『月刊住職』のデマ報道~「強制棄教は信者の目を覚まさせるための説得」「統一教会は刑事事件を起こした」…
ウソだらけの記事。「統一教会は反社会的集団」という印象操作
『月刊住職』の統一教会への中傷は度を越しています。
宗教者らしい人間平等の精神は見られず、物事の本質に迫る洞察もなし。あるのは、時流に便乗して統一教会を悪と決めつけ、叩くこと。それだけです。
現家庭連合側に取材した形跡が全くなく、教団を敵視する側の情報に頼っているのも異常です。
ここでは、既に書いたことを整理する意味で『月刊住職』22年9月号の悪質なデマを3つまとめました。
当時は多くのマスコミやメディアが競うようにデマ報道を繰り出し、「統一教会は反社会的集団。解散させるべき」という空気を日本列島の隅々まで行き渡らせました。
『月刊住職』の狙いもそこにあったと思われます。
デマ1「統一教会は刑事事件で被告となった」→教団の刑事事件はゼロ
「脱会説得のための監禁は違法」シリーズの③で書いたように、『月刊住職』22年9月号の「刑事民事判決から見る統一教会の脱法行為と返金条件」は、統一教会が多数の刑事事件を起こしたとんでもない宗教団体だと読者に印象付けました。
『月刊住職』がそう主張する根拠として挙げたのが「表2 統一教会や信者が刑事事件で被告となった裁判の一部」という表です。
以下にタイトルと表の一部を引用します(昭和期は省略)。


表2の一番下が直近で起きた刑事事件ですが、これは韓国で起きたもの。日本の統一教会とは関係ありません。
すると、実質的に表のいちばん最後は平成21年、つまり2009年の公職選挙法違反事件であり、これは記事が書かれた2022年夏より10年も前の出来事です。
しかも、この事件は信者が起こした逸脱行為であって、宗教法人統一教会は捜査対象にすらなっていません。
記事本文は「統一教会の信者は、平成19年(2007年)から現在に至るまでに、少なくとも9件の特定商取引法違反で逮捕されており、そのほとんどで罰金刑を受けている」と書いています。
ところが、同じ号の「今なぜ宗務行政が戦後第三とされるほどに大問題視されるのか」という記事では、元文化庁宗務課長の前川喜平氏が、こんなことを言っています。
警察の腰が引けているんじゃないかと思う。民事訴訟は起こっているのに、刑事事件で摘発していない。
(2022年)8月5日に二之湯智国家公安委員長が、2010年を最後に統一教会の霊感商法に関する「被害届はない」と発言し、すぐあとで警察庁が発言は間違いで「検挙していない」と言い直した。
つまり、被害届は出ていたわけです。にもかかわらず、警察は動いていなかったことになる。
『月刊住職』22年9月号p.28
いわゆる霊感商法については、警察庁が2010年を最後に「検挙していない」と明言したわけです。
とすると、『月刊住職』の「統一教会の信者は、平成19年(2007年)から現在に至るまでに、少なくとも9件の特定商取引法違反で逮捕されており、そのほとんどで罰金刑を受けている」という記述は、どう解釈したらいいのでしょうか?
考えられるのは、特定商取引法違反といっても「霊感商法」とは何の関係もないか、関係があったとしても、それは2010年までに起きた事件で、それ以降の特商法違反は「霊感商法」とは無関係だということです。
しかし、どちらにせよ特商法違反事件を起こしたのはいずれも個人。宗教法人統一教会は関係ありません。
教団本部や支部などの組織も、教団の幹部クラスや聖職者など責任ある立場の人も関わっていないのです。
組織ぐるみとされた2009年の「新世事件」にしても、宗教法人統一教会とは無関係と立証されています。
当然、教団本部への捜査も立件もありませんでした。
マスコミや反統一教会陣営は、「組織ぐるみ」を“教団と株式会社新世が一体となって”の意味だと勝手に解釈していますが、事実無根です。
その証拠に、教団幹部も職員も聖職者も誰一人逮捕されていないではありませんか。
「新世事件」の真相については、以下の投稿で詳しく書きました。
(1)元宗務課長・前川喜平氏のゲスの勘ぐり(陰謀論)を真に受けた『月刊住職』
前川氏の発言(「警察は動いていなかった」)について付言すると、これはもう邪推、ゲスの勘ぐりの典型と言える発言です。
被害届が出ても、犯人検挙に至らないことなどザラにあります。いくら捜査しても犯罪事実がなければ検挙できるはずもなく、犯罪事実があっても起訴猶予とされるケースも多いのです。
いったい被害届は何年間で何件出されたのでしょうか? 被害者側が警察に再三再四訴えたけれど、門前払いされたという事実はあるのでしょうか?
