遺伝子で満ちた世界(前)
訳者コメント:
遺伝子はコンピューターのROM(ゲーム機のカセットのような、読み出し専用メモリー)ではなくて、ウイルスによって外界とやり取り(遺伝子の水平伝播)しながらアップデート可能な、RAM(書き換え可能メモリー)上のプログラムみたいなもので、このアップデートを配達してくれるのがウイルスだった、という衝撃的な話。ワクチンを打ちまくって全てのウイルス疾患を撲滅してしまうなら、アップデートしないまま古いOSを使い続けるようなことになってしまう恐れがある。善悪、敵味方の区別をすることが、世界の本質に反しているという、もう一つの例が提示されます。
(お読み下さい:訳者からのお知らせ)
6.8 遺伝子で満ちた世界
生命の起源を複雑性理論で説明しようとしても、試験管の中では決して再現できないという重大な欠点があります。スチュアート・カウフマンを批判する人たちは、彼がいうように拡大し進化する自己触媒集合を実験室で作り出せないことを指摘します。その代わり、いつも出来るのは化学平衡に達したフラスコの底に沈むどろっとしたタールのような物だけです。コンピューターによる進化シミュレーションでは、様々に変異を起こす生命体がメモリーなどの資源を奪い合いますが、これも純粋に新しい遺伝子を生み出すことはできません。Avida(アヴィダ)やTierra(ティエラ)のような人工生命プログラムは、ゲノムを単純化し刈り込んでいるだけで、新しいゲノムを生成することがないように見えます。元々の生命体から興味深い変種は生まれますが、私の知る限り、複雑さの一段上がった本当に新しい生命体が生まれることはありません[45]。私が見つけた唯一の例外は、レイのティエラのように長さがプログラム環境で特別に報われるシステムや、決められた形に近いかどうかで適応度が定義されるドーキンスのシミュレーションです。皮肉なことに、このようなシステムがモデル化しているのは〈インテリジェント・デザイン〉の方で、ドーキンスやレイが信じているような方向づけられない進化ではありません。
しかし、複雑さの飛躍は自然界だけでなく人間の文明でも起きます。ラマルクの適応変異に直接なぞらえるなら、テクノロジーの発展とは、新発明の可能性空間全体を無作為に探索し、結果的に適応度によって選択されるのではなく、むしろ目的や目標を意識することであり、意図が試行錯誤を導いて探索空間を狭めるのです。科学者たちが信じているのは、このような意図は人間だけのもので、 遺伝子や、生態系や、地球全体には存在しないということです。創造論者も同じことを信じていますが、彼らは意図が超自然的な知性のものだと考えます。人間社会は非常に複雑で、相互依存的で、緊密に結合しているので、進化によってここまで到達することなど有りえず、このように創造されたに違いないなどとは、誰も言いません。
還元不可能な複雑さというニワトリと卵の問題は、利己的な遺伝子による生命発生説を悩ませていますが、これは進化のあらゆるレベルで繰り返されます。一般的に言って、既存の遺伝子に突然変異が一つ生じただけでは、異なる機能を持つ新しい遺伝子を作り出すことはできません。もし2つの遺伝子の違いがたった1つの塩基対しかないなら、1回の単一点突然変異で一方からもう一方に変わる可能性があります。しかし普通は、これら2つの遺伝子は単に同じ遺伝子の変異体と見なされ、第二の遺伝子が機能しなくなるような致命的な箇所に変異がない限り、同一の機能を持つことになります。同じことが、既存の塩基配列の欠失や重複など、他の基本的な改変についても当てはまります。全く新しい機能を持つ遺伝子を得るには、通常いくつもの改変を加え、有り得ないような複数の段階を組み合わせることが必要になります。つまり、正しい突然変異が一度に、あるいは次々に起こるということです。可能性の低さは倍加して、ついには不可能となります。トランプカードの山から次に引くのが何なのか、私が当てたらあなたは感心するかもしれませんが、驚かないでしょう。でも私が10枚連続で当てたなら、あなたはイカサマを疑うでしょう。なぜなら、そんなことは5京回に一度しか起こらないからです。
まあ、進化が起こるのに何十億年もかかることを考えれば、それほどあり得ない話ではないのかも知れませんよね? いいえ、違います。この数字がどの程度のものなのか分かっていただけるように例を一つ挙げると、1997年に南極の魚から不凍タンパク質を作る遺伝子が発見されましたが、それは同じ魚がもつ全く別の機能である膵酵素をコードする遺伝子と極めて類似していました[46]。この2つの遺伝子は非常によく似ているため、ほんの一握りの突然変異(欠失、重複、フレームシフト、短いイントロンの挿入、以前は非コードだったスペーサー配列の増幅)によって、一方から他方へ変わることができます。しかし、これらの突然変異が完全にランダムであったと仮定すると、これらの段階によって元の遺伝子から作られる可能性のある遺伝子の数は、文字通り天文学的な数になり、ある著者によれば10の370乗に1つという確率になります[47]。そして忘れてはならないのは、これら2つの遺伝子が極めて似たものだということで、他の多くの遺伝子の場合は一方からもう一方への変換に要する段階の数がはるかに多いのです。
