌舞伎の脚本で『修善寺物語』はじめ数多くの名作を残し、写真の『雨月集』『千日集』『山月集』中の『自来也』『番町皿屋敷』『鳥辺山心中』や『権三と助十』などは今日でも上演され続けている。
しかし『半七捕物帖』シリーズはそれを遥かに上回る評判で、現代の作家達も『半七』は時代小説の教科書と言うほどだ。この半七シリーズこそ今に続く日本の捕物帖の元祖で、シャーロック・ホームズ物にヒントを得て書き出したそうだ。
推理は勿論、伝奇、怪談、活劇、世話物など多彩な展開と、幕間に入る自然や街並みの描写もその後の作家達のお手本となっている。そして何より、古き良き理想の町と美しき四季の暮らしを描いているところに浪漫主義らしさがある。与謝野晶子の名歌「清水へ祇園をよぎる花月夜 今宵会ふ人みな美しき」は明治時代の京都の美景だが、その江戸版のような街並みや人々の暮らしだ。
英国ロマン派の作家達が19世紀ヴィクトリア朝時代を理想とするように、私も出来るならこの幕末明治の神田明神下に暮らしたい。半七は神々や天使の座に連なる英雄で、町を彩る季節の花は精霊達の化身で、花街には美神が住み、闇には妖怪共も活きている世界だ。
そしてこの背景世界の描き方が多くの後輩作家達に踏襲され、多くの時代小説に共通した理想の江戸の町のイメージが出来上がり、昨今流行の菓子屋小料理屋などのお店物の時代小説もそんな世界の中にそれぞれの物語を描いているのだ。
さらにもう一例をあげるなら、言わずと知れた横溝正史だろう。

青磁茶器 清朝末〜民国時代
横溝正史の人形佐七捕物帖シリーズは戦前戦後を通じて爆発的に売れ、作者本人が「題もその他も大いに半七物にあやかった」と、むしろ誇らしげに語っていて、戦後には若山富三郎や松方弘樹らの主演で映像化され人気を得た。1950年代の新東宝版人形佐七は、あの若山富三郎が白塗りの二枚目で登場する貴重な作品だ。
写真の『銀の簪』『角兵衛獅子』などの人形佐七捕物帖シリーズは戦後間もない時期にも、横溝本人が「他は発禁を喰らったり全く売れなかったりしたが佐七だけは売れ続けた」と語っている。
また、横溝が戦後に手掛けた金田一耕助シリーズは昭和30年頃の山陽地方の穏やかな農村を背景にゴシックロマン的な猟奇事件を描いて、特に映画やTVドラマ化した時の視覚的効果が高く、市川崑が監督した石坂浩二の金田一は特に大ヒットした。
このシリーズもみな血生臭い事件以外の背景世界は、美しい田園風景の中で地方の旧家や一族の伝統的な風習が息づいていて、ある意味神話世界の出来事のように描かれた浪漫主義小説にも思える。市川崑が金田一を探偵ではなく天使として扱ったという話は有名だが、単なる推理劇に止まらないノスタルジックな世界そのものを描きたかったのだろう。
岡本綺堂は歌舞伎の戯作者だから三味線や小唄長唄に通じていたのは当然だが、あのシャーロック・ホームズもヴァイオリンの名手という設定だった。ホームズが特に敬愛していたのがパガニーニで、作中でもその演奏について熱弁する様子が描かれている。
この「パガニニアーナ」はパガニーニの「24の奇想曲」をヴァイオリニストのナタン・ミルシテインが編曲したもので、パガニーニの印象的なフレーズが小気味良くピックアップされている。奏者は超絶技巧でお馴染みのギドン・クレーメルで、ジャケットもパガニーニの風貌に寄せているようだ。
ヴァイオリン曲は楽器の美音や抒情的なメロディこそ一番の醍醐味だが、パガニーニの超絶技巧や速弾き、華やかな演出を初めて目の当たりにした当時の観衆のショックは想像に難くない。
「悪魔に魂を売り渡した」と噂されるほどの超絶技巧で名を馳せたパガニーニだが、それ以上に彼の演奏法や楽曲は後のロマン派音楽家たちに多大な影響を与えることになった。リストの「ラ・カンパネラ」やラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」が特に有名だが、弦楽方面だけでなく名だたるピアノ曲作家までもがパガニーニに憧れ、華麗な独奏を楽曲に組み込むようになったのだ。
ホームズもヴァイオリンを弾くが、人形佐七を演じた若山富三郎も弟の勝新太郎と共に長唄三味線の名人だった。洋の東西で捕物帳と推理小説、三味線とヴァイオリンの違いはあれど、いつの世も浪漫主義者に音楽は欠かせない物なのだ。
