ハン・ガンさんはなぜノーベル文学賞を取ったのか? そこから始まるただいま建設中のジュリアス・スージー版アジア現代文学マップ。ーーなぜ日本の文学界はアジア文学賞を作らないのだろう?
明治維新以降、日本の文化シーンは、どういうわけだか和/洋を峻別してきた。絵画は洋画と日本画に、音楽は洋楽と邦楽に、文学は欧米文学と日本文学に。和/洋の峻別は、近代日本の強迫神経症みたいなものだ。
さて、ここで抜け落ちるのはアジアである。
これはいかにも奇妙なことで、近代日本を精神分析してみたくなる。アジアには、たくましく不屈で、けっして悲惨な現実からも目を背けず、生々しい作品の書き手がたくさんいる。もちろん日本にとて良い作家がたくさんいることもわかってはいるけれど、しかし、けっしていま日本の現代文学は、英訳されて世界で人気のJ文学なんて浮かれている場合じゃない。
必ずしも、英語圏が受けることが世界的評価にはつながらない。むしろ逆に、日本の現代文学は、アジアの文学に「やすやすと傷つくな、内面世界に逃避するな、歴史から目を背けるな。現実を見よ」とタコ殴りされ、アジアの文学シーンのなかで厳しく相対化されるべきではないか。言までもなく、ぼく自身もまたボコボコにやられるわけだけれど。
私は思う。なぜ日本の文学界はアジア文学賞を作らないのだろう?
ノミネート作家は山ほどいる。以下の作家ごとの紹介文には粗密の差がある。これはあくまでもぼくが実際に読んだ作家とまだ読んでいない作家が混じっているからであって、評価とは関係ない。
Ⅰ 国家による暴力と哀しみの記憶――死者の声を聴く文学
アジア文学の核心をひとことで言うなら、ともすれば非道な国家暴力と、その横暴のなかでなんとか生き残った者による記憶である。あるいは、死者たちの声である。日本語の現代小説が、これほどの歴史的惨禍を前にして、これほど静かに、これほど強い言葉を紡げるだろうか。そんな問いが、まず最初に立ち上がってしまう。
ハン・ガン(韓国)
韓国ならば2024年のノーベル文学賞を受賞したハン・ガン(b.1970-)。アルフェベット表記では、Han Kang になる。日本では(このタイトルによって作品の持つ抽象性が見落とされしまいかねない怖れがある)『菜食主義者』(原著2007年)と、どこか“美女っぽい”ポートレート写真で知られている、ということになるのかな。だが、ぼくはそんな先入観を恥じなくてはならない。『菜食主義者』については、後ほど触れましょう。
彼女には『少年が来る』(原著2014年)がある。冒頭を引用しよう。
「雨が降りそうだ。/君は声に出してつぶやく。/ほんとに雨が降ってきたら、どうしよう。/君は目を細めて道庁前の銀杏の木を見つめる。揺れる枝の間から、風の影が出し抜けに現れるかのように、空気の隙間に隠れていた雨粒が一斉にはじけ出て、透明な宝石さながら宙に浮いてきらめくかのように。/君は大きく目を見開いてみる。少し前に細目にしたときよりも木々の輪郭がぼやけて見える。そのうち眼鏡を作らなくちゃいけないかな。・・・」
愛国歌が斉唱される追悼式が開催されている。愛国歌とは、美しい山河を讃えウリナラ、マンセー(祖国、万歳)と歌いあげる誇り高いあの歌でしょう。追悼式が行われているのだ。そこに赤十字病院から次つぎととめどなく棺が運び込まれて来る。冒頭で「雨が降りそうだ。・・・」とつぶやいた少年は友達を探している。探していると言っても、それはまさか友達が殺されて遺体になってしまったのではないか、と心配し、遺体の群れのなかに友達を探しているということだ。
いったい何事が起こっているでしょう。実はこの作品が扱うのは、軍事独裁政権下の1980年5月。民主化を要求する武装した韓国市民を韓国軍が大量虐殺し、拷問した凄惨な事件なのである。詩才にあふれた、柔らかく、心優しいリアリズムの文体で、国家による惨たらしい暴力を直視する。そして何より、残虐で非道な政治によって殺された無辜の魂たちを、けっして忘れない──その意志が、全ページにひそやかに、しかし強く意思的に、息づいている。読み続けるのが辛く、270ページほどの小説ながら、私は何度も本を閉じた。しかし、読み通さずにはいられない。著者自身、渾身の努力で書き通したことでしょう。
さらにハン・ガンには、1948年の済州島四・三事件を扱った『別れを告げない』(原著2021年)がある。これがまた、一言で語り尽くせないほど凄い。文学の力を見せつけられる。
また、ハン・ガンさんの『菜食主義者』も、しっかり読んでみると、恐ろしく本質的な問題提起をおこなっている。
