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父のnote 7話

2002年9月
修太へ

修太は今中学2年生。

父さんは修太が野球を始めた時がついこないだのことのように感じるんだけどな。

子どもの成長って本当に早いな。

実はしばらくこのnoteのこと忘れてしまっていたんだ。

ごめんな、中々書くことが出来なくて。

久しぶりに書くからなんか父さんは緊張してます。

今日は修太にも報告をしないといけない事があるんだ。

実は元乃屋を閉めることになったんだ。

あんなに拡大するとか豪語して書いていたのにな。

残念だな。

これは全て父さんの責任なんだ。

どんなに意気込んで、覚悟を決めても、
体を壊してしまっては元も子もない。

修太も体だけには気をつけるんだぞ。

さて今月末には店を閉めてしまうんだが、
父さんはどうしようかな。

生きるっていうのは大変だな。

でも生きてるだけで幸せなのかもな。

今の父さんが修太に言えることは、
なんだろうな。

というより、
申し訳ない気持ちでこのnoteを書いている。

父さんは病気が多くて、入院と退院を繰り返している。
これ以上病気でまた入院を繰り返すとなればお店を維持するのは難しいと判断して閉めることにしたんだ。

本当にごめんな。

父さんは本当に頼りにならない父さんだな。

そしてまた来月入院するかもしれない。

また迷惑をかけてしまうな。

でも母さんと修太と千秋を支える気持ちは全く変わらないからな!

それだけは忘れないで欲しい。

じゃあまたnote書くから、読んでね。

父さんより

元乃屋のキッチンから


僕が中学生、父さんが元乃屋を閉める前の内容だった。

このページの内容は何か特別今の僕に伝えることがある内容というより、
近況の報告のような内容だった。

少し当時の記憶が蘇ってきた。

中学に入ってからは、元乃屋に足を運ぶことはほとんど無くなっていた。
勿論部活に励んでいたり、勉強をしていたというのもあるが、
夜遅くまで働いて家に帰ってくる父さんとは生活リズムも真逆で、
家でも顔を合わせることはほとんど無くなっていた。

同時に父さんが入院や手術を繰り返していたのも知っていたが、
1度も病院にお見舞いに行ったことは無い。

当時は、
「母さんにお見舞いに行こう」
と言われても、
「俺はいいよ」
と適当にあしらって野球の練習に行っていた覚えがある。

でも当時父さんに会いに行けなかった理由は、
今なら少し分かる。

もし病室で父さんに会ったりしたら僕は、
涙を我慢出来なくなる。

本当は寂しいということが知られたくなかった。

当時の僕は自分の気持ちに気づけなかったが、
寂しい感情を抑えながら毎日を生きていたんだということに、
noteを見ながら初めて気づいた。

そして、
また次のページを捲った。


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