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MONTHLY THOUGHT&THING REVIEW VOL.11 2026.7

こんばんは。デジタル・アド・サービス井上です。

新潟は梅雨も終盤に差し掛かっているのですが、しぶとくジメジメが続いています。
7月はトークイベントやライブなどにたくさん参加したし、外に飲みに出る機会も(普段あまりないぶん)多くありました。

一気に7月を振り返ります!

映画『阿賀に生きる』からの贈り物 / 「藤原辰史さんが語る阿賀の魅力」

福島潟にある「新潟県立環境と人間のふれあい館(新潟水俣病資料館)」へ。

新潟水俣病の患者運動の支援者、旗野秀人さんは、映画『阿賀に生きる』(1992年/佐藤真監督)の発起人です。
 阿賀に生きる人々と阿賀の魅力とともに人間が生み出した病を未来に伝える”冥途のみやげ”という名の文化活動を続けています。
 今回は、「映画『阿賀に生きる』からの贈り物」として4人の方から、それぞれの出会い、思いをお話しいただきます。

新潟県立環境と人間のふれあい館 WEBサイトよりhttps://www.fureaikan.net/information/details.php?id=419

「阿賀に生きる」には間に合わなかったが、小森はるかさんの「春、阿賀の岸辺にて」を再度観たかったのと何より小森さん・チカちゃんと会いたかったので。
映画はもちろんよかったが、3度目の鑑賞になると今まで気づかなかったことにいくつか気づいたり、見逃していたシーンに気づく。

あれ、旗野さんこんなにしっかりと「そういう運動もあっていいんじゃないか」って言ってたっけ?とか
お墓に行く前のシーンでこんなシーンあったっけ?など。

あとにゲストの藤原さんが言及していてさすが、と思ったのが大阪の講演会のシーンで旗野さんのリュックが全開になっていたこと。
これは自分も気になっていたのだけど、「阿賀に生きる」でおじいちゃんたちの社会の窓が全開になっていることの共通点を見出して「開いている」状態のことを歴史学者らしい語り口で話していることに感銘を受けて、なおかつそれに対して旗野さんが「それは次に備えてるんだ」という返しに会場も湧いていた。

実際に阿賀のおじいちゃんたちはそう言っていたらしく、素敵なユーモア。

歴史学者の藤原辰史さんと旗野さんのトークがとにかくおもしろく、あまり水俣病のシリアスな内容には触れなかったが、石牟礼道子をある種批判的に書いたという「生類の思想」、一気に興味が湧く。
あまりにも巨大過ぎる石牟礼道子の思想に対して「拙くてもいいので自分の言葉で書け!」という言葉はSNSやインターネットで見る記事のフォーマット化した書きぶりやミームに頼る感じも含めてあらゆるものへの批評的態度だった。

何よりも旗野さんと藤原さんが出会って数時間でお互いを「出来の悪い・兄弟みたいなもん」とか言い合って、「旗野さんが死んだらサッポロ黒ラベル持ってこなきゃ」みたいなことを言う関係性になっていることに驚く。

死を重く受け取りすぎないこと。
映画の中でも「あっちも楽しくやっているらしいからこっちも楽しくやろう」なんて、旗野さんの言葉には「軽さ」がある。

でもそれは京大の人文科学研究の教授である藤原さんの語り口がこんなにも聞きやすくて入ってくるのと同じで、ただ軽いだけでなく全部重く受け止めた結果での軽さと考えると2人に共通するものがあるのも納得できる。

出会いという突然、偶然、必然。


そして翌日は引き続き北書店での「藤原辰史さんが語る阿賀の魅力」に参加。
徐々にドライブする旗野さんと藤原さんだったが、「かたばみ書房」編集者の小尾章子さんの語り口も淡々と、しかし長い時間と歴史を感じさせる語りですごかった。