そのあたりを明確にせず、「検挙していないのは、警察が動いていないからだ」と決めつけるのはあり得ない暴言です。
前川氏には、検証可能な根拠を示してもらいたいですね。
(2)「警察が動いていない」は、統一教会側の言う台詞
むしろ、警察が動かないために辛酸をなめてきたのは統一教会の方です。
拉致・監禁による脱会強要事件が起きるたびに、警察に捜索や捜査を要請しても相手にしてもらえませんでした。
結婚した夫婦の一方が拉致・監禁されても、「家族の話し合い」を理由に警察が動かなかったケースがいくつも報告されています。
ひとたび所帯を持ったならば、家族関係は夫婦が優先されるのが世間の常識です。夫婦はそれぞれ親の戸籍から除籍され、新しい戸籍が編製されるからです。
だというのに、夫が「妻が拉致・監禁された。救出してほしい」と頼んでも、警察に「奥さんは親子で話し合いをしているだけ」と言われてしまう。
戸籍上の夫婦関係よりも、除籍された親子関係が優先されるのは、どう考えてもおかしい。
しかも、夫は妻と一切連絡を取ることができないのです。
「警察が動いていない」は、統一教会側の言う台詞であり、実際、家庭連合も監禁被害者も警察当局の対応を強く非難しています。
(3)信者個人の刑事事件を「統一教会の犯罪」のように印象操作
結局、『月刊住職』は人目を引く表に過去52年分の刑事事件を載せたものの、リストの最後は2009年9月。10年も前の事件で終わらせるしかありませんでした。
直近の10年、信者は事件らしい事件を起こしていません。
どんな組織も、規模が大きくなれば、所属構成員が何らかの刑事事件を起こすのはやむを得ないことです。
仏教各派の教団、キリスト教各派の教団、新宗教各派の教団、いずれも過去半世紀までさかのぼった時、所属信徒や檀家信徒が刑事事件を起こしていないところなんてあるでしょうか。
調べれば、ボロボロ出てくるはずです。
しかし、それが表に出ないのは、普通、刑事事件を起こしても、その人物がどの宗教団体に所属しているかは報道されないからです。
統一教会だけ、こうして信徒の犯罪として公にされるのは、統一教会をつぶしたい全国弁連(全国霊感商法対策弁護士連絡会)などが、信者が起こした刑事事件の情報を、何らかの手段でつぶさに収集しているからだと思われます。
ここで『月刊住職』が悪質なのは、ことさら信者が起こした刑事事件を強調しつつ、それをあたかも宗教法人統一教会が起こした事件、あるいは宗教法人統一教会が関わった事件であるかのように、読者をミスリードした点にあります。
その決定的な証拠が、表2のタイトルです。
誰がどう読んでも、表2には「統一教会が刑事事件で被告となった裁判」が含まれていると受け取るはず。
しかし、『月刊住職』がリストアップした表2に、そのような事件は含まれていません。全て信者個人による事件です。
実は、そのことは元宗務課長の前川喜平氏も認めています。
明覚寺事件や法の華三法行事件では警察がいずれも詐欺罪で摘発した。統一教会はあの当時も今も、そこまでいっていない。
霊感商法による特定商取引法違反に問われたケースも一部の信者や関連団体で、統一教会全体ではなかった……
『月刊住職』22年9月号p.27
『月刊住職』記者は「教団そのものが犯罪に関与していたことが証明できない」(p.27)と書いておきながら、なぜ表2のタイトルを「統一教会……が刑事事件で被告となった裁判の一部」としたのでしょうか?
全くの事実無根。デマそのものです。
『月刊住職』には、教団が刑事事件で摘発されていないのは警察の怠慢、もしくは警察が政治家の圧力に屈したせいだ、という思い込みがあるようで、だからこそこんなデマを書いたのかもしれません。
私に言わせれば、そんな思い込みには何の根拠もなく、ただの妄想です。
「統一教会と癒着した政治家が警察の捜査を妨害している」という陰謀論にすぎません。
いずれにせよ、『月刊住職』は、宗教法人統一教会が刑事事件の被告席に座った事実はないにもかかわらず、それがあると誌面で断定したのです。
これが第1のデマです。
デマ2「信者の目を覚まさせるための説得」→拘束および棄教要求は違法(91年京都地裁)
次に、表2の赤い囲みの箇所、「平成3年1月 暴行等(京都地裁)」の事件に注目します。
この事件を私は①~⑧までの長いシリーズで、あちこち脇道に逸れながら詳しく紹介しました。
『月刊住職』は、この暴行事件が、監禁され棄教を強要された信者を救出する過程で起きたことを知っていました。
なぜかというと、事件の概要で「信者Sの父により信者Sが『身体の自由を拘束され信仰の放棄を要求されている』との話を聞いた別の信者が……」と、事の発端を正しく説明しているからです。
にもかかわらず、『月刊住職』は「拉致・監禁による脱会強要(=強制棄教)」という凶悪犯罪には目をつぶり、記事本文で「信者となった者の目を覚まさせるために説得している親族に対する暴行」と書きました。
監禁下で行う脱会の強要を、どうして「信者となった者の目を覚まさせるための説得」と言えるのか?
全国弁連(全国霊感商法対策弁護士連絡会)あたりから提供された情報を何の検証もせず、そのまま垂れ流したとしか思えない書きぶりです。
『月刊住職』の記者は、いったい自分の頭を使ってものを考えているのでしょうか?
