小説・自己中恋愛ラプソディ⑮-1完
ギリギリまで続くだろうと思われたエリの関係は、3か月も経たないうちに幕を閉じた。エリは去り、雅史はそれを受け入れた。
雅史はあれからずっと悩んでいた。
エリを取りたい気持ちもあるが、いまさら戻るなんて無謀すぎる──。雅史は理想と現実の間を行き来していた。
エリとはあの後もぽつぽつとメールをやり取りし、実際に2回ほど会った。しかしその場でも具体的な行動について話すでもなく、また何となくふたりで過ごした。焦る気持ちと裏腹に、あいかわらず2人の生み出す空間はゆったりしていた。社会にもまれて生きる雅史にとって、生産性も何もないひとときは貴重だった。
煩わしいことを考えることなく、このままの関係が続けばいいのに、と思った。
そんな3か月目。
何も考えずにいつもの場所に来た雅史に、エリは余計な遠回しをせず、「今日は話があるの」と単刀直入に本題に入った。
「これで終わりにしよう」
「どうして」エリには毎度驚かされてきたが、今回が最大だったかもしれない。いまの時期にエリから別れを告げられるなど思っていなかったのだ。
「雅史くんは、わたしを選ばないと思う。選んだとしても幸せになれない」言い切るエリ。
「そんなことは──」といいかけた雅史に
「わたしも幸せになれないの」とかぶせ気味にエリはいう。「いまの雅史くんは違うの。この先、一緒にいられない」
「そんなの分からないよ。ぼくもまだ考えたいし」
「違うのよ。もう結論は出てる」優しい口調だったが断固とした決意と悲しみを含んでいた。
「まだ時間はある」と雅史はあの手この手でエリを説得しようとしたが、エリは譲らなかった。エリは先延ばしに意味がないことを知っていた。雅史はずいぶん経ってからそれを知ることになる。
右手を差し出すエリ。最後を告げるあいさつは握手だった。
しばらく手を見つめていた雅史も差し出す。痛くならないようにと思ったが、無意識に力がこもってしまった。何もいわないエリを、雅史は思わず抱きしめる。が、なされるがままのエリのからだは無感情の人形のように空虚だった。
過去2回の局面でキスをしてきたエリはもういない。
自分への気持ちが以前と変わってしまったことを悟った雅史は、「ごめん」とすぐ引き離した。
「ううん。ありがとう、好きだったよ。さようなら」
雅史の中で、エリはスローモーションのように遠くなっていく。思い出も姿も忘れることはないだろうが、全て幻だったのではないかと思う──いや、思おうとした。
幸いなことに、横にいる婚約者が新しい現実を見せてくれた。それを雅史はありがたく受け取ることにした。顔合わせや式場の打ち合わせ、新居探しなど、ふたりの未来のために外堀を埋める行動は、エリという残像を打ち消すためのちょうどいいツールだった。
そうだ、自分には愛してくれる婚約者がいるではないか。両家の家族も友人たちも心から祝福してくれる。世界で一番幸せそうな花嫁の笑顔を守り続けることが自分の使命だ。
エリだったらこうはいかなかっただろう。予想外の行動、平均とはかけ離れた価値観を持ち、自由を愛するエリの横にいると一生落ち着くことはないかもしれない。親ともうまくいったか分かったものではない。
もう学生だったときの自分はもういないのだ。何を血迷っていたのだろう、と雅史は考え直した。
エリは雅史のこのような考え方を本人が自覚するより先に理解していたのだった。
***
数年後。
雅史は家族と実家に帰省し、ショッピングモールへと出かけた。娘の服を一緒に選びにいった妻を見送ると、ベンチに腰掛ける。すると
「雅史くん」エリだった。
「エリ」落ち着いたファッションとメイク以外は、何も変わらない。驚いてうれしそうに手を振って近づいてくるエリを驚きを持って迎えた。
「元気? 今日は家族と?」エリが聞いてきた。
「うん。いま妻と娘は買い物してる」
「お父さんやってるんだ」といって見せたエリの笑顔は、数年前よりも輝きを増していた。
「そうだよ。エリは?」
「わたしは彼と買い物で来たの」
「旦那さん?」
「ううん。でもそろそろ結婚するかな? いや、どうかな?」この様子を見ると、まだ本気で考えていなさそうだ。相変わらずのエリを見ておもわず吹き出す雅史。すると誰かの姿を見つけたエリが、「あれ、彼氏」と指をさした。
長身の男性の姿が見える。遠目でしか分からないが、垢ぬけていてスタイルも良い。男前な雰囲気で、エリとお似合いに思えた。「へえ、素敵な人じゃん」
「うん、ありがとう。もっと話したいけど、いまから行かなきゃいけないところがあるから、また今度ゆっくり話そうね」エリはそれだけいうと、「じゃあね」と満面の笑みで去ってゆく。
あっという間のひと時だった。
エリはエリで幸せそうで良かった。
もしかしたら、あの彼氏の場所には自分がいたかもしれない。エリと一緒に過ごす、また別の人生があったかもしれない。という思いがほんの少し沸いたが、すぐにかき消した。
これでいいのだ、自分は愛する家族と普通の幸せを手に入れて本当に満足している。この人生こそが自分らしい──。
など考えているとちょうど妻と娘が戻ってきた。新しい服をゲットしてはしゃいでいる娘に「ちょっと、あまり大きな声を出さないの」と優しくたしなめる妻を心から愛おしく思った。
雅史は立ち上がるとふいに妻の肩を緩く抱いた。「どうしたの?」と軽く驚く妻に「いや、愛してるよ」と雅史。
「やだ、なにいってるの? 何かあった?」と妻は訝しんだが、すぐに思い直すと「わたしも愛してるわ」と笑った。
「いこうか」娘を真ん中に手をつなぎ、エリと逆の方向へと歩き出した。その一歩はいつかのエリと同じくらい迷いがない。
<完>
ほかにも色々書いてますので、よろしければ読んでみてください。