今日は本の内容にも昨日より少し深く言及していて、体液という観点から観る文化史の話が興味深かった。
「自分、完璧主義なんで」とか言ってスカしてる人も現在が乾いている状態なだけで産まれたばかりの時は体液を漏れたりたらしまくっている訳で。
それは歳をとっていくにつれても同様。

食事や会話で唾を飛ばし合って体液を交換しあうこと、性的なこともそう。“体液の交換”とは単にエロティックなことだけでなく、人と人が関わるにおいてすごく重要なことだと考えるに至った、濃密なインプットの2日間。


Bialystocks 単独公演 於:日本武道館

Bialystocksの初・武道館公演は、まだこのバンドと出会って2年足らずの自分にとってはそこまで感慨深いものではないけど、昨年4月に東京国際フォーラムのホールAを埋めていることを加味すると順当なキャリアだと思う。
※調べたら、昨年の今頃にTOMOOも初武道館だったことを知る。

すでに時代はフォロワー数至上主義ではないけど、ビアリが人気になってどんどんフォロワー数が増えていくのをチェックしてしまうのは立派なファン心理だと我ながら思う。

演奏や演出については気になったことだけ挙げておきます。

・笑顔でトライアングル激鳴らし
・ランタン(カンテラ?)→はだかのゆめからの引用?
・1,2,3,4のカウント
・全員で座ってギター
・光の筋

何といっても最後に甫木元さんがMCで口にした「今日が何かの始まりでも終わりでもないのですが、これまで出会ったすべての人達に感謝します。また遊んでください!」
これが甫木元さんと菊池さんらしさ・Bialytocksらしさの源泉を物語っていたと思う。

そんな素晴らしいライブのレポートと当日の雰囲気を伝えるのはナタリーが完璧に書いているので割愛。


吉本ばなな「クラウディクラウドファンディング」とその後日談

ずいぶんと話題になった吉本ばななさんのnote記事。
公開されたのは6月だが、あまりにも衝撃という前評判だけ聞いていて冷静になってから読もうと思って7月に入って読んだ。


書き手として・小説家として時代の旗手“だった”吉本ばなな。
そしてそこからの時間の経過というものが、自分個人だけでなく本来拠り所であるはずの「家族」の存在によって生活にどのように重圧をかけていくか。

課金したnote記事でここまでの読み応えがあるものは初めてだった。
そして後日談的な「単なるクラウディクラウド」の方の文章はそれに反してとても軽やかに、まさに淡々と綴られているように読めた。

眠れない夜、たった一冊の本が自分を助けてくれた。そういう体験がある人たちだけに向かっていつも小説を書いている。
 そしてそこに私個人はいない。期待も希望もないし、自分を癒すために書いているのでもない。饅頭やさんがひたすら同じ饅頭を毎日作って売るように、淡々としたものだけがある。
 饅頭やの職人が大嫌いだから饅頭を買わない、という人もいるかもしれないけれど、基本、饅頭のクオリティが高かったら職人さんの顔は知らないものなのではないだろうか。それと同じで、小説は小説だけでスタスタ歩いていろんな人の涙を一瞬乾かす花束を渡していく。そこに私はいない。

吉本ばなな「単なるクラウディクラウド」より抜粋 https://note.com/d_f/n/n7e6d5760b4a3

ここの一節だけで文章の巧さに溜息。
さすがにそれは嘘エッセイか…でも本当に美しくて軽い文章だと思う。
人の涙を一瞬乾かす花束💐、しみじみといい表現だなぁ。


FUJIROCK FESTIVAL2026


Bialystocksが出演すると発表されて、昨年の幽体離脱ツアーで甫木元さんにお会いしてからどんどんとライヴやツアーの規模が大きくなり人気になるにつれて、いつかフジロックに出るなんてこともあるかもと思っていたら、いきなり2日目のGREEN STAGE。

先週の武道館から間髪入れずにBialystocksのライヴが観れるのは嬉しい。

2018年以来8年振りに参加したフジロック。
感慨深いものがあると思いきや入口の装飾など見た目的にあまりにも変わらないのである種冷静だった。
変わらないこその良さがあるのだと思う。