なお、2016年に判明したことには、独裁者の娘・朴槿恵政権は文化人ブラックリスト(左派芸術家を排斥する名簿)を作成しており、ハン・ガンさんもこの名簿に含まれていた。
誤解を恐れずに言うならば、ハン・ガンはポール・オースターに通じる抽象性を、しかしまったく違った資質とともに体現している。オースターが抽象を「都市」「偶然」「語りの迷路」として扱うのに対して、他方、ハン・ガンは抽象を「肉体」「喪失」「沈黙の倫理」として扱う。しかも、彼女の作品には、“生の穴”を見つめる強度がある。
このあたりにハン・ガンがフランスでフランス語訳によって評価が高い理由がわかる。いいえ、そんなふうにまとめてはいけない。ハン・ガンの書く韓国語の言葉は、日本語訳されたとき日本語におもいもかけない命が宿る。これはいったいどういうことだろう。
黄 晳暎(ファン・ソギョン/韓国)
黄 晳暎(ファン・ソギョン)は骨太なリアリズム作家で、かれは政治に翻弄された。だが、その翻弄され方そのものが韓国現代史だ。
余華/閻連科(中国)
中国語圏ならば余華(ユイ・ホア b.1960-)は、6歳から16歳まで文化大革命を経験した人である。かれは『兄弟』、『活きる』、『血を売る男』において、優れた観察眼を備えた徹底リアリズムでもって、苛酷な運命を生き抜く庶民を、時にユーモラスに、時に残酷に描く。
閻 連科(ヤン・リャンケb.1958-)は、現代中国の暗部や人間の本性を鋭く風刺する。端正な文体を持ち、その過酷なリアリズムはいつしか神話的ふんいきを帯びる。『硬きこと水のごとし』は、文化大革命の時代の造反有理の現実を、破壊とエロスを結びつける視点でカーニヴァル的に描き出す。
バオ・ニン/グエン・フイ・ティエップ(ヴェトナム)
ヴェトナム戦争文学のバオ・ニン。ヴェトナム文学の変革者グエン・フイ・ティエップ。ここには「戦争」というものが、国家の物語ではなく、個人の精神の裂け目として書かれる。
Ⅱ 都市とアイデンティティ――透明な孤独、繊細なモダニティ
国家暴力の文学が「死者」を抱える文学ならば、都市の文学は「生者の孤独」を抱える文学である。アジアの都市は、欧米の都市とは違う速度で近代化し、違う圧力で個人を作り、違うやり方で個人を壊してきた。
キム・ヨンス(韓国)
キム・ヨンス(b.1970-)は大学で英文学を学び、小説家であるのみならず、レイモンド・カーヴァーの『大聖堂』の韓国語訳を手がけた人でもある。だからだろうか、かれの文章には、都会的で繊細な透明感がある。あくまでも文体に限って言うならば、村上春樹を思わせる、と言えばいちばん伝わりやすいかもしれない。ただし、キム・ヨンスの小説を読むと、背負っているものの重さが違う。
キム・ヨンスは1970年生まれ。奇しくもハン・ガンと同じ歳である。軍事独裁政権下に育ち、十歳で光州事件を知り、十七歳で民主化を経験した。思春期以前と以後に政治的な断絶がある。社会の骨格が変わり、世界の前提が激しく揺れた。その揺れは、個人のアイデンティティにも刻み込まれる。国家の物語が書き換わるとき、個人の人生の物語もまた、否応なく書き換えられてしまう。
この構造は、戦中に育ち二十歳で敗戦を迎えた三島由紀夫と、驚くほど似ている。どちらも歴史の「外部」から断絶を眺めた世代ではない。断絶の内部で、人格の形成が起きてしまった世代だ。
だが作品の内実は真逆である。
あえて言おう。三島由紀夫は反動的で耽美的、そして弱虫だ。あんな強靭な意思を持った弱虫などおよそいないとはいえ。なお、ここで言う「弱虫」とは、性格の話ではない。文学の構造の話である。
三島は敗戦という裂け目を前にして、それを直視し続ける持久力を持たなかった。直視のかわりに、裂け目を「美」に変換し、裂け目そのものを舞台装置にした。そこでは政治的断絶は、歴史的現実としてではなく、自己神話の燃料として消費される。
三島の言葉は、世界を説明するためにあるのではない。世界を「演出」するためにある。
三島は社会の崩壊を、他者の痛みとして受け取るより先に、自分の様式へ回収してしまう。だから彼の文学には、死がある。だが死者がいない。痛みがある。だが痛む身体がいない。
そこにあるのは、他者の尊厳ではなく、自己像の完成である。
弱さとは、この地点にある。
歴史の裂け目を引き受けるかわりに、それを美へ、形式へ、陶酔へ変換すること。現実に耐えるかわりに、象徴に逃げ込むこと。言い換えれば、三島の反動性とは思想ではなく、まず感受性の反射である。
三島は「現実に勝つために」死を選ぶのではない。現実に負けた結果として死を欲望する。これが三島の弱さだ。
