ふたつの音楽世界の境界を歩くーーこれから世界はどんどんインド化してゆく。前編「おいらの靴は日本製」
アジア—時間の反乱と多元性(3)
ジャイプールの朝は静かに訪れる。
私は住宅地の路上で1杯ワンコインの、
摺り下ろし生姜入りのチャイを飲みながら、
電線の上を駆けてゆく小リスを見ている。
どこの異国であろうと行ってみないことにはわからないもの。しかし、私にとって、インドほどそれを感じた国は他になかった。旅行ガイドブックも、旅行記も、ましてや文化論も哲学書もおよそ役に立たない。あなたが実際にあの土地を訪ね、入国審査官と会話を交わし、おっかなびっくりリクシャに乗って、目に飛び込んでくるもの、そしてささやかな経験を重ねることによって、はじめてあなたのためのインドが生まれる。つまり人の数だけインドが存在するのだ。まるで万華鏡ではないか。
私は週末、近所づきあいをしているインド・レストランで、開店まえの時間に、インドを懐かしむ。どこのレストランとて開店まえの厨房は戦場さながらだけれど、他方スタッフはダイニングの隅の金ピカのガネーシャ像にお香を捧げ、開店前の店内には静かにマントラを唄うインド音楽が流れる。お香の香りに混じってゆったりしたテンポの音楽とともにマントラが聴こえてくる。 "namah shivaya nama shiva, hare hare holly nama shiva"、 "Om shanti shanti Om" ヒンドゥー教徒にとって、信仰ー音楽は暮らしのなかに溶け込んでいるのだ。私はこれに過剰に注目することもどうかと思うものの、しかしこのことを抜きにヒンドゥ教徒8割のインドを語ることもまたできない。では、いったいどのようにインドを理解すればいいだろう?
1|なぜ、アントニオ・タブッキにとって、インドは魔界なのか?
アントニオ・タブッキの小説『インド夜想曲』、およびその映画版は、失踪した友人を探して異郷をさまよう男の物語である。物語の定型のひとつであり、演出も巧い。したがってインド圏以外の人間が見れば誰だって楽しめはする。しかし、私は呆れもした。たしかにインドは私たちにとって常識離れした社会かもしれないにせよ、しかしながら他方で、料理はおいしいし、睫毛の長い子供たちは素直で愛らしく、大人たちもおおむね無邪気でおっちょこちょいで愛すべき国ではないか。なんでまたイタリア人のインテリ作家タブッキは、そんなにもインドを「何を考えているかまったくわからない連中が平然と暮らしている魔界として」描いただろう。
その理由は、インドの多言語混在、巧みなスパイス使いの香り高い料理、そしてドレミファソラシドとまったく無縁なインド音楽にあるのではないか。そしてその奥には、(タブッキが自覚していたかどうかはさておき)インドにはヨーロッパとは異なる時間認識が共有されていることへの恐怖が潜んでいるのではないか? おそらくタブッキがインドを魔界として演出した理由はここにある。私はそこに知的なヨーロッパ人の限界を見る。
2|私にとってインドは楽しい
他方、自慢にもならないにせよ、私にとってインドはなにからなにまで楽しかった。空港からデリーに向かう道路は、誰もがクラックションを鳴らしまくって走る。ヘルメットをかぶったマダムは、ホンダのバイクに、子供を三人も乗せて走る。デリーから郊外へ伸びる道路にはガードレールもなく、盛り土をアスファルトで固めてあり、街路樹の横腹に白い蛍光ペンキが塗ってある。(どうやらガードレール用のカネは政治家への賄賂に消えたらしい。)案の上パネルトラックが路辺の大地に転がり落ちている。駅の「緑の窓口」みたいなところに平然と詐欺師が仕事しているかと思えば、コンノートプレイスに立ち並ぶ30軒もの旅行代理店の約8割がぼったくりである。駅にはたくさんの人びとが床に寝そべって眠っている。しかし、それさえも絵私には楽しかったし、ましてや街を歩けばインド人の子供たちが揃って手を振る。公園に粗末な椅子をに脚並べ髭剃り屋を営んでいる中年男の脇では、かわいい少女がお尻丸出しの赤ん坊を抱いている。私は彼女の似顔絵を描いてプレゼントしたものだ。ストリートの女の子ふたりと私はダンスを踊った。彼女たちは私を「ヘイ、モンキーマン!」と呼んで私の歩く後をキャッキャ言ってついてきたものだ。旅行をして、こんなに楽しい思いをした国は他にない。いいえ、おっかない目にも少しはあったけれど。いいえ、そろそろ本題に入ろう。
3|Mukeshは歌う、「おいらの靴は日本製」(1958)
靴は日本製
ズボンはイギリス製
頭の帽子はロシア製
でも、おいらの心はインド人
おいら歩き出す、開かされた道を
堂々胸を張りながら
目的地はどこか、どこで立ち止まる?
