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ふたつの音楽世界の境界を歩くーーシベリアのOTYKEN:「時間が凍りつく場所」が鳴らすビートの深層



アジア—時間の反乱と多元性(1)

寒そうですね、睫毛まで凍りつきそう。口の中で息が一瞬で結晶になり、舌先にざらりと触れる——そんな気温です。もしかして零下40℃くらいあるかしらん。OTYKEN(チュリム語でchulym族の言葉で、戦士の友情と連帯を意味するそうな。OTYKENは、日本ではオティケン表記に落ち着いているのかな。アルファベット表記ではオー・トゥー・ケンと記される。)彼女たちはchulym族、Ket族、Selkup族などシベリア先住民たち、いわばシベリアのアボリジニたちの音楽を現代的に表現するグループである。

ガールグループという建付けゆえ、日本ではベビーメタルのカテゴリーとしてマニアックなファンが生まれた面もあるでしょう。また若くてかわいい元気な女たちを好きな男たちは世界中にいるので、実際彼女たちは世界中で注目を集めてもいる。しかし、彼女たちの表現をそんなふうに消費してしまうのは、あまりにももったいない。なぜなら、彼女たちにはやすやすとは言語化できないもの、いわば霊的な力があるから。

OTYKENは、2015年に結成された。どの音楽はどの曲もワンコード。もともとシベリアの音楽はそういうものらしい。ただし、OTYKENのワンコードは、決して単調ではない。一つの音の内部に、風のざわめき、鹿の足音、樹液のゆっくりした巡りが潜んでいる。その倍音が鼓膜をすり抜け、頬骨の裏側でわずかに震えると、身体の奥の古い拍動が呼び覚まされる。

OTYKENの音楽の最も特徴的な要素は、シベリア・中央アジアの伝統音楽から取り入れた技法と楽器にある。また、彼女たちの音楽は倍音を操れなくてははじまらない。ホーメイの低い基音は、まるで地表のすぐ下で眠る永久凍土の呼吸だ。喉の奥の膜がゆっくりと擦れあい、かすかな振動が胸骨へ移ってゆく。そこへ口琴の倍音が乗ると、空気の層が微かに震え、耳の奥で光がきらめく。

しかもそれを近年のEDM、テクノ、トランスに乗せる、がぜんエキゾティックな魅力を作り出している。彼女たちの表現を聴くと、1990年あたりに流行ったワールドミュージックががぜん甘っちょろく思えてくる。ワールド・ミュージックが「ヨーロッパに招待されたアフリカ人のお客さん音楽」だとすれば、他方、OTYKENの表現は、世界中の人たちをシベリアに呼び寄せる力がある。

OTYKENは、2018年にファーストアルバムをリリース。翌年、リハーサルや会議を主催するために養蜂場にパオが建設され、博物館で定期的にコンサートを開催するようになった。TikTok、YouTube、Spotifyをつうじて彼女たちはあっというまに世界中で大人気になった。OTYKENは、主にロシアのクラスノヤルスク地方に属するタイガ(針葉樹林帯)に囲まれた集落を拠点としています。メンバーは、シベリアの少数民族であるチュリム人、ケト人、セリクプ人などの末裔や、それらのルーツを持つ人々で構成されている。


1|シベリア=時間が凍りつく場所

ある物理学者は〈時間は存在しない〉と言い放つ。
これは時間というものは、
人間の認知が作り出すものであるという見方である。
逆に言えば、人間は認知によって時間を作り出す。
地球上に人間の時間はさまざまな種類がある。
認知を生活環境と切り分けることはできないから。

シベリアの時間は、まず“凍る”ことから始まる。
風が止まると、音そのものが氷の粒になって宙に浮かぶ。
零下40度の世界では、拍もまた、凍結と融解のあいだを往復する。


2|風景・身体・感覚

日本人だって知っている。牡丹雪は、大粒の花弁が頬に触れた瞬間、体温で一気に溶けて肌の上を滑る。

OTYKENのメンバーは、クラスノヤルスク地方のチュリム川沿いなど、シベリアの南部に広がるタイガ地帯の小さな集落を中心に暮らしています。シベリアカラマツ、マツ、モミなどが広がり、地球上の森林の大きな割合を占め、「地球の肺」とも呼ばれる。

