【聖なる経済学】 定常状態への移行:山か、崖か
訳者コメント:
前節の最後に言及された「相転移曲線」のことから話は始まります。
人口や経済は指数関数的に増加すると思われてきましたが、現在は成長の鈍化という段階にあり、将来にはピークを過ぎた後減少に転じ、定常状態に落ち着くというのがチャールズの見立てです。これが文明崩壊への道ではなく、人類の「出産」プロセスなのだとしたら、母体を守りながら出産を促す助産師さんのように、経済の相転移を加速することが理にかなったものとなります。ここでもまたチャールズは、1960年代のヒッピー運動に、ある種の理想を見ています。現代社会の回し車を走るネズミのような生活を「降りる」という選択をする人が増えることが、この相転移の必然なのです。
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定常状態への移行:山か、崖か
図2から図5はこの論点を説明しています。実線が示すのは、現在までの貨幣、人口、エネルギー消費、資源利用、CO2排出量、その他多くのものの成長です。これは指数関数的な曲線です。点線が示すのは、考えられる4つの未来です。図2は、テクノトピア的な神話「上昇」を表していて、銀河や宇宙を征服すれば、指数関数的な成長は永遠に続けられるし、続けるべきだといいます。そして、地球の限界を超えて成長したなら、私たちは別の恒星系を植民地化して新しい惑星を地球のように改造するだろうし、宇宙は無限なので私たちの無限の指数関数的成長を受け入れるだろうというのです。


現在の経済政策は依然として図2の曲線に沿ったものです。今日では多くの人々が、指数関数的な成長が地球上の生命の基盤を脅かすことを認識しているものの、この認識はまだ主流の経済議論には浸透しておらず、そこでの議論は依然として成長に重点を置いています。
悲観論者たちの懸念は、これまでの指数関数的な増加が、図3のような壊滅的な崩壊、つまり最初の状態に戻る以外にはあり得ないという点にあります。これは基本的に、反文明論やピークオイル運動、気候変動による絶滅論における「崩壊論者」が予測する未来です。彼らはしばしば現在の状況を、イナゴのような動物の個体数の動態になぞらえます。イナゴの個体数が爆発的に増加して土地の収容能力をはるかに超えると、その後には個体数が激減します。彼らの主張では、私たちもまた地球の収容能力をはるかに超えた生活を送っており、そのため人口崩壊は避けられないのです。
終末論的な悲観論、例えばキリスト教のハルマゲドン、2012年人類滅亡説、気候変動による近未来の大絶滅、(まもなく起こる)小惑星衝突のような、破滅的な世界の終末という物語には、ある種の感情的な魅力があり、私自身も時折その魅力を感じたことがあることを認めざるを得ません。私の中には、そこから抜け出したいという気持ちがあります。こう感じているのは私だけではありません。暴力、疎外、貧困、そして生気のなさに満ちた現代社会にうんざりしている人は多く、それを変えることはもはや不可能だと諦めています。世界を変えるような事件が起きて私たちを救い出してくれるという考えは魅力的です。奇跡的なテクノロジーが私たちを救ってくれる。イエスが私たちを救ってくれる。あるいはUFOや、地質的、社会的、経済的な大災害。多くの崩壊論者は、崩壊の後に起こりうるものにも惹かれています。それは、自然、精神、そして古来の慣習と結びついた、低技術で共同体的な社会です。さらに、経済や環境が崩壊するという見通しは、ある種の満足を与えてくれます。私たちの中にある、「それ見たことか」と言いたくなるような復讐心、つまり不道徳な者たちが罰せられるのを見たいという欲求を満たしてくれるのです。
残念ながら、崩壊シナリオは計り知れない苦しみを伴います。何十億もの犠牲者が出るでしょう。さらに、文明が作り上げたものすべてが、良い面も悪い面も含めて、すべて消滅してしまうのです。もし技術や文化が本当に間違いだったとしたら、それも仕方ないのかもしれません。しかし、あらゆる存在と同じように、私たちに与えられた才能にも目的があって、その目的を私たちはまだ発見していないのだと思います。いま私たちは幼少期を脱し、自らが引き起こした数々の危機が、私たちの才能を本当の目的に活かす最初の機会となるのです。微妙な言い方をするなら、私たちの才能を全面的に否定することは、それを自然界の他の諸々よりも高く評価するのと同じように、〈分断〉の考え方なのです。どちらも一種の人間中心主義的な例外主義です。私たちは成熟した種として、再び自然と一体になることはできないものでしょうか。
それを踏まえて、現時点までの実データに同じく一致する曲線をさらに二つ提示します。図4は自然界でよく見られる曲線を示しています。それは、急速な成長期を経て、最終的に成長が鈍化し、定常状態に近づくというものです。この曲線で表せるものには、思春期の人間の成長、不毛の地に再生する植物の総バイオマス〔生物体の量〕、あるいは一定の餌が与えられたシャーレに新たに導入された細菌の個体数などがあります。図5はもうひとつの一般的パターンを示しています。それは、長期的に持続可能な水準を超えるピークの後、徐々に定常状態に向かって減少していくというものです。


競争に突き動かされる急速な成長期から、相転移の段階を経て、定常状態へと移行するのは、自然界ではごく一般的です。雑草や若木が日光を求めて競い合う未成熟な生態系を想像してみてください。これは、より大きなプロセスの一段階に過ぎず、その先には、共生的で複雑かつ非線形な、そして安定した森林に達するのです。未成熟な生態系に相当する経済やイデオロギーに浸りながら、私たちはその猛烈な競争を自然の摂理として捉えてきました。おそらく人類もまた成熟しつつあり、自己組織化の末に達する相利共生的な全体の中では、競争と成長がもはや最も重要なものではなくなるでしょう。
