解散命令確定。元会長らの責任は重大。小山田秀生、大塚克己、徳野英治、太田洪量、古田元男、田中富広らは全信者に謝罪せよ!
1,解散命令確定は司法の自殺、いや民主主義国家・日本の自殺
最高裁第3小法廷(渡辺恵理子裁判長)により旧統一教会(家庭連合)への解散命令が確定しました。
審理した裁判官4人の一致した見解だそうです。
最高裁は憲法判断を行うところですが、東京高裁が旧統一教会の教義に踏み込んで「違法な献金勧誘」の根拠にしたのは、前代未聞、あからさまな憲法違反です。
「信教の自由」を掲げた民主主義国では、教義の内容には立ち入らないのがグローバルスタンダード。
それを踏みにじった東京高裁決定を是とするとは、神仏を恐れぬ非道の振る舞いと言わざるを得ません。
解散事由の事後的な法解釈変更(刑事罰の存在から「民法上の不法行為を含む」へ)、証拠に基づかない推認の乱発など、東京地裁(鈴木謙也裁判長)や東京高裁(三木素子裁判長)の解散命令は常軌を逸したものでした。
東京高裁の決定文は公開されていないので、念のため、「決定要旨」を報じた朝日新聞デジタルをリンクしておきます。
最高裁が教団側の特別抗告を棄却したことは、司法の自殺と言っていいでしょう。
この国は安倍晋三元首相亡き後、滅亡への道をたどり始めました。公権力の暴走という民主主義の根幹が崩れ去る事態を前にして、むしろこれを歓迎している人たちが多いことには驚愕するばかりです。
司法の自殺どころか、民主主義国家・日本の自殺とも言うべき大事件なのです。
2,歴代教団会長らは責任を免れない
一方、解散命令により受難のただ中に置かれた旧統一教会の信者たちは、被害者でもあります。
被害とは、「違法な献金勧誘の被害」という意味ではなく、「神の御旨(みむね)のため」「再臨のメシヤのため」「真のご父母様のため」などと様々な権威の旗の下で、無理に無理を重ねて献金その他で貢献してきたのに、解散命令の屈辱を味わわされたことです。
誰の責任でこんなことになったのでしょうか?
言わずと知れたこと、結果責任を負うべきは教団トップや幹部のはず。責任を取るからこそトップであり、幹部なのです。
にもかかわらず、今日に至るまで、歴代会長や幹部の誰一人、教団信者に対して謝罪を表明した者がいないのはどうしたわけでしょう。
歴代会長の小山田秀生、江利川安栄(現サンクチュアリ協会)、大塚克己、徳野英治、田中富広らのほか、太田洪量(元全国大学連合原理研究会会長、元国際勝共連合会長)、梶栗正義(元UPFジャパン会長)ら……。
「このような結果を招いてしまい申し訳ない。政府や反統一教会勢力に付け入る隙を与えてしまった。自分がトップ(幹部)だったとき、信者たちに無理を強いてしまった。行き過ぎを是正できなかったのは自分の責任だ」
私たちは、彼らの口からこのような言葉をついぞ聞いたことがないのです。
あるいは、「解散騒動が起きて以来、解散回避のための全力を尽くしたが、私の不足のゆえに回避できなかった。迷惑をかけて心からお詫びする」といった言葉も、どこからも聞こえてきません。
あるいはまた、私の知る限り、「教団会長として、教団幹部として、どうすればよかったのか? 何がいけなかったのか? 信者の皆さんの忌憚のない意見や批判を聞かせてほしい」と信者の前に頭(こうべ)を垂れ、謙虚に彼らの話を聞こうとした人もいないのです。
3,行き過ぎた献金ノルマを放置した歴代会長・幹部らは万死に値する!
