ふたつの音楽世界の境界を歩くーーモンゴルのThe HU:草原金属主義(ステップ・メタル)の誕生
アジア—時間の反乱と多元性(2)
モンゴル人ってなんなんでしょう。世界史の授業で驚きませんでした? 13世紀にかの遊牧民が馬を駆け、百人、千人の軍隊を組織し、追跡し、包囲し、馬に跨りながら弓を打ちまくって奇襲攻撃に次々成功し、あげくの果てにユーラシア世界を支配してしまう。日本だって蒙古来襲に大慌てしましたね。携帯電話も存在しない時代に、いったいどうしてそんなことができたでしょう。チンギス・カンは、とんでもない男だった。かれは信じていた、天命に従って、おれが世界を支配する。
もっとも、公平のために語るべきは、かれらの征服後、東西の交通路の安全が確保され、ユーラシア大陸の東西交流が活発化したこと。これは帝国の経済基盤を強化するとともに、文化・技術交流を促進した。意外と知られてないことながら、インドの江戸時代にインド各地を支配したムガル帝国だって、モンゴルの末裔ですよ。また、フランス人がアニョー(仔羊)をうれしがって喰うようになったのも、もとはと言えばモンゴル人がそのおいしさを教えたからだという説もあるほど。その割には世界史でのモンゴルの扱いは小さい。その理由は、歴史学がテキストベースだからでしょう。遊牧民の歴史家なんて存在しませんものね。〈世界史〉という概念が登場したのは、モンゴル帝国以来だというのに。
1|21世紀のロック界にモンゴル来襲
モンゴルのヘヴィーメタルバンド The HU を聴いて、私は椅子から転げ落ちた。こんなロックがあったのか!??
そもそもメタル系ロックは、ブラック・サバスに始まる。拍の表を強調し、シンコペーションを排し、けっして跳ねない。けっしてロールしない。ブラック・サバスは、レッド・ツェッペリンひいてはメガデスの誕生を促し、やがてこのジャンルはスラッシュメタル~デスメタルへと先鋭化する。私はけっしてこのジャンルのフォロワーではないけれど、しかし、その〈ロールしないロック〉の誕生には、世界音楽史的な意味があると考える。
さて、HUである。かれらはデスメタルのように切迫した高速ビートで攻めたてはしない。むしろHUのビートはもっとゆったりと重厚である。獣じみたダミ声の不吉なヴォーカルが音楽をリードする。しかもかれらのサウンドは謎のモンゴル発声ホーミーや馬頭琴(モリンホール)も実に巧みに使っていて、(いったい誰が馬頭琴のこんな活用を想像したことでしょう。)なんとも不思議な独特世界である。かれらの音楽は「Hunnu Rock」と呼ばれ、これは古代の遊牧民国家匈奴ー Huns のモンゴル語での発音に由来しています。またはかれらは「モンゴリアン・メタル」とも呼ばれる。
メンバーは4人。愛称、名前、担当楽器の順に記す。
Gala(ガラ)(ガルバドラフ):リードヴォーカル、馬頭琴。リーダー
Jaya(ジャヤ)(ニャムジャンツァン):口琴、ツォール(縦笛)、リムベ(横笛)、ボーカル
Enkush(エンクシュ)(エンフサイハン):リード馬頭琴、ヴォーカル
Temka(テムカ)(テムーレン):トブショール(弦楽器)、作曲・編曲担当
かれらは全員伝統楽器のまっとうな教育を受け演奏に熟達しているそうな。なお、ツアーには他に、4人のサポート・メンバーが参加し、かれらはギター、ベース、パーカッション、ドラムス、バックング・ヴォーカルなどを担当する。
プロデューサーはDashdondog Bayarmagnaiさん。
かれらが雄大な大自然のなかで自由奔放に演奏するクリップは new age 的なヴィジョンとマインドフルネス的地球との交感感覚、そしてなによりも神秘性をかもしだしていて。そりゃあ大成功もするでしょう。なお、ロックはつねに新しいビートによって刷新し、既存のロックを古くしてゆく。
モンゴルは1990年にそれまでの社会主義国から民主主義国家になって、30年あまりの時が経ったんですね~。社会主義国でロックは矛盾概念ですからね、民主主義国家でなくてはロックは輝かない。

2|モンゴルの風土と気候
モンゴルは ロシアと中国に囲まれた内陸国で、平均海抜は約1,580mと高地に位置している。国土面積は日本の約4倍と広大で、その約79%が草原(ステップ)に覆われている。南西部にはアルタイ山脈、中西部にはハンガイ山脈が連なり、山岳地帯には湖や川。一方、南東部には広大なゴビ砂漠が広がっている。年間を通して晴天の日が多く、モンゴルは「永遠の青空の国」とも呼ばれている。