到着時はこんな曇天。


腹ごしらえにオアシスで牛すじビリヤニとクラフトコーラを食べていると、遠くでビアリのリハの音が聴こえてきてテンションが上がる。

ステージ前に移動して少しリハを観てから、混む前にと会場外のトイレに行って準備などしているうちにスタート30分前になり、なんとかもっていた天気が次第に崩れはじめてビアリのライブ15分くらい前から本格的に雨が振り始める。

ステージで小躍りしている甫木元さんの武道館とはまた違う楽しんでいる感があってよかったし、市原ひかりさんのマルチプレイヤーっぷりや自分にとっては吉田ヨウヘイgroupのギタリストという印象で止まってしまっている西田修大の演奏もはじめてビアリのライヴで観れる。
ステージで甫木元さんと笑顔を交わしていたり、あとでラジオの公開収録のブースも観に来ていたりするのを見て(飛び入り!)仲いいんだな、ということが伝わってきた。

他に1曲でもちゃんと観たのはタデクイ、YUUF、cero、THURSTON MOORE GROUP、BAD BAD NOT GOOD。
最後までがっちり観たBAD BAD NOT GOOD良かったなぁ。

BAD BAD NOT GOODの大団円

ヘッドライナーのクルアンビンはヘブンからの帰り道で間に合わず(汗)シャトルバスを1時間半待って、苗場をでたのは1:00過ぎ、途中PAに寄って仮眠をとりながら帰宅は5:30くらい。

翌日仮眠をとって昼前に起きてから1日中フジロックの配信を観て過ごす。

Massive Attackはほぼ通っていないので、音楽性についてはブリストルという都市の文脈やトリップホップについて不勉強ながらよく分からなかったので後でよく調べたが、メッセージは強烈に受け取った。

「自分の感情や思考は、本当に自分のものなんだろうか?」

特に終盤で映し出されたこの言葉。
MassiveAttackのライヴの後に一斉にSNSで議論されている状況もまさにこの言葉に集約される。


とても強いメッセージなだけに、ただそのままに受け取って「日本はデータをパランティアに売り渡しているから悪」で終わるのではなくて、

  • 本当の悪とは何か?

  • その批判は周りに流されて出た言葉ではないか?

  • 自分の内なる言葉になっているか?

批判することは重要だ。だからそこをしっかり考えて発信したい。
それこそ「存在より前に政治がある」

マッシブアタックのメッセージについてはこのnote記事もとても参考になりました。ルネ・ジラールの「模倣の欲望」も読んでみたい。

そうそう、Xで誰かが言っていたがピーター・ティールティール組織
自分も同時代に目にしたので関係性があるのだと混同してたな。

川尻竜一「YOUR TELL US SHY, ME TELL US SHINE.」@万代島美術館ミュージアムショップ

最後に、実はまだPOP UPを観れていないのだけど昨日2021年のNADC審査会振り(というかその時はほぼ会話していない!)に川尻竜一さんとお会いして、あまりのナイスガイっぷりにヤラれてしまったので記録。

8月16日まで万代島美術館のミュージアムショップにて開催中。
同時にぴろ式デザイン事務所の高橋洋貴くんによるシールを貼ることに特化したオンラインショップ「HARUOMI」のPOPUPも。

ナイスな作品をつくる人は人柄もナイスということ。

全然写真撮っていないので今回の記事では触れていないが、チーム自主練の展示も(ボリューム・クオリティともに大幅にアップしていた!)、関屋浜に過去最大規模の630人集客したSEKIYAHAMA SUNSETの運営の人たちも。

同じ新潟の地域で活動する人たちからも、また企画を継続する熱量をもらった7月。

今月はこの辺で。
MONTHLY THOUGHT&THING REVIEW VOL.12に続きます。

次回の更新は2026年8月31日(月)を予定しています。

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