この事件における脱会説得には、いくつかの特徴があります。
脱会説得は団地の5階にS氏を監禁して行われた。玄関のドアや窓は開けられなかった。
監禁準備は日本イエス・キリスト教団京都聖徒教会の船田武雄牧師が行った。
家族から「聖書の勉強をしよう」と言われて了承したところ、船田武雄牧師らが来た。彼らは「(統一教会の教理解説書である)原理講論の間違い」や文鮮明教祖の批判をしただけで、およそ聖書の勉強とは懸け離れていた。つまり、牧師による「聖書の勉強」は口実で、実際には棄教の強要だった。
脱会説得は母親の伯父の弁護士も行い、その際、同弁護士はS氏が統一教会の信仰を捨てるまで監禁を続けると発言した。
「信者となった者の目を覚まさせるために説得している親族」と『月刊住職』は書きました。
しかし、実際に脱会説得したのは主に船田武雄牧師です。
船田牧師は信者S氏の親族でも何でもありません。しかも、「聖書の勉強」とS氏をだまして彼の前に現れています。
監禁された場所で、親族ではない牧師がS氏をだまして現れ、聖書の専門家でもなんでもなく、ただの一信徒にすぎないS氏が信じているものを一方的に批判しました。
聖書の専門知識を持たないS氏には、言われた内容が本当かどうかを統一教会や自分の知人、友人に聞いて確かめる自由はありません。自分で書店や図書館に行って調べることもできないのです。
これこそ棄教の強要ではありませんか!
これを「説得」と呼ぶのは形容矛盾も甚だしい。
しかも母親の伯父は、弁護士という人権擁護を職務とする立場にありながら、棄教するまで監禁を続けると言ったとのこと。耳を疑うような発言です。
もはや人権侵害などという生ぬるい言葉で収まるような話ではありません。
これは刑法第220条の逮捕・監禁罪に相当する凶悪犯罪です。「信教の自由」という憲法の中核理念を踏みにじる行為でもあります。
1991年1月の京都地裁が「たとえ家族によるものであっても、拘束及び棄教要求は違法」と判示したのは当然です。
『月刊住職』は当然、この判決を知っていました。
有料購読者のいる月刊誌が、判決内容も確認しないで記事を書くとはおよそ信じがたい話で、それはあり得ません。
判決を知りながら、違法な拘束及び棄教要求を指して「信者となった者の目を覚まさせるための説得」と書いたわけで、極めて悪質です。
凶悪犯罪に関与した船田武雄牧師や母親の伯父の弁護士の罪は不問に付して、よくもこんなことが書けたものです。
「お前の目は節穴か」と言われても仕方のない暴論であり、デマです。
デマ3「暴行などで懲役3年の有罪判決」→懲役3か月、急迫不正の侵害に対する過剰防衛
監禁場所に無理に入ってS氏を救出したT氏は、確かに暴行、住居侵入、器物破損などで有罪判決を受けました。
しかし、その暴行は、急迫不正の侵害に対する防衛行為であり、あくまで過剰防衛です。
この事実を書かなければ、読者はT氏が一方的に暴行を働いたと誤解する可能性が高い。
『月刊住職』は、あえて読者に誤解させたかったのでしょう。さすが三流誌。やることが卑劣です。
T氏に下された判決は「懲役3か月、執行猶予1年」でした。
ところで、表2には何と書いてあるでしょうか?
赤線で囲んだ箇所をじっくりご覧ください。
なんと「判決は懲役3年、執行猶予1年」と書かれています。
懲役3年? これはどういうことなのか???
「3か月」が「3年」に、実に12倍も盛られた数字になっているのです。
懲役3か月と懲役3年とでは、読者が受ける印象はまるで違う。
「相当激しい暴力を振るって相手を怪我させたんだろうな。重傷でも負わせたのか」と思う人がいても不思議ではありません。
『月刊住職』の統一教会バッシングの過激さから見て、単なる誤植とは思えない重大な間違いです。
あえてデマと断ずる所以です。
デマ報道を野放し。教団は人員を増やして、いちいち反論し、抗議し、訂正させるべきだった!
まだまだ書き足りないほど『月刊住職』22年9月号や他の号の統一教会関連記事は酷いものです。
しかし、統一教会のウェブサイトを見ても、『月刊住職』に抗議したとか、同誌を批判したとかのお知らせはなく、ほったらかし状態。
旧統一教会(現世界平和統一家庭連合)は、22年夏の事件で批判の矛先が自分たちに向かったのを機に、教団内に非常事態宣言を出し、マスコミやメディア対応に平時の10倍の人員を招集して対応にあたるべきでした。
その後の同教団の広報活動を見る限り、そのような態勢を取った様子が見られないのは残念でなりません。
おかしな報道をしたメディアに対しては、書き得や言いっぱなしを許してはならないのです。
いちいち反論し、抗議し、訂正させる広報活動をすべきでした。
それをしなかった(したくてもできなかったのかもしれませんが)ことで、解散の瀬戸際に追い詰められるという、現在の事態を招いてしまいました。
