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髙市早苗論 第十三章:愛国論――「日本」は誰のものなのか

髙市さんが、ことあるごとに連呼なさっている「日本」とは、いったいなんだろう。

高市早苗総理は、政治活動を通じて、
「日本列島を、強く豊かに。」
というスローガンを掲げておられる。
しかも、その発言や著書、政策提言の随所で、
「日本」という言葉を、極めて高頻度かつ象徴的にお使いになる。
もちろん、そこには中国という仮想敵国が潜んでいる。

しかし、それとともに私は、髙市さんの炎の如き愛国心に、
どうしても奈良県人魂を見ずにはいられない。
髙市さんにとっては、奈良こそが「日本のなかの日本」なのではないか。


奈良県人魂とは何か

古都奈良には、聖武天皇の発願によって建立された東大寺がある。
春日大社は、全国約三千社ある春日神社の総本社である。
並外れた大食いの俳人が柿を喰いながらその鐘の音におもわう身を正される法隆寺がある。
吉野山があり、大峯山があり、古来の修験道の道がある。
奈良こそが、日本の魂のふるさとなのだ。
……と、奈良県人なら思っているのではないかしらん。

そもそも奈良県人は、京都なんて相手にしない。
「なによ、京都なんて新参者のくせに偉そうに。あんたんとこのぶぶ漬けなんて食べとないわ。奈良には奈良のおかいさんもあるし、奈良茶飯もあるんやさかいな」てなものである。たとえ、髙市さんが天理市に生まれ、橿原市で子供時代を過されたにしても、である。

そんな髙市さんが、いま維新の会を徴用している。
もちろん理由は明快である。
大阪なんて、奈良から見れば格下もいいところだからの余裕でっせ。
あ、間違えた。余裕なのである。

しかし、もしも髙市さんが連呼する「日本」が、もっぱら奈良の延長線上にあるものだとしたら、けっして日本人全員の心をつかむことはできない。

では、髙市さんにとっての「日本」とは、何なのだろう。

私は推測する。おそらく、髙市さんがなんとしてでも護らなければならない「日本」とは、いくつかの異なるものが重なった、巨大な共同体なのである。

まず第一に、
日本が、万世一系の皇統を軸に紡がれてきた、唯一無二の歴史的共同体であること。

だからこそ、男系の伝統を護らなくてはならない。

次に、
日本は、ここに生きる国民の命と暮らしを守る、強固な生活基盤でなくてはならない。

だからこそ、過度な新自由主義的改革やグローバル依存を野放しにするのではなく、国家主導の戦略的投資によって危機管理能力を高めなければならない。

エネルギー、食料、半導体、医薬品などの重要物資を自給し、あるいは同盟国・同志国から安定的に調達できる国。

こうした「自律的な国」であることが、「強い日本」の条件なのだろう。

だからこそ、東京一極集中を是正し、日本列島全体を、巨大災害や地政学的リスクに耐えうる「強靱な構造」へ組み替えてゆく。

つまり、
「日本」とは、単なる市場でもなければ、経済活動の舞台でもない。

危機に際しても独立と国民の安全を自力で守ることのできる、完結した生活・産業基盤なのである。

そして、それに付随して、
固有の文化とルールが最優先される法的空間としての日本を取り戻さなければならない。
という主張が出てくる。

ここから、外国人政策や秩序維持についての主張が導き出される。「日本人の気持ちを踏みにじってよろこぶような人が外国から来るようなら、何かをしないといけない」というわけである。


髙市さんは、こう叫ぶ。

「未来は与えられるものではなく、自らの手で切り拓くもの。今の日本に、必要な言葉です。『挑戦しない国』に、『未来』はありません。『守るだけの政治』に、希望は生まれません。」

なるほど。
筋の通った話ではある。
しかし、ここで私は、どうしてもひとつの疑問にぶつかる。
髙市さんの「日本」のなかに、
在日外国人の居場所は、いったいどれほどあるのだろう。
いまや東京のどこのコンビニに入っても、ネパール人やヴェトナム人の店員さんが働いている。
日本のレストランで働き、日本のホテルを掃除し、日本の農業を支え、日本の介護を担っている。
かれらもまた、この日本という空間を生きている。
にもかかわらず、「日本」という巨大な主語を髙市さんが語るとき、かれらの姿は、どうも見えにくい。

私は、ここでひとつの思考実験をしてみたい。


もしも髙市さんが奈良県知事だったなら

もちろん、髙市さんはスローガンを掲げるだろう。
「奈良県を、強く、豊かに。」

さて、髙市奈良県知事は、どんな政策を打ち出すだろう。
地方自治体の主たる任務は、住民サービス、インフラ整備、医療、教育、観光振興、地域経済の活性化などである。

しかし、髙市さんの政策は、けっしてそんなところに留まらない。
まず、いつか京都や大阪が軍事攻撃してくる可能性を考えなくてはならない。
軍事拠点は吉野の山奥である。
「全速力の危機管理」が急務なのだ。
もちろん、「産業基盤の完全自給」も必要である。
「徹底した法秩序」も必要だ。
「奈良県民の生命と財産を守り抜く」。
「奈良県の文化と伝統を守る」。
奈良県を世界のてっぺんに」。
髙市知事は、そういう演説をするだろう。

