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トマス・フミモテの、World Crazy Wars Report。戦場Ⅶ:イスラエル篇


わたしの名前はトマス・フミモテ。世界でいちばん臆病なジャーナリストです。Yes, I’m scared. Very scared。Israel篇です。あらかじめおことわりしておきますが、今回のわたしのレポートには、たぶん冗談が少ないでしょう。

ハーフ・ユダヤのニューヨーカーのわたしが日本の読者に伝えたいことは、イスラエルという国の複雑さと矛盾です。これね、なかなかわかってもらえません。わたしはほとんど絶望しています。

たとえばですね、わたしはハルキ・ムラカミの読者であり、『海辺のカフカ』も読みました。あの小説のなかで15歳の主人公の田中カフカ少年にカフカの『流刑地にて』を読ませ、アイヒマンさえも読ませてしまう場面にハーフ・ユダヤのわたしは胸を突かれました。しかしそのハルキさんの2009年「エルサレム賞」受賞スピーチは、ちょっといただけません。「壁と卵」の比喩。……そんな単純な話じゃないんですよ、ハルキさん!

もちろんハルキさんのスピーチに拍手したイスラエル人たちの気持ちもわかります。しかしもしもハルキさんがイスラエルを非難するならば、受賞を拒否すればよかった。曖昧さの中で消費された比喩は、むしろ現実をさらにいっそう複雑化させてしまう。

旧約聖書は言います――「すべてのことには季節があり、天の下の出来事には時がある」(伝道の書 3:1)。卵が割れる時も、壁が崩れる時も、本当は神の時なのです。


イスラエルは決して単純な「悪役」でも「被害者」でもありません。かれらは、なんと十字軍からはじまる、キリスト教の排外主義による長い受難の歴史、そこで受けた数々のトラウマと現代の現実のその狭間でもがき続けている人間たちなのです。みんな矛盾を抱えている。わたしの血の半分もそこに繋がっている。

Honestly speaking, I am half-believer, half-skeptic. わたしはユダヤ教の祈りを完全には守れない。でも、安息日のろうそくを灯すとき、わたしの手はわずかに震えます。神を信じているのか、それとも「神を信じようとする自分」を信じているのか、いまだによくわからないのです。


まず最初に、紀元前13世紀あたりにユダヤ教が生まれ、そこからキリスト教が、さらにはイスラム教が生まれました。3つの宗教は神も啓典も預言者の多くも共通しています。イスラム教は、先行するユダヤ教~キリスト教に対する改革派であり、ムスリムたちにとってはムハンマドは「最後の預言者」なのです。したがって、本質的には3つの宗教は対立などしていません。このあたりに関心のある方は早尾貴紀著『イスラエルについて知っておきたい30のこと』(平凡社刊 2025年)をお読みください。

イスラエルは1948年、ユダヤ人たちによる「遅れて来た国民国家」として、植民地の形をとって誕生しました。Tel AvivとJerusalem。二つの顔を持つ国です。片方はカフェとブティックとハウス・ミュージックのナイト・ライフの都市、片方は3つの宗教の祈りの都。

わたしはテルアビブのビーチバーで若者たちと語りながら、「主はわたしの羊飼い、わたしは乏しいことがない」(詩編 23:1)という言葉を思い出しました。享楽のビールの泡立ちと、旧約の慰め。現代と古代がこの国では平然と共存しているのです。


イスラエルの軍事力は強大です。ガザへの攻撃はあまりにも過剰でやりすぎだ。なぜ、パレスチナとの共存の道を選べないのか。もっともな批判です。しかし同時にイスラエルは「強すぎるがゆえの孤立」に苦しんでいる。孤立はさらに不安を呼び、不安がまた軍備を強める。

Knessetの議場近くで「神がこの地を与えた」と叫ぶ政治家に出会ったとき、わたしは思いました――「かれらは荒野で四十年さまよった民ではないか」(民数記 32:13)。荒野を出たのに、いまも精神的には荒野にいるのではないか。


わたし自身の憂鬱。血の半分はユダヤ、血の半分は別の何か。その狭間で、わたしは信仰と批判のあいだを揺れ続けています。

時にわたしはこう呟きます――"My faith is cracked, like an old jar in the desert sun. Still, it holds a little water."
(わたしの信仰は、砂漠の太陽にひび割れた壺のよう。でも、まだ少しの水を保っている。)


最後に、祈りを。

エルサレムの夕暮れ、嘆きの壁に手を置き、わたしはこう祈りました。

「主よ、わたしたちに平和を与えてください。ユダヤもアラブも、信じる者も疑う者も、みなあなたの子どもです。May we find peace not in power, but in compassion. 主よ、壁ではなく、橋を。恐怖ではなく、希望を。」



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