実際のところ、最近の人口統計は、成長の急激な減速を示しているようです。人口は80億人から90億人程度の漸近線に近づいて横ばいになるか(図4)、あるいはその水準でピークを迎えた後、数十億人の定常状態に向かって減少していくか(図5)のどちらかが考えられます。これらの曲線を経済の観点から解釈すると、生活の金銭化は減速して停止するか(つまり、経済成長は徐々に減速し、定常状態のゼロ成長経済に達するか)、あるいはまず少し縮小してから、現在よりも低い水準(一人当たりのGDPが低い水準)で安定するかのどちらかです。図4は第一のシナリオを示し、図5は第二のシナリオを示しています。人口と経済のどちらについても、私の予測では後者のシナリオが現実になるでしょう。
人口統計はこの推測を裏付けています。国が完全な工業化に近づくと、出生率は低下し、ほとんどの場合、人口置換水準を下回ります。これが意味するのは人口の緩やかな自然減少であって、壊滅的な大量死ではありません。回復しつつある地球では、GDPと人口の両方が今後30年以内にピークに達して横ばいになり、その後、持続可能な水準に達するまで10年ごとに数パーセントずつ減少すると、私は考えています[1]。この傾向はすでに始まっています。国連のデータによると、世界の出生率は、1990年には女性1人当たり3.24人の生児出生だったのが、2000年には2.67、2015年には2.49に低下しました。CIAのワールド・ファクトブックはこの数字を2020年に2.42としています。過去半世紀にわたり、最も高度に工業化された国の出生率は劇的に低下し、ほとんどの場合、人口置換水準の2.1をはるかに下回っています。世界の他の地域もこれに追随すると予想されます。興味深いことに、国民の人間開発指数(HDI、これはGDPの多くの欠点を回避した幸福度指標)と出生率の逆相関関係は、ここ数年でHDIの最高水準の国々において反転しました。言い換えれば、経済発展が完了に近づくにつれて、出生率は人口置換水準に近いレベルまで回復する兆候を示しています[2]。
私がこれらの統計を引用したのは、あくまで可能性を示唆するためであり、それ以上の意味はありません。私は未来を予測するつもりはありませんが、健康資本をお金に転換するような〈分断〉の弊害は、今後半世紀で出生率の大幅な低下と死亡率の上昇をもたらすと考えています。2100年頃の世界人口は、現在よりもやや少なくなるかもしれません。経済においては、貨幣化され私有化された領域の多くを、コモンズや贈与のために取り戻すことになるでしょう。今日商品となっているものの多くは、もはや商品ではなくなり、それとともに新たな協同的な経済形態が生まれ、地域社会のニーズを満たすでしょう。
図5の「山」がどれほど深刻かは、持続可能な基準線をどれだけ超過するかによって決まります。1960年代は、まさに分断の時代の自然な頂点でしたが、そのとき(図4のように)楽々と移行する機会を逃してしまったと、私は考えています。ですが、私たちは垣間見ていました。すぐそばにある、もっと美しい世界の片鱗を、私たちは垣間見たのです。ヒッピーたちはそれを見て、輝かしいほんのひとときを過ごしましたが、古い物語があまりにも強すぎました。ヒッピーたちが私たち全員を新しい世界へと招き入れる代わりに、私たちはヒッピーたちをこちらの世界に引き戻してしまったのです。
〈分断〉の時代が長引けば長引くほど、移行はより痛手を伴うものとなり、持続可能な基準線への落ち込みはより深く急激なものとなります。その極限においては、図3に示すような大惨事に近くなります。だからこそ、残されたコモンズをできる限り保護し、成長を抑制し、本当の富を維持して、急激な落ち込み後に来る生活を維持できるようにすることが非常に重要なのです。「崩壊を早め、深刻さを緩和する」のです。1960年代の〈大いなる覚醒〉から50年もの歳月が無駄に過ぎた今日でさえ、まだ軟着陸の可能性は残されています。
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注:
1. GDPは人口減少よりも速く、かつ緩やかな減少が見込まれ、おそらく年間1~2%、つまり1世代あたり約半分の減少となるでしょう。これは世界規模での話です。国によっては、成長が他国よりも長く続く場合もあるでしょう。
2. ヨン、「先進国で出生率が再び上昇」。
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原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-13-steady-state-and-degrowth-economics/
翻訳メモ:
bump or crash:山か、崖か。この節の副題です。自動車に減速を強いる路面の凸形の段差のことをspeed bumpといいます。このような凸形を描いて社会は定常状態に至る。bumpを言い表す簡潔な日本語が見つからず、これを「山」と訳したとき、対になるcrash(崩壊、急落)は崖でしょうか。
data point:実データ。実世界から得られる測定値は点でしかありませんが、それをつないでグラフの線を推定します。点として存在するのが実データです。