シベリアの約60%が永久凍土に覆われそれは永久凍土 (Permafrost)と呼ばれる。これは地面の下の層が一年中凍結している状態のことで、足裏から熱を吸い取るように冷たい。長く立っていると、靴底を通じて体温がじわじわ奪われ、膝の奥がしびれてくる。建物の建設やインフラ整備に大きな課題をもたらす。

なにしろ冬が死ぬほど寒いのだ。内陸に位置し、海からの湿った空気が届きにくく、そのうえシベリア高気圧の影響下に置かれている。多くの地域でマイナス30℃からマイナス50℃が日常的だそうな。彼女たちはとんでもなくか国な条件のなかで、元気に暮らしているのだ。

夏は緯度が高いため短く、日中は30℃を超える。しかし、夜間は急激に冷え込み、昼夜の寒暖差が非常に大きい。



3|シャーマニズムと儀礼、そして音楽の力

OTYKENの音楽は太鼓が一回鳴るたびに、胸の奥の空気が微かに揺れる。
シャーマンは、その揺れをつかんで精霊界との通路を開く。シベリアの少数民族に共通するシャーマニズムと自然崇拝の思想が、ネットとAIの現代に、いまなお息づいているのだ。

  • シャーマニズム: シャーマン(呪術師)が人間界と精霊界・自然界の間を仲介する役割を果たします。病気の治療、未来の予言、魂の導きなどが行われ、太鼓(ドンギョルなど)を使った儀式が不可欠だそうな。

  • 自然崇拝: タイガ、山、川、湖、そして動物(特に熊、鹿、オオカミ)は、単なる資源ではなく、力を持った精霊や神聖な存在として崇拝される。自然との調和を重んじ、自然を傷つけることに対して強いタブーが存在する。

  • 伝統的な集会: 伝統的な祭りや集会は、シャーマンが主導し、共同体の健康や繁栄、狩猟の成功を祈る儀式的な意味合いが強い。


4|氷と闘う音楽の構造

OTYKENの音楽の最も特徴的な要素は、シベリア・中央アジアの伝統音楽から取り入れた技法と楽器にある。

1. 伝統音楽における倍音の活用:ホーミー~ホーメイ(喉歌)

ホーミー~ホーメイ(喉歌/トゥヴァ語: Xöömei): シベリア南部(トゥヴァ共和国、アルタイ共和国など)からモンゴルにかけて広く見られる発声技法で、OTYKENの音楽の核となる部分である。一人の人間が、持続的な低い基音(ドローン)を喉の奥で発声しつつ、口の中や舌の形を精密に変えることで、その基音の倍音(うわずみ)だけを選択的に強調し、まるで二重奏や三重奏のようにメロディーを奏でる技法である。自然との一体感や、風、水、動物の鳴き声などを模倣すると言われています。OTYKENの楽曲では、このホーメイが力強い低音の基盤や神秘的なサウンドエフェクトとして活用されている。

おもな伝統楽器

OTYKENが使用する楽器は、その土地の狩猟・遊牧文化に根ざしたもの。

ワルガン (Vargan)撥弦楽器
(体鳴楽器)口琴 (Jew's Harp)。金属または竹製の小さな楽器を口に当て、弾いて振動させ、口の形を変えることで倍音を生み出す。ホーメイと並んで、OTYKENのサウンドの要であり、リズミカルな効果音や独特な音色を加えます。

ドンギョル (Dön-gör)打楽器シャーマンの太鼓。フレームドラムの一種で、通常は鹿などの皮が張られています。シャーマンの儀式で使われる神聖な楽器であり、OTYKENの力強いリズムの基盤となります。

イキリ/イギル (Igil/Ikili)擦弦楽器トゥヴァなど周辺地域の弓で弾く二弦の楽器。木製の胴体に動物の皮が張られ、弦は馬の毛で作られます。深みのある哀愁を帯びた音色で、メロディーラインを奏でます。

チャダガン (Chadagan)撥弦楽器長い箱型の琴で、日本の琴やモンゴルのヤトガに似ています。シベリアの民族音楽でメロディーや伴奏に使われます。

OTYKENは、これらの伝統楽器とホーミイ、そして現代的なエレクトロニック・ビートやベースラインを融合させることで、シベリアの古代の声を現代に響かせ、世界的な注目を集めています。

