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父のnote 9話

2009年 3月
久しぶりにこのnoteを見つけた。
だいぶ書いていなかったな。

大切にしてたつもりなのに、
母さんが勝手に片付けるからどこに行ったかわからなくなって、
そのままだったのをようやく探し出した。

懐かしいな。元乃屋で書いていたな。
このnote書き初めて10年以上年経つんだな。
本当はもっと沢山書こうと思っていたんだが、

たまにしか書けなくてごめんな。

今日このnoteを必死に探し出したんだ。
何故だか分かるか?

実は修太は今日東京に旅立って行ったんだ。

そして急にこのnoteのことを思い出して、
また書こうと思いついたんだ。

本当は今日、母さんと一緒に修太の見送りに行こうと思っていたが、
父さんはその日を結局仕事にしてしまった。

人間て不思議なものだな。
簡単には素直になれないもんだね。

大切な時程、傍にいることを疎かにしてしまう。

でも、毎日応援しているぞ。

修太はやっぱり父さんに似て職人の道だったな?笑
美容師も職人だろ?

このnoteを見ている修太は美容師を続けているか?

別に続けていなくても構わない。

前も言ったが、生き方は自分で決めるんだ。

自分が正しいと思った道を勇気を持って進んでみれば良い。

それが自分らしく生きると言うことだ。

他人にどう言われようと関係ない。

修太の思うがままにやってみるんだ。

ただし、体には十分気をつけてな。

父さんみたいに病気ばっかりなっていたら迷惑かかってしまうからな。

父さんはずっと応援してるからな。

このnoteを見てる修太はもう父さん髪ぐらい切れるようになっているか?
もし美容師続けていて、可能ならいつでも良いから髪切ってもらいたいな。
連絡してもらえないか?

父さんから連絡するのは恥ずかしいからさ。

連絡くれよ。

じゃあまたな。

父さんより。

仕事終わりの、自宅にて


目覚めてすぐnoteを開いて読んでいた。

僕が上京した日のことが書いてあった。
もう6年前だが鮮明に覚えている。

この日は雨の中、母さんに車で駅まで送ってもらい、
駅に着くと割と素っ気なく、
「じゃあ行ってくるね」
と伝え、物静かな母さんは
「いってらっしゃい」
とだけ言ってくれた。

車を降りた僕は駅構内まで向かう途中1度だけ振り向いた。

母さんは車から降りて手を降りながら、こっちを見ていた。

僕は手を振り返さなかった。

ただ電車の座席に座った瞬間に、
母さんの優しさを感じたのを覚えている。

父さんも本当は僕を見送りたかったんだ。

もしかしたら、
上京する前の電車に乗る前の寂しさは、
今思えばほとんど会話のない父さんのことも少しは気になっていたのかな。

そんなことを考えていると、子ども達が起きてきた。
今日から仕事も始まるし、普段通りの生活が待っている。

子ども達との慌ただしいい朝を過ごし、
子ども達を学校に送った僕は、父さんのnoteを鞄にしまい、
車で職場に向かった。

今日も雨だ。


職場に向かっている車の中で考えた。

今父さんが生きていたとしたら、父さんに何をする?
まず食事に誘って一緒にお酒を飲みたいな。
そして昔の自分の話や、父さんが元乃屋を始めてどうやって切り盛りしてたとか、自分らしく生きるのにはどうすれいいか聞いてみたいな。
後、髪も切って上げたいな。
一度も自分から「髪切りにきてよ」なんて言ったこともないけど、
今なら素直に言えるかな。

そんなことを考えている内に職場に到着した。

急な休みで迷惑をかけてしまったが職場のみんなは優しく出迎えてくれて、
良い意味で気を使わないで接してくれ、いつも通り仕事をすることが出来た。

営業後の終礼では、

「急なお休みでご迷惑をおかけしてすいませんでした。
でも僕は皆さんのおかげで本当に毎日楽しく仕事が出来ています。
本当にありがとうございます」
と伝えた。
皆んな急にどうしたの?笑
って顔をしてた。

でもこれで良いんだ。
自分が伝えたい時にどんどん感謝はしていこう。

1日の仕事を終え、
店内で帰る支度をしている時に考えた。

お客さんとの会話もいつも通り。
以前と全く変わらない日常に戻った感覚。
こんな風に過ごしていけば、
いつかは悲しみも完全に無くなるのだろうか。

そんなことは無い。
痛みは消えたとしても、
後悔は絶対に残ってしまう。

でも後悔は受け止めれば良いんだ。
受け止めると自分が何をすれば良いかわかってくる。

父さんは僕にnoteで教えてくれた。

今起こっている全てのことに感謝をし、自分の生き方を歩む。
自分らしく生きろと教えてくれた。

そして父さんは諦めなかった。
何回病気になっても一生懸命家族の為に仕事をしていたし、
元乃屋が無くなってもまた自分の店を持つことを諦めずに励んでいた。
その中で僕が少年野球を始めたことをきっかけに野球の審判員を始め、
一生やり続ける自分が好きなことを見つけ、
そして自分のやりたいことをやりながら人生の最期をグラウンドで終えた。

皆んなには、
「残念だったね」、「急で大変だったね」
と言われたけど、

よく考えたら、
父さんにとっては最高の死に様だ。

だって自分の好きなことをやりながら人生を終えたんだ。

確かに父さんは急死で周りの色んな人達に迷惑をかけたし、
元乃屋を拡大することも出来なかったし。
病気でお店を畳んで、また自分のお店を持つことも出来なかった。

でも父さんは自分の好きなことを見つけ、
”生”を全うする最後の最後まで自分の好きなことをやり切ったんだ。

いくら急死で周りに迷惑をかけたとはいえ、
死んでしまった当の本人からすれば関係無い。
最高の生き様じゃないか!

やっぱり、
誇りに思える父親だ。

父さんが言っていた、
”noteを読んで今の自分がまず初めにやるべきことはなんだ?”

僕は車に乗り、
実家に向かって車を走らせた。


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