母が来てくれた日|自己紹介シリーズ⑧【世界からベッドへ】
ママツダ(母)参上

どうも、タカツダです。
前回は、ベッドから動けなかった日のことを書きました。今回は、そのあと。
「助けて」と言った僕のもとに、母が飛行機で来てくれた日の話です。どうぞ。
「うつになったかもしれん」
そうLINEを送ったら、数秒後に電話が鳴った。
「どうしたん?」という声を聞いた瞬間、涙が勝手にこぼれた。
そんなに長く話したわけじゃない。
「変な気は起こさないでね」とだけ言われた。
でも、その声だけで、すこし気持ちが楽になった。
その2日後、母は飛行機に乗って、遠くから来てくれた。
でも僕は、空港に迎えに行くことすらできなかった。
布団の中で、それがただただ情けなかった。
玄関のドアが開いた瞬間、何も言わずに母は僕を抱きしめた。
その瞬間、もう感情の制御ができなかった。
しゃくりあげて泣いて、呼吸も乱れて、何も言えなかった。
「母親の前でこんなに泣いたの、何年ぶりやろう」
部屋は散らかっていて、せめてゴミだけでも片づけたつもりだった。
でも、そのとき家と車の鍵も一緒に捨ててしまっていた。
あとで気づいて、また自分を責めた。
「ほんまに、なんにもできひんくなってるやん」
なんとか心療内科を予約して、母と一緒に行った。
臨床心理士のお姉さんと話してる途中でまた泣いてしまった。
止めたくても、止まらなかった。
医師との面談では、「抑うつ状態」と言われた。
「うつ病か適応障害かは、まだ判断できません」
処方されたのは、睡眠薬だけだった。
そのあと大学の産業医とも面談して、診断書を提出した。
「まずは半年、休学しましょう」
そう言われたけど、僕は即座に「3ヶ月で治します!」と答えていた。
今思えば、なんでそんなに焦ってたのか、もう思い出せない。
でも、休学が決まったからといって、楽になったわけじゃない。
大学への説明、書類、退寮、引越し。
休むためのタスクが、雪崩みたいに押し寄せてきた。
メールも、段ボールも、引越し業者の連絡も──
ほとんど母がやってくれた。
夜、母が作ってくれたご飯を食べながら、また涙が出た。
「なんで全部やってもらってるんやろ」
そう思った瞬間、涙が止まらなくなった。
情けない…情けない…情けない…
次回、涙の帰阪です。
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