当然のことながら、奈良県庁の人たちは驚き呆れ、
そして、懇願する。
「知事、ここは国会やのうて県庁でっせ。
まず南阪奈道路の渋滞緩和とか、医療体制とか、そういう話をしてもらえまへんか」

ところが髙市知事は、県庁職員たちの愚鈍さに溜息をつくだけである。
「奈良県の危機管理意識が足りません!」
「知事、せやから南阪奈道路の話を……」
「日本を守るためには、奈良から変えなければなりません!」
「いや、知事。日本の話やのうて奈良の話を……」
「奈良県から日本を変えるッ!!!」
押し問答である。

さて、ここで、あることに気づく。
「日本」という言葉は、奈良県庁では使いにくいのである。
同様に、奈良県という言葉は、
日本という言葉のようには、拡張できないのだ。
なぜなら、県知事には外交をする権限がない。
防衛政策を決める権限もない。
金融政策もない。
通貨を発行することもできない。
国境を管理することもできない。

つまり、
「日本を強くする」という言葉の巨大さは、国家という巨大な制度によって初めて成立しているのである。

もしも髙市さんが奈良県知事ならば、
その巨大な言葉の多くが使えなくなるのだ。

そして残るのは、
道路。
病院。
学校。
水道。
観光。
農業。
商店街。
住宅。

そして、そこに暮らしている一人ひとりの人間である。

つまり、
「日本」という言葉を小さくしてゆくと、最後には生活が残るのだ。


ここで私は、もう一度、髙市さんの「日本」に戻る。

髙市さんは、
「日本を守る」
とおっしゃる。

しかし、
日本を守るとは、誰の日本を守ることなのだろう。
奈良の日本なのか。
東京の日本なのか。
沖縄の日本なのか。
北海道の日本なのか。
西葛西の日本なのか。

そして、池袋東口で中国語を話している人にとっての日本は、
どうなるのだろう。
コンビニで働いているネパール人やヴェトナム人にとっての日本は?
日本国籍を取得した元外国人の日本は?
日本人と結婚した外国人の日本は?
日本に生まれ育ったけれど、両親は外国人である子どもの日本は?

ここまで来ると、私は少し途方に暮れる。


認めよう。
私自身、「日本」というものについて、たいした確信があるわけではない。私は多民族都市でありながら、なぜか平和な西葛西に暮らし、西葛西を愛している。
外国旅行をするときには、大久保にあるネパール人たちの旅行代理店で飛行機のチケットを買う。
池袋東口を歩けば中国語が聞こえてくる。
飲食店にはガチ中華の店が増えた。
私はグルメとしてはたいへん興味深く思う。
川口や蕨の問題については、長年暮らしてきた日本人が街を離れているという話を聞けば、胸が痛む。法整備が必要なことは言うまでもない。
五反田のルミネの一階と二階のあいだの踊り場で、ムスリムの女性がカーペットを敷き、頭をついて礼拝しているのを見て、私は度肝を抜かれたこともある。
日本は、もうずいぶん前から、私が子どものころに知っていた「日本」とはまるで違う。

しかし、
それは日本ではない、ということなのだろうか。

私はわからない。


ただ、ひとつだけ思う。
「日本」という言葉は、あまりにも便利すぎる。

日本を守る。
日本を強くする。
日本を豊かにする。
日本の伝統を守る。
日本人の暮らしを守る。
どれも、たいへん立派な言葉である。

しかし、そのたびに私は思う。

その「日本」のなかに、私はいるのだろうか。

いや、私はいる。
しかし、私がいるということと、
「日本」という言葉のなかに私がいることとは、同じではない。

ここが難しい。

政治家は「日本」と言う。
その瞬間、無数の人間がひとつの言葉にまとめられる。
そして、その言葉にまとめられなかった人間が、
言葉の外側へ押し出される。

愛国心とは、もしかすると、
「この共同体は私たちのものだ」
という感情なのかもしれない。

だとすれば、その「私たち」に誰が入るのか。
そして、誰が入らないのか。

そこから目をそらすことはできない。


髙市さんの「日本」は、強い。
あまりにも強い。
だからこそ私は、その強さの陰にあるものを見てみたい。

日本を強くすること。
日本を豊かにすること。
日本を守ること。
しかし、その「日本」とは、誰のものなのか。

もしかすると、この問いに答えることこそが、
愛国について考えるということなのではないだろうか。

「日本」という言葉を愛することと、
日本に暮らす人間を愛することは、
果たして同じことなのだろうか。

つづく


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