夏の最高気温は40℃近くまで上がる一方、冬の最低気温は-40度以下になることも珍しくない。 夏季でも日中の気温と夜間の気温差が30度近くになることも。四季はあるものの、特に冬は過酷な寒さに見舞われる。
3|モンゴルの伝統文化
モンゴルの伝統的な暮らしの中心は「遊牧」であり、ウランバートルこそ立派な都市ながら、地方では伝統文化が色濃く残っている。
伝統的な住居「ゲル」
移動式住居: モンゴルの伝統的な住居は「ゲル」(移動式テント)です。組み立てと解体が容易で、家畜の餌となる草を求めて移動する遊牧生活に適しています。
構造と機能: 木の骨組みに羊毛フェルトを何層にも重ねて覆うことで、厳しい寒暖差に対応できる高い断熱性を持っています。ゲルの中央にはストーブがあり、暖を取ったり調理をしたりする中心的な場所です。
寒冷で乾燥した気候のため農作物の栽培が難しく、肉(羊肉、牛肉など)と乳製品を中心とした食生活です。
馬乳酒(アイラグ)や乾燥チーズ(アーロール)、ヨーグルトなどが作られ、冬の保存食にもなる。
寒い冬を乗り切るための高カロリーで温かい肉料理が好まれ、肉まんのような「ボーズ」なども一般的です。
厳しい自然環境の中で、家族やコミュニティの絆が非常に強いのが特徴です。遊牧民は客人に対して最高のホスピタリティを持つことでも知られています。
4|ステップ・メタルが鳴らす「時間の反乱」
HUを聴いていると、私は次第にある問いへと導かれる。
これはただの“民族楽器入りメタル”ではない。
もっと深いところで、この音楽は西洋のロックが千枚張りつけてきた皮膜――リズム、和声、ヴォーカルという制度――にメスを入れている。いや、言い換えよう。HUはそれらを剥ぎ取っているのである。
ロックの歴史を遡れば、そこにはつねに新しい拍の登場があった。
ブルースの12小節はイングランドの民謡と
アフリカン・ビートの混血し、
やがてロックンロールは四分のドライブを発明し、
ヒップホップは裏打ちの重心でもう一度世界をひっくり返した。
ロックとはつねに「時間のルールを書き換える」反乱装置である。
ではHUは何をしたか?
彼らは四分を前へ進めるのではなく、地面に杭のように打ち込んだ。
ビートは未来に向かって加速しない。
ステップの草原に、ひと打ちごと深く沈み込む。
まるで馬が走るとき大地をえぐる蹄の跡のように。
ロックンロールは走った。
HUは立ち止まった。
それなのに音楽は巨大なうねりとなって押し寄せる。
これはロック史のなかで異例である。
「直進のビート」で成立してきたロックに対して、
HUは「停止のビート」で対抗している。
しかし停止とは後退ではない。
それは直線ではなく、太古から続く水平の時間の回復だ。
ガムランの章で書いた〈円環の宇宙〉とも異なる。
HUの時間は輪でも矢でもなく――
地平線である。
どこまでも伸びる。
しかし前に進む必要はない。
風と、馬と、天幕と、大地。それらはずっとそこにあった。
HUはその時間をロックに持ち込んだ。
5|21世紀の遊牧民が打ち立てたもの
HUのステージを見ると、しばしば風景が先に現れる。
かれらのミュージックヴィデオでは、音よりも前に草原がある。
羊の群れ、風の粒子、澄んだ空。
そのあとでやっとギターと馬頭琴が入ってくる。
この順番は決定的だ。
ロックのパフォーマンスはふつう「音 → 風景」だ。
HUは「風景 → 音」である。
つまりHUとは、ロックを音楽から風土へ再接続する試みだ。
西洋は長いあいだ、音楽を都市で発展させてきた。
ジャズは港町、ロックは学校と工場、テクノはデトロイトの廃墟。
しかしHUは草原を持ち込んだ。
文明を母胎とした音楽が、初めて文明以前の地表へ立ち戻った。
そう、HUは遊牧民のメタルであるだけでなく――
大地の記憶をロックに接続した初めてのバンドなのだ。
大統領が勲章を授けたことは単なる文化外交ではない。
これは一種の国家的回答である。
「チンギス・ハンの血脈は、いま音として世界に再侵入する」
歴史はテキストで書かれてきた。
だから遊牧民はいつも頁の外側にいた。
しかしHUは紙ではなく音で侵入した。
文字の帝国を、ついに彼らはビートで突破したのである。(※1)
6|そして私たちへの問い
HUの音を聴くとき、胸の奥で何かがずれる。
それは恐らく、私たちが「未来へ進むこと」だけを正義と信じてきたからだ。
速さ、効率、更新、バージョンアップ。
文明は時計の針でできている。