5|プロデューサー、Andrey Medonosの戦略

Otykenは、プロデューサー、マネージャー、ソングライターのAndrey Medonos によって設立された。絶滅の危機に瀕しているチュリム族の民間伝承、伝統、歌を保存するためのプロジェクトだ。メドノス自身はシベリア民族ではないけれど、かれらの一族がシベリアの荒野の養蜂家だったゆえ、養蜂のパートナーシップを維持していた先住民の文化にしたしみを覚えたそうな。シベリアの養蜂場は、蜂蜜の甘い匂いと、凍った木々の乾いた匂いが混じりあう、不思議な空間だ。

かれはチュリム人たちと狩猟をしたり、釣りをしたり、先住民の女性と結婚することを通じて、チュリム文化になじんでゆく。チュリム人は、ロシア語名で「チュリム・タタール人」とも呼ばれ、チュリム川流域に住む少数民族である。かれらの言語はチュルク語族に属する。話者人口は極めて少なく、絶滅の危機に瀕している。

Andrey Medonos はクラスノヤルスク市に蜂蜜民族学博物館を設立し、先住民の文化を保存すると同時に、講義や集会を主催するディレクターになる。この活動をつうじて市民たちの、先住民たちの音楽を聴きたい、という要望が高まって、結果かれはOTYKENをダイレクションするに至る。かれの奥様も初期のOTYKENのメンバーであり、後に衣装制作担当になる。

なお、OTYKENのメンバー全員が、漁業、狩猟、採餌、農業、養蜂を通じて地元で食料が得られるパセクノエ村近くの小さな集落に暮らしていて。(シベリア先住民たちは鮭、トナカイの肉、コメ、ベニテングダケ、乳製品などを食べるそうな。)グループのメンバーはみんなバンドの外で忙しい生活を続け、コミュニティで働き、家族を支援していて。グループには約10人の主要メンバーがいるものの、各人の空き状況に応じて、コンサートに参加する人は少なくなる傾向があって、メンバーも時期ごとメンバーも時期ごとに入れ替わりがある。

6|ロシアによるウクライナ侵攻による受難

2022年、ロシアによるウクライナ侵攻によって、OTYKENはおもわぬとばっちりを受ける。西側諸国がロシアに制裁を課したことによって、2022年、OTYKENの PayPalアカウントがブロックされ、音楽やグッズの国際販売ができなくなった。また、OTYKENは、2022 FIFAワールドカップ・カタール大会の開会式に招かれていたにもかかわらず、開催直前にキャンセルされた。また彼女たちは2023年のグラミー賞の主賓だったにもかかわらず、それもキャンセルされてしまった。

なんて理不尽なことだろう。そもそもシベリアは1636年にロシアの植民地となったのだ。そしてシベリアはロシア帝国時代から流刑地とされ、その後ソヴィエト連邦もまたそれを踏襲し、数多くの強制収容所をシベリアに作り、多くの政治犯を送り込んで、鉱山労働や森林伐採などをさせた。

それに対して、OTYKENはロシアの先住民族音楽家集団である。彼女たちはけっしてロシア人を代表していないし、ウクライナ侵攻に至ってはなんの関係もない。それどころか、ロシアでは、非スラブ系の人々に対する人種差別が蔓延していて、彼女たちは被害者なのだ。まったく理不尽である。むしろ彼女たちの音楽表現は、政治的に力のある主流派民族たちによる公認芸術をひっくり返す試みなのだ。彼女たちは戦争とは無縁の土地に暮らしている。
しかし、それでも制裁は、遠いはずの戦火の冷たさを、まるで直接触れさせるようにふりかかった。


7|私たちが忘れてきたもの

近代は都市文明を発達させた。工場のある街に人は集まり、時計に従って働き、収入はそこそこもらえるものの、カネもかかる暮らしを始めた。都市にはお楽しみも多く、自分もまたかっこよくなった気がする。しかし、人間関係は薄く、人は孤独になり、なにかを忘れてきたことに気づく。自然は置き去りにされ、山ではクマが繁殖し、気がつけばクマが都市へ降りてきて、ごちそうをあさるようになる。私たちは恐怖する、おれたちもごちそうなのか!?? そんないま、OTYKENの音楽は、人はもともと自然とうまくつきあいながら暮らしてきたことをおもいださせてくれる。「地球の肺」から生まれてきた音楽の力によって。


次章では、『モンゴルのHU:草原金属主義(ステップ・メタル)の誕生』を扱う。


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