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(8/14はお盆)ご先祖さまは、なぜお盆に帰ってくるの?

~迎え火、送り火、精霊馬に込められた、日本人のやさしい心~

夏休みになると、故郷へ帰る人が増えます。

久しぶりに実家の玄関を開ける人。
家族と一緒にお墓参りをする人。
仏壇に手を合わせる人。

そして、そんな光景とともに思い出すのが「お盆」です。

「お盆になると、ご先祖さまが帰ってくる」

子どもの頃、そんな話を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。

迎え火を焚き、家に迎え、食事やお供え物を用意する。
そして最後には、送り火を焚いて、また送り出す。

でも、ふと考えてみると不思議です。
なぜ日本人は、ご先祖さまが「帰ってくる」と考えてきたのでしょうか。

今回は、そんな素朴な疑問から、日本のお盆に込められた心をたどってみましょう。



1.お盆って、そもそもどんな日?

お盆は、亡くなったご先祖さまや家族を供養する、日本の大切な行事です。その起源の一つとされているのが、仏教の「盂蘭盆(うらぼん)」という行事です。

それが日本に伝わり、古くからあった先祖を大切にする習慣などと結びつきながら、現在のお盆の文化へと発展していきました。

地域によって時期や風習には違いがありますが、一般的には8月13日から16日ごろに行われます。

お墓参りをしたり、仏壇にお供えをしたり、迎え火や送り火を焚いたり。
こうした風習には、それぞれ意味があります。

けれど、お盆の中心にあるものは、案外シンプルなのかもしれません。

それは、
「大切な人を思い出す」こと。
そして、
「今年も帰ってきてください」と迎えること。



2.なぜ、ご先祖さまは「帰ってくる」の?

お盆の大きな特徴は、亡くなった人を「遠い世界にいる存在」としてだけ考えないことです。

お盆になると、ご先祖さまが家に帰ってくる。そんな考え方が、昔から日本の各地で受け継がれてきました。

家族はご先祖さまを迎え、お供え物を用意し、一緒に過ごす。そして、お盆が終わると、再び送り出します。考えてみれば、とても温かな風習です。

亡くなった人を、
「もう会えない人」
として終わらせるのではなく、

「今年も帰ってきてくれる人」
として迎える。

そこには、亡くなった人とのつながりを、簡単には途切れさせない日本人の心が感じられます。

姿は見えなくなっても、家族の中には思い出が残っています。

口癖。
笑顔。
好きだった食べ物。
一緒に過ごした夏の日。

お盆は、そんな記憶をもう一度、家族の中によみがえらせる時間でもあるのでしょう。



3.迎え火は、ご先祖さまの「目印」だった

お盆の始まりに行われる風習の一つが「迎え火」です。夕暮れどき、家の門や玄関先などで火を焚き、ご先祖さまを迎えます。

昔の人は、この火を、ご先祖さまが帰ってくるための目印と考えていました。
「こちらですよ」
そんなふうに、家の場所を知らせる小さな灯りです。

夕暮れの町。
家の前で揺れる、小さな火。
その火を家族が静かに見つめる。

そこには、昔の日本の夏の風景がありました。もちろん、火を焚けば本当にご先祖さまが見えるわけではありません。

それでも、
「帰ってきてくれたかな」
と思いながら火を見つめることで、亡くなった家族を身近に感じることができたのでしょう。

迎え火は、単なる風習ではありません。
「おかえりなさい」という、家族からの小さな合図だったのかもしれません。



4.きゅうりの馬となすの牛――精霊馬に込めた願い

お盆になると、きゅうりやなすに割り箸などを刺して、馬や牛の形にしたものを見かけることがあります。

「精霊馬(しょうりょううま)」と呼ばれるものです。

なぜ、きゅうりと、なすなのでしょうか。

一般的には、きゅうりは「馬」、なすは「牛」に見立てられています。そして、そこにはこんな願いが込められているといわれます。

きゅうりの馬に乗って、少しでも早く帰ってきてもらう。

そして、なすの牛に乗って、帰るときは少しでもゆっくり帰ってもらう。

地域によって風習や意味には違いがありますが、この考え方には、なんとも人間らしい優しさを感じます。

早く会いたい。
でも、帰るときは急がないでほしい。
できることなら、もう少し一緒にいたい。

そんな家族の気持ちが、夏野菜の小さな動物に込められているのです。



5.送り火は、「また来年」の灯り

お盆は、ご先祖さまを迎えて終わりではありません。最後には「送り火」を焚き、帰っていくご先祖さまを送り出します。京都の五山送り火をはじめ、地域によってさまざまな送り方があります。

迎え火が「おかえり」の灯りなら、
送り火は「また来年」
の灯りなのかもしれません。

帰ってきてくれて、ありがとう。
一緒に過ごせて、うれしかった。
また来年、帰ってきてください。

夕暮れの中で火が小さくなっていくのを眺めながら、昔の人もそんな思いを抱いていたのではないでしょうか。

お盆には、「別れ」があります。
けれど、それは永遠の別れではありません。

「また会える」と信じて送り出す別れ。
だからこそ、少し寂しくても、どこか温かいのです。



6.盆踊りも、お盆の風景だった

夏の夜になると、町内会や地域の広場で盆踊りが行われます。浴衣を着て、提灯の明かりの下に人々が集まり、太鼓の音に合わせて輪になって踊る。今では夏祭りの楽しい風景として親しまれています。

けれど、盆踊りはもともと、お盆に帰ってきたご先祖さまを供養したり、慰めたりする意味を持つ踊りとして発展してきました。そう考えると、あの大きな輪にも、少し違った意味が見えてきます。

踊る人。
見る人。
子どもたち。
お年寄り。

そして、目には見えないけれど、そこに帰ってきていると考えられたご先祖さま。

みんなが一緒になって過ごす、夏の夜。

盆踊りは、生きている人と、亡くなった人が、ともに過ごす時間だったのかもしれません。



7.お盆は、家族の記憶をつなぐ日

今では、お盆の過ごし方も大きく変わりました。遠くへ帰省する人もいれば、自宅で静かに過ごす人もいます。仕事の都合で故郷へ帰れない人もいるでしょう。お墓参りに行くことが難しい人もいます。

でも、お盆の本当の意味は、決まった形だけにあるのではないのかもしれません。

仏壇の前で手を合わせる。
昔のアルバムを開く。
家族で故人の思い出を話す。

「おじいちゃんは、こんな人だったね」
「昔、こんなことがあったよね」

そんな会話をするだけでも、忘れかけていた記憶が、次の世代へと受け継がれていきます。

そう考えると、お盆とは、亡くなった人を思い出す日であると同時に、
自分がどこから来たのかを思い出す日
なのかもしれません。


おわりに

今年のお盆、帰ってくる人がいるでしょうか。

もう会えなくなった人の顔を、思い出すことはあるでしょうか。

迎え火を焚かなくても。
精霊馬を作らなくても。
故郷へ帰ることができなくても。

ふとその人を思い出した瞬間、心の中では「おかえり」と声をかけているのかもしれません。

お盆は、亡くなった人を迎えるためだけの日ではありません。

大切な人を忘れないための日。
そして、家族の記憶を次の世代へつないでいく日。

昔の人が大切にしてきた「帰ってくる」という考え方には、そんなやさしい意味が込められているように思います。

今年のお盆。

もし大切な人を思い出すことがあったら、心の中でそっと声をかけてみませんか。

「帰ってきてくれて、ありがとう」

そして、帰っていくときには――「また来年ね」と。

そうやって人は、亡くなった人とのつながりを、これからも静かに受け継いでいくのでしょう。(文:千里ふうた)

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