でもHUは言う。
どこへ行くのかじゃない。
どこに立っているかだ。
ガムランが〈時間は円環だ〉と告げ、
OTYKENが〈時間は凍りつく〉と示し、
そしてHUはこう応える。
時間は草原のように広がる。
歴史はテキストで書かれてきた。
だから遊牧民は歴史を持たない民族と誤解されてきた。
しかし、それは違う。
モンゴルの歴史は*文字ではなく風に記憶されてきた*のだ。
羊の群れの動き、草原の揺れ、馬のリズム、ホーミーの倍音。
それらは紙に残らなくても、時間に刻まれてきた。
書かれた歴史の側から見れば沈黙だが、音の歴史の側から見れば轟音である。
HUとは何か。
それは「書かれなかった歴史の帰還」である。
そして世界音楽史における〈草原の逆襲〉だ。
7|HUは何を破壊し、何を再建したか
HUはメタルという形式を破壊したわけではない。
彼らはむしろ、メタルに欠けていた最後の部品をはめ込んだ。
西洋ロックの時間軸は縦に伸びてきた。
過去 → 現在 → 未来へと推進する直線。
その構造がロックをドライヴさせ、加速させ、高速化へ導いてきた。
しかしステップの時間は横に広がる。
未来よりも地平線。
推進よりも滞留。
「行く」のではなく「在る」。
HUが行ったのは、直線の音楽に水平を挿入することだ。
それは破壊ではなく拡張、征服ではなく合流。
チンギス・ハンは世界を動かしたが、HUは時間を動かした。
メタルはもう一度、遊牧民になった。

8|ロックは草原に帰り、世界音楽史はふたたび動き出す
ロックが工業地帯で生まれた音楽なら、HUは地球で生まれた音楽である。
ロックがアンプと電力の子なら、HUは太陽と風の子である。
ロックが未来へ疾走したのに対し、HUは地平線に佇んだ。
その佇みが、逆説的にロックを前へ進める。
動かずに進む──これが21世紀の反乱だ。
HUはこう告げているのだ。
速度の時代は終わった。
これからの音楽は、風景の深度で競う。
7|The HUと「同様に」伝統楽器をロック化している世界のバンドたち
日本には、和楽器バンドがいる。このバンド名は惜しい、たとえば千本桜の方がずっとバンドらしいのに。
チュニジアにはMyrath (ミラス)がいる。
スイスにはEluveitie (エルヴェイティ)がいる。
フィンランドにはFintroll (フィントロール)がいる。
同じくフィンランドにはKorpiklaani (コルピクラーニ)もいる。
ノルウェイにはWardruna (ワルドラナ)がいます。
次章以降の予告:
この章の次に控えるインド、中央アジア、コーカサスへと向かうとき、
私たちは同じ問いを抱えて歩き出せる。
時間は本当に普遍なのか?
リズムは文明の形を反映するのか?
音楽は地図をどう塗り替えうるのか?
四拍子の帝国史に対して、
アジアからの反乱はまだ終わらない。
HUはその狼煙であり、号砲である。
そして最後、私たちがAIと音楽の未来へ踏み込むとき、
ステップから吹いた風が、背中を押すだろう。
世界の音楽地図は、いま書き替わっている。
直線ではない、円でもない、氷でもない――
多元的な時間が響き始めている。
風の向きが変わった。
ロックは未来を指す矢ではなく、世界に散らばる時間の群島になる。
そのとき私たちはどこへ耳を傾けるだろうか。
——次の章では、『インド音楽はなぜ「抵抗しつづける文明」なのか』を扱う。
(※1)バンド名"Hu"は、モンゴル語で〈人間〉を意味するそうな。
かれらの活動が本格化するのは、結成2年めの2018年秋にYOUTUBEにこれらの2曲のクリップをアップロードしたときから。2019年10月までの約1年間で2500万回再生を記録。"Wolf Totem"はビルボードのHard Rock Digital Song Salesで1位を記録。そしてかれらはヨーロッパツアー、北米ツアーを成功させています。
なお、HUは2020年にウドーが単独公演として呼ぼうとしてチケット発売までしたものの、しかしコロナで中止になった。 しかし2022年はフジロックに参加したそうな。いまやHUは世界的スターで、2023年秋かれらは精力的にワールドツアー中も行った。当時私は高田馬場のコンビニで、バイトのモンゴルの女の子とHUの話で盛り上がったものだ。
モンゴル大統領はかれらの成功をよろこび、かれらの国家振興の功績を賞讃したそうな。モンゴル文化を世界に広めた功績により、モンゴル国の最高栄誉であるチンギス・カン勲章を授与されています。
