父のnote 5話
1998年 7月
修太へ
久しぶりにこのnoteを開いた。
修太が小学校4年生になって少年野球を始めたぞ。
たまにお店の外で一緒にキャッチボールしてたよな。
昨日早速野球用のスパイクシューズを買って、その靴を履いて母さんと一緒に父さんに見せに来ていた。
修太に、
「野球続けられるか?」って聞いたら、
「父さんにホームラン見せるんだ!」
と豪語していたぞ。
千秋もピアノも始めて、2人ともどんどん成長していくな。
実は父さん、修太が野球を始めことをきっかけに野球の審判員の勉強することにしたぞ。少年野球でも公式の試合となると免許が必要だからな。
真剣に勉強してみようと思う。
父さんは運動は得意な方では無かったからスポーツは苦手だったが、
審判員としてなら野球に携わって、修太の近くで少しでも応援できるかなと思ってるんだ。
父さんいつも仕事の帰りも遅いからな。
普段はあまり一緒にいられなくてごめんな。
でも修太が野球を始めてくれたおかげで、
修太の近くにいれるきっかけが出来たと思う。
このnoteを書いてる頃の修太からは、野球をして自分の好きな事に挑戦する覚悟が感じられ、その自分を『誇り』に思っているのが感じられるぞ。
そしてそんな修太の成長する姿を見て父さんと母さんは幸せを感じることが出来るんだ。
今このnoteを読んでいる修太は自分に対してどんな『誇り』を持っている?
応援してるぞ。
父さんより。
夏の始まり、元乃屋にて。
少しお酒を飲んで酔っているせいか、
また涙がこぼれそうになった。
今の自分にはとても身に沁みた。
父さんが野球の審判員を始めた時の事が書いてあった。
父さんは僕がきっかけで野球の審判員を始めたんだ。
そして命を全うする最後の日まで、その審判員を続けた。
父さんが審判員の練習をしていたのは覚えている。
元乃屋で仕事中ジェスチャーの練習をしたり、
野球のスコアの付け方や、
ルールを一緒に父さんのお店で高校野球を見ながら勉強していた記憶が蘇ってきた。
今考えたらあんなに忙しい中で良くやっていたよな。
たまに俺達の試合の時審判してたな。
あの時は、父親がいて少しウザったい感じもあったような気がする。
そんなことを思い出していた。
そして自分の誇り?
そんなもの考えたこともないよ。
どんな誇りを持っているのか。
考えれば考えるほどわからない。
ただ今日翔平と話して、
ほんの少しわかった気がする。
僕は
”関わった全ての人達から感謝を受け取れる人間になる”
これが自分の今の『生き方』だ。
そして、感謝を自分から伝えていくんだ。
でもその『生き方』が誇り?
難しくて考えられかった。
とりあえず明日朝早く帰って子ども達に会いたいな。
母さんのことも心配だし。
明日また考えよう。
そんなことを考えているうちに僕は眠りについていた。
次の朝、1番早い電車で地元に帰るために朝早い時間の新幹線のチケットを買い、電車に乗った。
帰りの電車から見える窓の景色は都会からどんどん田舎になっていく。
翔平から、
「またすぐ来いよ!」
とメッセージが入っていた。
久しぶりにゆっくり話せて有意義な時間だった。
気づけばもう地元の近くになっていた。
早く次のページみたいな。
僕はnoteを取り出し、もう一度今まで見たページを見ようとした。
だが、手を滑らせてしまい、noteを椅子の下の床に落としてしまった。
noteをすぐ拾い上げようとしたが、誤ってページを開いたままnoteを拾い上げてしまった。
やっべ…
あれ?
そこには何も書かれていないページだった。
だがそのページの前に強引に破られたページがあることに気づいた。
破れたページの前のページを捲ると、昨日見たページだった。
あれ?この続きのページ破られてるな..
もうすぐ地元の駅に着きそうなのに、
勢いでその次のページも捲ってしまい、
僕はnoteの続きを読んでしまった。
