(5/5は薬の日)葉っぱや木の実が命を救っていた? 薬のはじまりをめぐる やさしい物語(絵本風やさしい記事)
あの小さな錠剤には、何千年分の物語が詰まっています。
風邪をひいたとき、熱が出たとき、おなかが痛いとき。
わたしたちは当たり前のように、薬をのみます。
でも、ふと考えたことはありませんか?
「むかしの人は、病気になったらどうしていたんだろう……」と。
病院もなく、薬局もなく、もちろんスマホもインターネットもなかった時代。それでも人は、痛みと向き合い、命をつないできました。
5月5日は「薬の日」。その奥に隠れた、長くてやさしい物語を、いっしょにのぞいてみましょう。

1.薬の日って どんな日?

推古天皇と、野原でつんだ草のはなし
5月5日は「薬の日」です。
でも、こどもの日と同じ日なのに、あまり知られていませんよね。いったい、どんな由来があるのでしょうか。
今からおよそ1400年前——西暦611年5月5日のことです。推古天皇(すいこてんのう)が、大和国(今の奈良県あたり)にある兎田野(うだの)という野原に出かけ、薬草を摘む「薬猟」を行ったという記録が『日本書紀』に残っています。
翌年以降にも5月5日の薬猟の記事が見られ、後世、この故事が「薬の日」の由来として語られるようになりました。
野山を歩いて草花を集め、病気の人を助けるための薬にする。それが、1400年前の「薬との向き合い方」でした。
現代では、医薬品関連団体が1987年にこの故事にちなんで5月5日を「薬の日」と定めました。古い記憶が、現代にそっとつながっているのですね。

2.「くすり」のはじまりは、きっと偶然だった

おなかが痛いとき、むかしの人はどうしたの?
薬の歴史をたどると、はるか遠い昔——何万年も前にまでさかのぼります。
その始まりは、きっと偶然だったのでしょう。
おなかが痛くなったある日、たまたま口にした葉っぱを食べたら、少しラクになった。頭が痛いとき、川のそばに生えていた草をかじったら、なんとなく和らいだ気がした。傷口に土を塗ったら、じくじくしなくなった——。
そんな「なんとなくよくなった」という気づきの積み重ねが、薬のはじまりだったのかもしれません。
むかしの人たちに、「これが薬だ」という知識は最初からありませんでした。ただ、痛みを和らげたい、苦しさをなんとかしたい、という気持ちだけがありました。
その切実な願いが、薬の歴史を動かした最初の一歩だったのです。

3.自然の中に、答えがあった

葉っぱ・木の実・土……野山が「薬箱」だった時代
古代の人々にとって、薬箱は野山そのものでした。
たとえばヤナギの樹皮は、古代エジプトや古代ギリシャの時代から、痛みや熱をやわらげるために用いられた記録があります。のちに研究が進み、ヤナギに含まれるサリシンが、アスピリンへつながる重要な手がかりのひとつになりました。
むかしの人たちは、理屈は知らなくても、自然の力を正しく感じ取っていたのです。
日本でも、生姜は体を温めるものとして親しまれ、よもぎや梅干しも、暮らしの中で体をいたわる知恵として受け継がれてきました。台所と薬棚が近かった時代、おばあちゃんの知恵袋は、長い時間をかけて磨かれた「自然の薬学」だったのかもしれません。
野山を歩いて草を摘む。それは、自然に教えてもらいながら生きるということでもありました。

4.薬は、人から人へと伝えられてきた

お母さんからおばあちゃんへ、口から口へ受け継がれた知恵
「あの草を煎じて飲ませると、熱が下がる」「この根っこをすりつぶすと、傷の痛みがやわらぐ」——そんな知恵は、文字ではなく、人から人の口を伝って広まっていきました。
お母さんからこどもへ、村の長老から若者へ、旅人から旅人へ。ひとつの発見が、何十年、何百年という時間をかけて、遠い土地にまで届いていきました。
やがて文字が生まれると、その知恵は書物に記されるようになります。中国の「神農本草経」、日本の「本草和名」など、薬草についての記録が少しずつ残されていきました。口から口へつながれてきた知恵が、紙の上にも刻まれるようになったのです。
推古天皇の薬狩りも、そんな知恵の継承の一場面だったのかもしれません。野原に出かけ、草を摘み、その力を信じ、次の世代に伝えていく——1400年前の出来事が、「薬の日」として今に残っているのは、そういう意味でもとても自然なことだと思えます。

5.長い長い時間をかけて、薬は育ってきた

試して、失敗して、また試して……その積み重ねが今につながる
薬の歴史は、順調な進歩ばかりではありませんでした。
効くと信じていたものが、実は意味がなかった。よかれと思ってやったことが、かえって体に悪かった——そんな失敗も、数えきれないほどあったはずです。それでも人は、あきらめませんでした。
19世紀には、植物などから有効成分を取り出す技術が発展し、モルヒネやアスピリンが近代薬学の歩みを大きく進めました。
さらに20世紀に入ると、1928年に発見されたペニシリンが感染症治療を大きく変えていきます。いずれも、自然の中にあったものを「なぜ効くのか」という問いから科学的に解き明かしていった成果でした。
試して、失敗して、また試して。その果てしない繰り返しが、今の薬をつくりました。
日本でも、江戸時代には「売薬(うりぐすり)」の文化が栄え、富山の薬売りが全国を歩いて薬を届けていました。
「先用後利(せんようこうり)——まず使ってもらって、後でお金をいただく」という商売の仕組みは、薬が人の信頼の上に成り立っていたことを物語っています。

6.今日の薬は、何千年分の「ありがとう」でできている

あの小さな錠剤の中に、どれだけの物語が詰まっているだろう
手のひらに乗るほどの小さな錠剤。
でも、その小ささの中には、何千年分の試行錯誤と、数え切れないほどの人の思いが詰まっています。
苦しむ人を助けたかった人。痛みをわかちあいたかった人。次の世代に知恵を残したかった人。そして「なぜ効くのか」を明らかにしたかった人たち——。
野原で草を摘んだ推古天皇の時代から、顕微鏡の前で研究を続ける現代の薬学者まで。その長い長いバトンが、今日の薬をつくっています。
薬を飲むとき、「効いてほしいな」と思うことがあると思います。それはきっと、はるか昔に野山を歩いた人たちが願っていたことと、同じ気持ちなのかもしれません。
5月5日、薬の日。いつも当たり前にそこにある薬を、今日だけはちょっとだけ特別な気持ちで手に取ってみてください。きっとその小さな錠剤が、少しあたたかく感じられるはずです。
野原で草を摘んだ1400年前の人たちの願いと、今日あなたが飲む薬は、きっとつながっています。(文:千里ふうた)

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