「万死に値する」は、もちろん比喩表現です。
ですが、「死なんとする者は生きる」「死ぬ気でやれ」「限界を突破せよ」「不可能を可能にせよ」と信者にハッパをかけてきた歴代教団会長や幹部ならば、「あなたたちの責任は重大だ。万死に値する」と非難されて当然ではないでしょうか。
自分が発した言葉は、ブーメランとなって自分に返ってくるのです。
これからの余生を、指導者然として生きられると思ったら大間違いです。彼らはむしろ、「この傲慢な恥さらしめ!」と冷笑、罵倒されながら生きる覚悟をすべきです。
解散命令が確定した今、地位の上下、信仰歴の長短など全く無意味です。
これまで「おれはメシヤの代身者だぞ」と威張っていた者ほど、末端の信者たちから石もて追われることになるでしょう。
4,献金は半強制的だった。「自発的」は建前にすぎない
田中富広元会長は「献金は信者が自発的に捧げるもの」と繰り返し語っていました。
しかし、信者や信者だった過去を持つ者ならば、この言葉が外部からの批判をそらすための建前だとみんな知っています。
多くの信者たちが「そうだ、その通り」と調子を合わせてきたのは、解散を回避し、自分たちの大切な教団組織を守るためです。
いわば、仕方なくそうしてきたのです。
私など、少額とはいえ正真正銘の強制的な献金をやらされた経験があるので(ということは、同様の経験を持つ人が大勢いるはず)、田中氏が「自発的」という言葉を発するたびに「よく言うよ」とはらわたが煮えくりかえる思いでした。
同様の発言は、歴代会長や幹部も繰り返してきました。
しかし、それが建前にすぎないのに、善良な信者たちが同調してくれるのをいいことに、彼ら歴代会長や幹部たちは半強制的な献金ノルマを放置してきました。
「半強制的」の意味は、強制ではないが、(支部教会の班長、グループの長、役職者、教団職員、信者歴が長いなどの)立場上、ないし信者である以上、無理を承知でもやらざるを得ない、といった意味です。
やるかやらないかを決めるのは、最後は自分です。ですから、やると決めて献金したのなら、責任はその人にあります。
とはいえ、半強制的な献金要請は、どこまでいっても半強制的であり、自発的な献金とは言えません。
一時的な非常時には許されても、長く続けてよいことではない。
それなのに、旧統一教会においては、この半強制的な献金要請や資金集めが常態化していました。
これを放置し続けたことこそ歴代会長・幹部らの大罪です。
なぜ毅然として韓国本部からの過大な献金ノルマを拒否しなかったのか? 「無理です。不可能を可能にすることはできません」となぜ言わなかったのか?
結局は、彼らの自己保身のためです
宣教などで命を落とした者を「神に最も愛されるのが殉教者だ」などと称えておきながら、自分自身は殉教どころか、体を張って、進退をかけて韓国本部に抵抗することすらしなかった偽善者たち。
それをしたところで命を失うわけでもないのに……。
そういえば、22年夏の事件(岸田内閣による解散命令請求は23年10月)からこの方、殉教覚悟で反統一教会勢力やマスコミと戦った歴代会長や幹部は、1人もいませんでした。
ミヤネ屋などが「反論があるなら番組に出てください」と呼びかけても、誰も出ませんでしたよね。
それでいて、元経済部門幹部の古田元男、元会長の小山田秀生、大塚克己らは、教団機関誌や信者向けのU-ONE TV(教団系の光言社運営)でなんと自伝語りをしていたのです。
反対勢力と対決するでもなく、信者らの先頭に立ち全国各地を回って街頭遊説をするでもなく、解散命令をめぐる戦いの最中に自分の自慢話をするとは!
呆れて物も言えない。信じられないほど無責任な連中です。
■『祝福家庭』2024年春季号(文科省が裁判所に解散命令請求した後!) 自叙伝「天地人真の父母様との対話」(1)大塚克己~天からの召命
■U-ONE TV 大塚克己 自叙伝「天地人真の父母様との対話」

■『祝福家庭』2023年春季号(岸田内閣が質問権を行使した後!) 自叙伝(6)古田元男~親族の推薦を得て氏族のメシヤを宣布
■U-ONE TV 2026.03.27(東京高裁が解散を命じた直後!) 小山田秀生 自叙伝第28回 (最終回)「真の父母様と歩んだ私の人生」

5,それでも、解散命令は公権力の暴走を追認するもので不当
誤解のないように付け加えますが、歴代会長・幹部らの大罪があったにせよ、旧統一教会が宗教法人法に基づく解散命令を受けたことは不当です。
宗教法人法という法律に照らして、旧統一教会が同法の解散要件を満たしたとは到底思えません。
戦前、国家権力によって弾圧され、神殿をダイナマイトで爆破された大本教でさえ、裁判では2審で無罪判決を勝ち取りました。
それに引き換え、令和の司法は、公権力の暴走を追認し、信じられないほど反宗教的な決定を下しました。
司法が宗教弾圧の手先になるなど、民主主義国家において絶対あってはならないことです。
心ある者は、仲正昌樹・金沢大教授や保守派の文藝評論家・小川榮太郞氏、ノンフィクション作家・福田ますみ氏、中山達樹国際弁護士、中川晴久・主の羊クリスチャン教会牧師、杉原誠四郎・国際歴史論戦研究所会長、西岡力・救う会会長ら数多くの有識者の真っ当な批判に耳を傾け、反統一教会勢力やマスコミのデマ宣伝に惑わされないでいただきたい。