人生は走り続ける列車だぜ
ゲームは進む、まったりと
でも、おいらの心はインド人
おいらたちは住む
ガンジス川が流れるあの国に
誰かがいおいらの客になったなら
命より大切にされるんだ
おいらは多くを求めない
少しあれば、幸せでいられるさ
この歌、”Mera Joota Hai Japani”は、映画『Awaara(放浪者)』(1958)とともに世界的にヒットした。特にソヴィエト連邦、中東、アジア諸国などで熱狂的にヒットした。1955年当時のインドは、ネルー首相(初代首相)の指導の下、独立直後の激動の時代にあって、ほとんど社会主義的な統制経済で青息吐息のインドは国民国家のアイデンティティをいかに構築するかを模索していた。そんなとき、「おいらの心はインド人 (Phir bhi dil hai Hindustani)」というフレーズがかれらの愛国心(ナショナリズム)に希望を与え、インド人たちの心に響いたのだ。
なお、この気さくで誇り高い歌は、インドこぶしをまわして歌われながらも、基本的にはドレミファ音階で作曲されているところに、当時のインドの逡巡が伺われます。しかし、その後インドは徐々にドレミファ音階に飲み込まれない道を選ぶようになる。
4|インド音楽は、なぜドレミファソラシドと拍子概念に屈しなかったのか?
インドの伝統音楽は、独自の宇宙を持っている。それは西洋の五線譜の外側で、まるで螺旋の時間と無数の色の音が呼吸をしているようだ。ドレミファソラシド——あのきれいに並んだ七つの音は、インドにとってはあくまで〈よそ者の秩序〉だった。4拍子の均整のとれた歩幅もまた、人間の歩行には似ていても、インドの大地の脈動とは違う。
西洋音楽理論の語法で無理に翻訳すれば、それはポリリズムであり、微分音であり、タブラが刻む16拍の循環(ティーンタール)や10拍のジャプタールなどの多重的拍体系に支えられた巨大な迷宮のような音楽だ。しかし、本質はもっと素朴で、もっと形而上学的なところにある。
音は帰るべき場所を知っている。
旋律は、川の流れのように源流へ戻ってゆく。
それを導くのは数学ではなく、祈りの呼吸であり、
時間そのものへの信頼だ。
それがインドの音楽である。
Mukeshの歌が世界を駆け巡り、ソヴィエトでもアラブでも口ずさまれたとき、インドはすでにふたつの世界のはざまで揺れていた。
洋服は西洋製、靴は日本製、しかし心はインド人——。
その逡巡は可笑しくて、切なくて、美しい。
そしてインドは最終的に選んだのだ。
均整よりも、揺らぎを。
線よりも、波を。
5|揺らぐ音の精神——ラーガの時間、ターラの輪廻
音は定まらない。
定まらないからこそ、人はそこに永遠を感じる。
インド音楽を理解しようとするとき、私たち西洋的教育を受けた耳は、まず音を掴もうと手を伸ばしてしまう。「ドはドでしょ?」と言いたくなる。しかしラーガの音は掌をすり抜け、風のように流れていく。掴もうとした瞬間、音はもう別の姿になっている。
たくさんのラーガ(Rāga)はすべてモード(旋法)ではある。しかしけっしてそれに留まらない。
ラーガは、旋律を構成するための音階(旋法)と、その旋律の展開ルール、そして特定の音の動き方を定めた枠組である。それは空間を染め上げる色彩であり、感情であり、ムードである。
多くのラーガは、演奏するべき時間帯(日の出、昼間、夕方、真夜中など)や季節が決められている。これによって、音楽は自然や時間の流れと深く結びついている。演奏者は、このラーガの枠組みの中で、感情や創造性を込めて自由に旋律を即興で展開してゆく。たとえばインドレストランでは、開店まえに、ガネーシャにお線香をあげ、お祈りの音楽をかける。
