ふたつの音楽世界の境界を歩くーーこれから世界はどんどんインド化してゆく。後編|コルトレーンにとってのインドとは何だったのか。そして、ボリウッドが生み出した天才作曲家 A.R. Rahman
夜明けの青い時間、私は窓を開ける。
刻々と色を変えていく空を見ながら、
私が息を深く吸い込むと、
私の細胞がひとつずつ目を覚ます。
そして私が息を吐くと、緊張がほどけ、
私の内部のリズムが、外界の微細なゆらぎに同調してゆく。
私の心は溶けはじめる、
世界のなかに。
インド古典音楽のゆったりした息づかいが私を包む。
7|ヒッピー・カルチュアの「LOVE」の炎とともに、西側世界はインドを見つけた
シタールとロックが出会い、タブラとジャズが酩酊した時代――60年代後半。
ヴェトナム戦争は、冷戦のドミノ理論を根拠に泥沼化し、勝利のない戦線で国と若者の未来を削り取った。
アメリカでは、ヨーロッパでは、東京でさえ、学生たちが街頭へ溢れ、怒りはスローガンとなって炎のように飛び散った。
〈Love & Peace〉
〈ヨーロッパ的知性の終焉〉
〈物質文明から精神世界へ〉
マリファナの煙の奥に“別の世界”を見出し、LSDは Instant Zen(即席の悟り)と呼ばれた。若者たちは髪を伸ばし、女はブラジャーを捨て、髪に花を挿し、風のように流浪した。
そして、かれらの向かった先には――いつもインドがあった。
ビートルズがラヴィ・シャンカルのもとを訪ね、短期間の滞在が世界に巨大な文化的エコーを放つ。インドは“精神世界の大国”と再解釈され、西洋の疲弊した魂の避難所になった。
ただし、かれらの〈インド〉は半分正しく、半分は誤解ではあった。
当時インドは貧しかった。
統制経済で国家の体裁を保つのが精一杯で、物質的な豊かさなどほとんどなかった。
にもかかわらず、かれら西洋人は半分正しかった。かれらが「精神世界」に見たものは、宗教や悟りではなく――
ドレミでも4拍子でもとらえきれない、ゆらぎの時間と、祈りと生活が溶け合った音楽そのものだった。
それは欧米の若者たちが待ち望んでいた、新しい呼吸だった。
8|ジョン・コルトレーンは、なぜラーガに救いを求めたのか?
同じ頃、アメリカのジャズもまた行き詰まっていた。
ビバップの速度、ハードバップの知性、
モードの発見――
ジャズは急速に可能性を広げ、芸術化していった。
しかし、そのゆたかな達成の先に開くべき新たな扉はもはやなかった。
ジョン・コルトレーンは、マイルス・デイヴィス・クァルテットを経て、リーダー・アルバム『マイ・フェヴァリット・シングズ』、『ア・ラヴ・シュプリーム』、『ジャイアント・ステップス』によって次々と新境地を開拓していった果てに、インド音楽に関心を向けるに至る。妻アリス・コルトレーンの影響も強かったという説もある。
そして迷走と錯乱、狂気の詩ともいうべきアルバム『ライヴ・アト・ヴィレッジ・ヴァンガード、アゲイン』が現れる。サックスのベルからこぼれる高密度のフレーズの裏では、かれの精神はラーガの迷宮を彷徨っていた。
そこでコルトレーンは旋法の深層へ潜り、
ついにはインド音楽へと手を伸ばす。
妻アリス・コルトレーンの精神性の影響も語られている。
そして到達したのが、あの、迷走と狂気、
祈りと救済への期待の混ざり合ったアルバム――
『ライヴ・アット・ヴィレッジ・ヴァンガード、アゲイン』である。
サックスのベルからあふれ出す高密度のフレーズ。
そこでひそかにかれの精神はラーガの迷宮をさまよっていた。
なぜコルトレーンは、あれほど苦悩に満ちた音を吹いたのか?
答えは単純で、しかし深い。
西洋音楽の時間と和声の檻が、かれを締めつけていたからだ。
コード進行、代理和声、4度和声――どれほど調性を曖昧にし、モード奏法に踏み込んでもなお、西洋の規範は亡霊のようにつきまとった。
それに対してラーガは、音の生成の“場”であり、呼吸とともに揺れる世界そのもの。決まった旋律ではなく、その場で立ち上がり生成されるもうひとつの時間芸術だった。
コルトレーンは譜面の外側へ逃走するために、インドを吸い込んだのだ。たとえ、それがインド人たちにとってのインド音楽とは似ても似つかない別の音楽であったとしても。
そしてジャズはフリーへと転生し、かれが地上に残したファラオ・サンダースへ、そして現代日本ならば林栄一、梅津和時、吉田隆一らへと受け継がれてゆく。
コルトレーンの魂は、いまも生きている。
9|ボリウッドとA.R. Rahman――吸収と変容の頂点
70年代、インドは長い貧困から少しずつ脱し、市場経済へ開かれ、ボリウッドは独自の巨大産業へと膨張した。
ここでは、ラーガ的旋法がポップスと手をつなぎ、16拍のティーンタールがディスコビートにウインクする。
深刻な葛藤ではない。むしろ、誇らしさと遊び心の饗宴だ。
そして21世紀、決定的な天才が現れる。
A.R. Rahman。
南インド古典音楽に生まれ
英国で西洋音楽を学び
テクノロジーを血肉化し
『スラムドッグ$ミリオネア』で世界を震わせた。
Rahmanは“混ぜる”のではなく、“再定義した”。
ラーガを残しつつ
シンセサイザーを唸らせ
弦楽と電子音を舞わせ
時に祈りのように、時に霧のように音を編む。
ドレミファは侵略者ではない。
むしろインドが飲み込み、消化し、新しく産みなおした。
ボリウッドはただの娯楽産業ではない。
インド文明のアルケミー(錬金術)である。
10|世界がインド化する未来へ
ヴェトナム戦争の黒煙が空を覆い、若者が「Love」を叫んだとき、
世界は均質性の未来から脱線した。
近代的理性の直線的な時間は、もはや復旧不可能だ。
代わりに浮上したのは――
揺らぎ
層
多声
微分音
複雑系の美学である。
ヨーガの呼吸のように、マントラの夕暮れのように、世界はインド化してゆく。
拍は溶け、時間は重なり、価値と文化はポリフォニーとなって響き合う。
もはやドレミファソラシドは、世界唯一の言語ではない。
未来は多声的でいい。
拍子はひとつじゃなくていい。
世界は、ゆらいでいい。
そして私たちはそのリズムのなかで――
踊るのだ。