この問題に対するネオダーウィニズムの答は、中間遺伝子のそれぞれが生物の生存に役立つ何らかの機能を持ち、暖水域の魚から南極域の魚へと徐々に進化できたと仮定することです。しかし一般的には、新しい遺伝子まで半分だけ変化しても、新しい機能の半分を得ることはできません。それはふつう全部かゼロか、あるいはゼロ以下で、中間体は新旧どちらの機能の役にも立たないかもしれません。不凍タンパク質の論文著者はこの問題を認識していて、驚いたことに(無意識なのは確かですが)目的論に訴えて、こう書いています。「3つのコドンの適切な配列の選択は…不凍タンパク質と氷の相互作用が生じるのに必要な構造特異性によって形作られたと考えられる[48]。」言い換えれば、単なる偶然では起こり得ず、中間体が生存に有利だったというのも考えにくいということです。
じつは、問題はそれ以上に深刻です。ほとんどの場合、新しい遺伝子が本当に役に立つ新しい機能を持っていても、同時に他の多くの新しい遺伝子が存在し発現しなければ、その用をなしません。例えば、何らかの突然変異がキリンの長い首を作っても、同時に他の遺伝子が存在して特別な鼻の構造や血管網で脳を冷やすことができ、また別の遺伝子によってキリンが水を飲むために頭を下げたとき脳への血流を調節できるよう適応した血管を作り出すことができなければ、キリンは生きていけません[49]。
インテリジェント・デザインの支持者であるマイケル・ベーエは、著書『ダーウィンのブラックボックス』の中で同じような例を挙げています。最も印象的なのは、全ての生命に不可欠なアデノシン一リン酸(AMP)の合成の例です。ベーエが説明するのは、AMP合成の13の段階に必要な12種の酵素で、その一つ一つは他の11種の酵素が無ければほとんど何の役にも立ちません。もし仮に、必要な遺伝子の一つがランダム突然変異によって出現したとしても、そこに適応上の利点がなければ、他の何兆もの同じように起こりうる突然変異のどれでもなく、なぜその遺伝子が遺伝子プールに残るのでしょうか? 似たような状況が血液凝固にもあって、そこにはタンパク質など数多くの物質が必要ですが、その一つ一つが特定の役割に極めて特化したもので、それ以外では役に立ちません。どちらもベーエの言う「還元不能な複雑さ」の典型で、それをダーウィンはこう書いています。「もし数多くの連続した僅かな変化によって形成されたとは考えられない複雑な器官が存在することが証明されれば、私の理論は完全に破綻するだろう[50]。」
生物学の複雑で緊密に連携したシステムを説明するのに、漸進的でランダムな遺伝子突然変異を用いることが極めて困難であるのに加え、突然の進化の飛躍を示す化石の証拠も見つかり、従来のネオダーウィニズムの推論は徐々に支持を失いつつあります。これに代わる新たなパラダイムが生まれつつあり、それは生命の本質に関する私たちの文化的前提の多くを覆すものです。このパラダイムシフトの一部は、先に述べた適応変異を根拠にしています。しかし、還元不能な複雑さは適応変異さえも困難に陥れますが、それは複雑で相互依存的なプロセスを司る遺伝子が、一つではなく同時多発的に出現しなければならないからです。そうではなく別々の時点で登場するかもしれませんが、その場合は(特有の性質を発現させても役に立たないので)従来の選択機構の助けを借りることなく何らかの方法でゲノムに保存される必要があります。いずれにせよ、一つ一つの適応変異を他の全ての変異と噛み合う結果に導くためには、(ベーエのいう)超自然的な力であれ、(ラマルク、ビューナー、リプトンのいう)環境の目的であれ、あるいは(マクファデンのいう)システム自身が進化した未来による観測者効果であれ、何らかの調整作用が必要なのです。
おそらくその難しさは、またしても自己の本質に関する私たちの思い込みにかかっています。適応変異は、たとえ環境の「目的」によって引き起こされたとしても、自己の単位、進化する単位としての遺伝子を保持します。しかし、それだけではありません。適応変異がこの話の一部であることは確かですが、おそらく先の二節で説明した協力的システムの複雑さから求められるのは、その基本的なメカニズムに協力を組み入れた進化の説明であり、生命の協力的な性質を完全に表す協力的な進化の説明でしょう。
リン・マーギュリスによれば、協力(つまり、共生)は地球上の全生命の生存に不可欠なだけではなく、進化の原動力でもあるのです。彼女の順次細胞内共生説は、現代の真核細胞の進化を、より単純な生物を徐々に取り込んだ結果だと説明しています。彼女の見解では、進化において本当に新しい性質は、DNAのランダムな突然変異ではなく、より単純な生物の融合によってもたらされます。高等生物も含め、生物は外部からDNAを取り込んで進化するのです。このことは、細菌については半世紀も前からよく知られていて、抗生物質に対する耐性をどのように獲得するのか綿密に研究されてきました。時には点突然変異が、例えば表面タンパク質の変化によって耐性を与えることもありますが、ふつう細菌はウイルや細胞接合などの手段によって、他の細菌から耐性をコードする遺伝子を取り込みます。耐性だけではありません。最近の研究では光合成の遺伝子も細菌間で水平移動することが証明されています[51][52]。遺伝子の水平伝播と呼ばれるこの現象の研究は1940年代に遡り、バーバラ・マクリントックが行ったトウモロコシの先駆的な研究によって植物で観察されました。さらに最近では、遺伝子水平伝播が多細胞動物、さらにはヒトにおいても一般的であることを示す証拠が増えてきました。従って、細菌の光合成に関する次の報道発表は全ての進化へと一般化できるかもしれません。