すなわち、ラーガは心の状態(bhāva)、気候、季節、時間帯。
そして演奏者と聴衆の精神の共鳴で成り立つ、ひとつの世界だ。
たとえば、モーニング・ラーガは白い光だ。夜明け前、草の上に満ちる湿気と同じ色を持つ。音はゆっくりと伸び、やがて濃密な旋律が立ち昇る。それを西洋五線譜に押し込めば、ただの「音列」にしかならないが、実際はその背後に巨大な精神の質感がある。
音は生き物で、朝は朝の鳴き方をする。
リズムの基礎:ターラ(Tāla)
ターラとは、拍子(リズムの周期)を定める理論である。「ボル」と呼ばれる音節を組み合わせ、非常に数理的で複雑な周期を形成する。8拍子、10拍子、12拍子……。いや、そんな単純な世界ではない。16拍でも、内側は 4+4+2+3+3 というように分解され、それぞれが別のアクセントと感情を持つ。拍は等間隔に整列しない。それは波のリズム、風の乱反射、牛飼いの足取り、祈りの息づかい。数理は厳格だが、感覚は自由である。
つまり、ターラは均質な拍ではなく、ゆらぎを前提にした時間の器なのティーンタール(16拍)やルーパクタール(7拍)といった拍体系も同じだ。
拍は数えられるものではなく、循環する呼吸である。
それは心臓の鼓動に似て、感情の波に似ている。
だが、拍が乱れても音楽は崩れない。
なぜなら崩れる前提で成り立っていないからだ。
リズムは揺れるものだと最初から知っている。
私が初めてタブラの奏者に出会った時、彼は笑いながら言った。
「西洋はリズムを歩幅で測る。
インドはリズムを魂の速さで測る。」
その言葉を理解するまで、私は何年もかかった。
いまならわかる——リズムとは運命の速度なのだ。
インド古典音楽の代表的楽器編成
インド古典音楽の編成は、以下の3つの役割に分かれる。
主旋律(メロディ)楽器:
シタール(弦楽器)
サロード(弦楽器)
サリンギ(擦弦楽器)
声楽(歌唱)
バーンスリー(竹笛) など
リズム楽器:
タブラ(打楽器)- 主に北インド。
ムリダンガム(打楽器)- 主に南インド。
ドローン(持続音)楽器:
タンブーラ(タンプーラ): つねに開放弦を鳴らし続け、楽曲の基音(主音)を持続的に提供します。これはラーガの旋律が展開する上での「音の背景」となり、音楽に独特の深みを与える。
6|インド伝統音楽は暮らしと結びついている
インド伝統音楽は、人々の精神生活、宗教、そして日々の暮らしと深く結びついている。
Ⅰ)精神性・癒し
「ヒーリング(癒し)の核」: 音楽は単なる娯楽ではなく、精神的な安らぎやポジティブなエネルギーをもたらすものと見なされている。
瞑想と集中: ラーガやターラの厳格な体系と即興性が、演奏者にも聴衆にも深い集中力と瞑想的な状態を促す。
Ⅱ)宗教と儀式
バクティ(献愛): 寺院での儀式や、神への献愛を歌うバジャン(讃歌)として、音楽は宗教生活の中心にある。
神格化: 多くのラーガや楽器には神話や神々が結びついており、音楽を演奏すること自体が一種の信仰行為とも言える。
Ⅲ)時間と自然との調和
ラーガは時間帯や季節と結びついている。その時々にふさわしい音楽を聴くことが、自然のサイクルと調和し、日々の生活に秩序と美意識をもたらす。
このように、インド伝統音楽は構造的な深さと精神的な意味を持ち、インドの人々の生活、信仰、そして時間の流れそのものと一体化しているのだ。
後編に続く。
