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しらない、わたしの、私



3月になりました
今月もよろしくお願いいたします🙇💦

先ずは…嬉しいお話を1つお知らせ

✾推しさんfamilyのお店がComingsoonです✾
✅️三姉妹さんの素敵なお店にワクワク(*´ω`*)✨

はてさて…
先月は1年間をかけて『公正証書遺言作成』がほとんど進まなかった事についてツラツラとさせていただきました

今回も…続きをばと思いましたが
…閑談休題と言うことで2月を振り返ります

2/11は実母の命日でした
毎年…母の命日前後に手をあわせに行っています

■母との最期のLINE

母娘としての関係は…微妙なものがあり
なかなかしっくりくる表現が見つかりません

こんなに明るくLINEを交わせるようになったのも
私が家を離れてからだったような…気がします

私と両親の話はこちらの記事で少し書いてありますが…重めなので閲覧ご注意ください🙏💦

何を話すわけでもありませんが…ありがとう

■ちょうど梅が咲いていました

私は母という人生を知りたかったのかも知れない
分かりきれない事も別人格の別人生であることも
わかっているけれど…

私はどこか消化できない
母という存在をのみこみたかったのかも知れない

私には物心つく前からの持病があった

まだ…今のような支援体制も充実していなく…
昔はまだ隠されたような病気
母もきっと困惑しただろうと思う

それは本人(私)も例外ではなく
わたしは私のことを知らなかった

比較的軽度であった私には特に
病気によって…変に誤解を受けることなく
きっと普通で平均であってほしかった母

私は兄のように勉強ができなくても
褒められも怒られもしなかった
(今思えば…担当医から学習障害について聞いていたからだと思う)

特定の教科だけ壊滅的にずっとできなかった
テストとか…10点とか20点とか点数があれば
良いほうだった

…恥ずかしくて悲しくて悔しくて…自分を呪った


…何か周り違うと違和感だけを感じ
普通という曖昧な何かになりたかった私
(曖昧なのがいちばん苦手なのに…)

テストで平均点を取りたい!
友達とも平均的に付き合いたい!!
運動も平均的にできたい!!!

きっとそれは私にとって
母の願いにこたえられて自分が安心を得られると
信じてやまないシェルターだったのかも知れない

そんな気持ちとは裏腹で
…皆とはどこが違う目で私を見ている先生
※発作が起きるので少し注視気味※

…同じでありたいのに…皆が飲まない薬を飲み
…月1通院の日々
…水泳の時は私だけ水泳帽に赤い布で包まれた大きなボタンをつけられた

時々…意識を失っては参加できない行事もあり
明らかに皆とは違う私

普通の事(あたりまえ)とされる多くが
私には難しくてとにかく皆と同じでありたいのに…
凸凹すぎて…ぽんこつな我

38歳にして…母に死の影がちらつく頃
私はぶつかり過ぎてきた壁の前で呆然と
立ち尽くしていたように思う

そして…今しか聞けないと思い持病について
母に聞く事ができて今で言う『発達障害』と知る

そして多くの検査を受けて
その他にも数多くの診断がついた…

ぽかんと口が開いて
私は…どこかほんの少し何かの荷が下りた気がした
そんなことだけを記憶しています

自己犠牲的で自責が過ぎてしまう自分も
存在自体が迷惑だという強迫観念も

自分に向く好意を受け取れない私も
石橋を叩きすぎて壊す私も
多分裏面だらけのこれまでも…

自分の感情も他人の感情も見積もらず
ただの私だと…思えるようでいたい

その為に私は傍から見たら
モノやコト…ヒトと
とても過剰に距離を置いています
それも…慣れるまでは私自身勇気が要りました

『〜でなければならない』『〜であるべき』
白か黒か…という思考スイッチをONにさせない為
そして…勝手に他者比較落ち込みスイッチをOFFにする為に(なんかスイッチ多めの私です)

詰めなきゃ行けない時だけ
少し頑張れたらいいかなと…
※それでも頑張れない時も多いです

今は同じ病気の小児さん達に
どうか個性(好き)に出会って伸ばせる環境
支援が届きますように…と願うだけです

次回は…文章にできたら終活のお話
難しかったら…
また徒然話をさせていただけたらと思います
三寒四温…ご自愛下さいね🙏✨

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