解析の結果、光合成は徐々に変化し複雑さを増す直線的な経路を経て進化したのではなく、進化系統の融合、つまり独立に進化した化学システムの統合によって進化したことが明らかになった。この細菌種を超えた遺伝物質の交換は遺伝子水平伝播として知られる[53]。
自然界における遺伝子水平伝播の主な証拠は、類似したDNA配列が無関係な生物に存在するものの、分子時計の証拠によって共通の祖先という説明が排除される場合です。遺伝子伝播の主なベクター(運び手)はおそらくウイルスでしょうが、細菌がDNAを哺乳類細胞に直接導入したことを示す実験的証拠もあります[54]。他に考えられるベクターとしては、ある研究者によれば、「外部寄生体、感染因子、細胞内寄生体や共生生物(特に生殖細胞系列のもの)、DNAウイルス、RNAウイルス、レトロウイルス、さらには他の移動可能な要素への便乗」などがあります[55]。
遺伝子水平伝播の主なベクターは、ウイルスであれ他の寄生体であれ単なる病原菌や侵略者ではなくて、生物から生物へ、種から種へと遺伝情報を運んでいるのです。ある研究では、ヒトにシャーガス病を引き起こす原虫であるトリパノソーマ・クルージのDNAが、実験用のウサギの細胞核DNAに組み込まれ、それが子孫に受け継がれた、つまり生殖細胞系列に入り込んだのを発見しました[56]。一部の科学者が提出した証拠によれば、6百万年前にヒトとチンパンジーが種分化したのは、ウイルスDNAの取り込みがきっかけになったことを示してさえいます[57]。
この節の脚注をざっと見ればわかるように、これらは異端科学者による物議を醸す発見ではなく、権威ある主流論文誌に報告されているものです。ヒトを含む真核生物のゲノムには数百万年前に生殖細胞系列に組み込まれたウイルスDNAの残骸が山ほど混じっていて、むしろそちらの方が多いということが明らかになりつつあります[58][59]。リン・マーギュリスが言うように、「私たちはウィルスで出来ている」のです。
でも議論の余地の無いものに話題を限るのは止めておきましょう。もしかすると、外来DNAのヒトゲノムへの取り込みは、現在も進んでいて意図的に行われているのかもしれません。農耕文明に大発生する疫病は、人口密集地で生活し文明的な生活様式を営む人類にとって適応上の有用性を持つ重要な遺伝子をもたらした可能性があるのです。特に、はしか、おたふくかぜ、水ぼうそうのような致死性の無いウイルス疾患は、ワクチンが普及する以前は大流行したものであり、遺伝物質の重要な伝達システムの一つを成しているのかもしれません。もしかすると、それらは私たちの共生生物で、私たちと共に適応し、互恵的な関係を築いてきたのかもしれません。もしそうなら、排除するのは危険なことでしょう。この正確な影響を予測するのは難しいですが、おそらく過去30年間で自己免疫疾患やアレルギーが驚くほど増加したことと関係があるのではないでしょうか。
(後半につづく)
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注:
[45] より新しく複雑な生命体が生まれないことを覆い隠すのは、複雑で予期せぬ行動パターンが種となる生命体とその変種の間で実際に生じているという事実で、それらは確かに進化するが、複雑さが飛躍的に増すことはない。興味深い例は、リチャード・E・レンスキー[Richard E. Lenski]、チャールズ・オフリア[Charles Ofria]、ロバート・T・ペンノック[Robert T. Pennock]、クリストフ・アダミ[Christoph Adami]の「The evolutionary origin of complex features(複雑な特徴の進化的起源)」, ネイチャー, 第4238巻, 2003年5月, p 139-144を参照。
[46] リャンビャオ・チェン[Liangbiao Chen]、アーサー・L・デブリーズ[Arthur L. DeVries]、チーヒン・チェン[Chi-Hing C. Cheng]「Evolution of antifreeze protein from a trypsinogen gene in Antarctic notothenioid fish(南極ノトセニア系魚類におけるトリプシノーゲン遺伝子由来の不凍タンパク質の進化)」米国科学アカデミー紀要, 第94巻, 1997年4月, p 3811-3816.
