【聖なる経済学】 債務危機:変革の機会
訳者コメント:
2008年のリーマンショックの時にも、1990年のバブル崩壊の時も、金融機関は救済され、金利に基づく経済成長という根本欠陥を覆い隠したまま、問題を先送りにしてきました。救済策は深刻さの度合いを高めるだけです。世界中で経済体制維持のためのなりふり構わぬ戦争が同時多発する今、このプラス金利経済を維持することはもはや不可能だという現実を直視すべき時が来たのです。
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債務危機:変革の機会
マイナス金利貨幣への移行という絶好の機会が間近に迫っているかもしれません。それは「債務爆弾」という形をとり、実際2008年には世界経済を崩壊寸前にまで追い込みました。公的債務、住宅ローン、クレジットカード債務、学生ローンなど、高水準の返済不可能な債務からなる債務爆弾は、時限装置を解除されたわけではなく、先延ばしにされただけだったのです。借り手が古い債務を返済できるように新たな融資が発行されましたが、もちろん借り手の収入が増えない限り(収入が増えるのは経済成長下だけなのですが)、これは問題を将来に先送りし、悪化させるだけです。いずれ債務不履行は避けられません。そこから抜け出す方法はあるのでしょうか。
答えはあります。〔アテナイの政治家〕ソロンが2600年前に行った経済改革の現代版、つまり債務免除と、貨幣と所有という慣習の改革にあります。いずれ現実と向き合わなければならない時が来るでしょう。債務は決して返済されないのです。債務をそのままにして債務者個人や債務国を永遠の奴隷状態にするか、債務を免除して帳消しにするかのどちらかです。後者の問題点は、貯蓄と債務は全体像の二つの側面なので、罪のない貯蓄者や投資家が一瞬にして消し去られ、金融システム全体が崩壊してしまうことです。突然の崩壊によって、社会不安が広がり、戦争、革命、飢餓などを引き起こすでしょう。これを防ぐための中間的な選択肢は、債務を徐々に削減することです。
2008年の金融危機は、こうした事態がマイナス金利経済への移行の一環として、どのように起こりうるかを示す手がかりとなりました。主要金融機関が返済不能の危機に陥ったとき、連邦準備銀行(FRB)は不良債権の貨幣化という対応をとりました。これは不良債権の買い取り、つまり有害な金融商品を現金と交換したことを意味します。そして(これも返済される見込みはほとんどない)政府債務の貨幣化が、何年も続く量的緩和プログラムを通じて行われました。
問題は、このお金がすべて債務者(借り手)ではなく債権者(貸し手)に渡ってしまうことです。債務者の返済能力が上向くことはなく、債権者の貸し出す意欲も高まりません。FRBの措置が激しい批判を浴びたのは、略奪的な金融機関に現金を与えたようなものだったからです。それと引き換えになったのは、無責任に生み出され取引されたジャンク債で、おそらく額面1ドルに対する市場価値はわずか数セント程度でした。金融機関は額面通りの金額を受け取っただけでなく、さらに追い打ちをかけるように、その現金をリスクフリー債券に投資したり、役員報酬として支払ったり、小規模な金融機関を買収したりしました。その一方で、根底にある債務者の債務は一切免除されませんでした。結果として、このプログラムが富の二極化を緩和することは全くありませんでした。
債務がマイナス金利貨幣で買い取った場合、何が起こるでしょうか。そのとき、債務不履行や金融システム崩壊のように、債権者が一夜にして資金を失うことはないでしょうが、救済措置によってさらに富を得ることもないでしょう。なぜなら、彼らが受け取るのは価値が下がっていく資産だからです。債務者(借り手)に関しては、金融当局は適切な金額まで債務を減額または免除することができ、その額はおそらく政治的に決定されます。これには、金利をゼロやマイナスに引き下げたり、元本を減額したりすることが含まれるかもしれません。ですから、例えば学生ローンの利息をゼロに引き下げたり、住宅ローンの元本をバブル前の水準まで引き下げたり、第三世界の公的債務を全額免除したりすることが可能になるでしょう。
確かに、この債務の貨幣化によってマネタリーベースは大幅に増加する可能性がありますが、その資金はデマレージの対象となるため、時間の経過とともに自然に縮小して元の水準に戻ります。金融当局は、再編された債務を公開市場で売却することで、より速やかにマネタリーベースを縮小させることもできるでしょう。
本稿で述べたようなマイナス金利や債務免除がなければ、FRBによる救済措置は、既に富を最も多く保有している人々にとって、「タダ同然のお金」ということになってしまい、自由貨幣とは逆のものです。大手銀行や金融業者が利益を懐に入れるのを許されるなら、少なくともその見返りとして、さらなる富の蓄積を阻害するような制度を受け入れるべきです。確かに、この提案によって金融業界は徐々にではあっても損失を被ることになるでしょうけれど、他にどのような選択肢があるでしょうか。富の二極化を推し進めることは持続不可能です。
2008年に訪れた機会はまた何度も訪れるでしょう。なぜなら、債務危機は(奇跡的な高成長でもない限り)解消されないからです。毎回のように、解決策はさらなる債務の積み増しであり、債務は個人や企業から国家へと移転され、また個人や企業へと戻されるという形で、常に増加を続けています。例えば、2010年にアイルランドの銀行が破綻寸前になったとき、政府は銀行を救済しましたが、問題を政府のバランスシートに移し替え、公的債務危機を引き起こしました。破局を回避するため、国際通貨基金と欧州中央銀行はアイルランドに6%の金利で新たな融資を行い、旧債務の返済に充てました。アイルランド経済が年間6%以上成長しない限り(融資の条件となった厳しい緊縮財政措置を考えると、これは不可能ですが)、この問題は数年後に再び発生し、さらに悪化するでしょう。私たちは問題を先送りしているに過ぎません。
債券保有者は損失を被りたくありません。彼らは自分たちの取り分がますます増えることを望んでいます[37]。長期的には、その願いが叶うことは数学的に有りえません。それを持続できるとしたら、ますます悪化する状況、つまり、さらなる緊縮財政、さらなる貧困、そして債務返済のため引き去られる収入の増加を、社会の残りの人々が受け入れる場合だけです。
いずれ私たちの社会全体が「もうたくさんだ」と声を上げる時が来るでしょう。それでも救済措置は必要です。なぜなら、制度全体が突如として債務不履行に陥れば壊滅的な結果を招くからです。しかし、それが現実となったなら、そしてそれは数多くの債務の分野で同時に起こり得るのですが、その現実に向き合いましょう。富の集中と、その背後にある高利貸しは、終わりを迎えなければならないのです。世界経済のあらゆる部分は互いに繋がっているため、富裕層を救済する以外に選択肢はないかもしれません。しかし、その救済策に代償を伴わせましょう。徐々に社会を債務から解放していくという代償を。
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注:
37. 利子が経済成長を上回ると、彼らは社会の富のますます大きな割合を我が物にしようとしますが、救済措置のおかげでリスクは一切ありません。
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原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-12-negative-interest-economics/
翻訳メモ:
sovereign debt:公的債務。
debt cancellation:債務免除。
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