[47] ブリッグ・クライス[Klyce, Brig,] 「The Origin of Antifreeze Protein Genes(不凍タンパク質遺伝子の起源)」, http://www.panspermia.org/neodarw.htm
[48] 論文を精読してこの目的論的な表現を発見してくれたブリッグ・クライスに感謝する。
[49] ジェフリー・マッキー[Mckee, Jeffrey,] 『The Riddled Chain(謎の鎖)』, ラトガース大学出版局, 2000年. p. 196.
[50] チャールズ・ダーウィン[Charles Darwin,]『種の起源』, p. 154, マイケル・ベーエ[Behe, Michael]による引用『Darwin’s Black Box,(ダーウィンのブラックボックス)』(Free Press, 2006年)。
[51] デビー・リンデル[Debbie Lindell]ら、「Transfer of photosynthesis genes to and from Prochlorococcus viruses(プロクロロコッカス・ウイルスの光合成遺伝子の導入と移出)」, 米国科学アカデミー紀要, 第101巻, 2004年7月27日, p 11013-11018.
[52] ジェイソン・レイモンド[Jason Raymond]ら、「Whole-Genome Analysis of Photosynthetic Prokaryotes(光合成原核生物の全ゲノム解析)」, サイエンス, 第298巻, 2002年11月22日, p 1616-1620.
[53] 「Photosynthesis Analysis Shows Work of Ancient Genetic Engineering(光合成分析が示す古代の遺伝子工学の成果)」、アリゾナ州立大, 2002年11月21日. http://clasdean.la.asu.edu/news/blankenship.htm
[54] キャサリン・グリオ=クーバリン[Grillot-Courvalin, Catherine]、シルビー・グーサード[Sylvie Goussard]、パトリス・クーバリン[Patrice Courvalin]「Bacteria as Gene Delivery Vectors for Mammalian Cells(哺乳類細胞への遺伝子導入ベクターとしての細菌)」, 『Horizontal Gene Transfer(遺伝子の水平伝播)』,マイケル・シバネン[Michael Syvanen]、クラレンス・ケイド[Clarence Kado]編。
[55] ハートル[Hartl, D.L.]、ローエ[Lohe, A.R.] 、ロゾフスカヤ[Lozovskaya, E.R.], 「Modern Thoughts on an Ancyent Marinere: Function, Evolution, Regulation(『老水夫行』の現代的考察: 機能、進化、制御)」、『Annual Review of Genetics(遺伝学年報)』, 第31巻, 1997年, p. 337-358.
[56] 『Nature Reviews Genetics(ネイチャー遺伝学レビュー)』, 第5巻, 2004年, p. 638-639
[57] キャシー・A・スヴィティル[Svitil, Kathy A.] 「Did Viruses Make Us Human?(ウイルスは人間をつくったのか?)」ディスカバー誌, 2002年11月.
[58] ジェニファー・F・ヒューズ[Hughes, Jennifer F.]、ジョン・M・コフィン[John M. Coffin]、「Evidence for genomic rearrangements mediated by human endogenous retroviruses during primate evolution(霊長類の進化におけるヒト内在性レトロウイルスによるゲノム再配置の証拠)」, 『ネイチャー遺伝学』, 第29巻, 2001年12月, p 487-489, n. 4
[59] アラン・ハーバート[Herbert, Alan], 「The four Rs of RNA-directed evolution(RNA指向性進化の4つのR)」 『ネイチャー遺伝学』, 第36巻, 2004年1月, p 19-25, n. 1
原文リンク:https://ascentofhumanity.com/text/chapter-6-08/