他方、キム・ヨンスは裂け目を抱えたまま生きる。裂け目を神話にせず、裂け目を抱えた人間の生活へ降りてゆく。
この違いは決定的だ。三島の文学が「国家の死」に魅了されるとすれば、キム・ヨンスの文学は「個人の生」の手触りに固執する。
短編集『世界の果て、彼女』には佳作が多い。そこにいるのは英雄ではない。歴史の中心に立つ人間でもない。むしろ吹けば飛ぶような存在である。だがキム・ヨンスは、その吹けば飛ぶような人間を文学の中心に戻してくる。短篇を通じて韓国に生きる人々の暮らしと心情がじわじわと伝わってくるのは、彼が政治の大文字の物語よりも、生活の小文字の感情を信用しているからだ。
短編集『ぼくは幽霊です』に収められた『不能説』も象徴的である。中国の占い師が朝鮮戦争の経験を語る。国家の物語が戦争を「歴史」にしてしまうとき、個人の記憶はしばしば「語れないもの」になる。だがキム・ヨンスは、その語れなさを文学の形式に変える。
かれの作品には、政治が奪うものと、政治が奪いきれないものが同時に描かれている。
結局、人は政治に翻弄されるほかない。
けれどもキム・ヨンスは、だからこそ、翻弄される人間の尊厳を取り戻すために文学で闘っている。三島が裂け目に飛び込んだ作家だとすれば、キム・ヨンスは裂け目のこちら側で踏みとどまり、裂け目の中に落ちた他者に手を伸ばす作家なのだ。
西西(香港)
香港在住作家の西西は、遊び心あふれる実験的な手法で、都市のアイデンティティを綴る。
プラープダー・ユン(タイ)
タイのプラープダー・ユンは、都会的でポストモダンな作風で人気である。
モーシン・ハミッド(パキスタン)
パキスタンのモーシン・ハミッドは、移民やテロといった現代的テーマを、斬新な設定と構成で鮮やかに切り取る。
Ⅲ 身体・沈黙・抽象――言葉の手前で、世界をつかむ
アジア文学のもうひとつの顔は、政治や歴史を正面から語らず、しかし抽象の側から現実を照らし出す文学である。ここでは言葉が、説明ではなく、沈黙の倫理として働く。
ハン・ガン(ふたたび)
もっとも、ハン・ガンを国家による暴力を告発し、それによって命を落とした魂たちを慈しみ、けっして忘れない作家としてだけ読むのは、おそらく間違いではあって。彼女は詩的手法を介した抽象的思考ができる人で、冒頭で触れた『菜食主義者』、そして『ギリシャ語の時間』や『すべての、白いものたち』には、抽象の側から生の現実を照らし出す試みがある。
しかも、そこにはつねに失ってしまったものを見つめ続ける強さがある、いまにも壊れそうな繊細さとともに。
Ⅳ 性と逸脱――恋愛ではなく、存在の裂け目として
アジア文学は、ときに性を描く。しかしそれは、しばしば「恋愛」ではない。存在の裂け目であり、社会の裂け目であり、言葉の裂け目である。
邱妙津(台湾)
台湾の邱妙津(チュウ・ミャオジン)は台湾レズビアン文学のアイコンである。
Ⅴ 植民地と抵抗――国民という物語を解体する
アジア文学は、欧米の近代が作った「国民国家」という装置を、外側から、あるいは内部から、引き裂いてきた文学でもある。ここで語られるのは、祖国の誇りではない。支配の傷であり、抵抗の歴史であり、そしてしばしば、語ることそのものの危うさである。
プラムディヤ・アナンタ・トゥール(インドネシア)
インドネシアのプラムディヤ・アナンタ・トゥールは獄中で紡いだ物語で、植民地支配への抵抗と民族の覚醒を描いた。
ニック・ホアキン(フィリピン)
フィリピンのニック・ホアキンは、フィリピンの精神性をスペイン統治時代の遺産と絡めて描く、戦後文学の巨人と賞される。
アミタヴ・ゴーシュ(インド)
アミタヴ・ゴーシュは緻密なリサーチに基づき、大航海時代から現代まで、海を渡る人々の壮大な歴史を描く。
Ⅵ 民衆の生――笑いと残酷、庶民のしぶとさ
国家暴力や植民地支配という巨大な物語がある。だが同時に、アジア文学の強さは、民衆の生活を見捨てないところにある。人は政治に翻弄される。だが、それでも生活は続く。むしろ生活こそが政治を照らす。
余華(ふたたび)
余華の小説には、苛酷な運命を生き抜く庶民がいる。時にユーモラスに、時に残酷に。笑いと残酷が同居する。そこに「現実」というものの匂いがある。
莫言(中国)
農民文学の大家・莫言(モー・イエン)は2012年のノーベル文学賞作家で、映画『紅いコーリャン』の原作者でもある。
Ⅶ 神話化する現代史――マジック・リアリズムではなく「歴史の悪夢」
アジアの現代史は、しばしば現実が過剰すぎる。過剰すぎて、リアリズムがリアリズムでなくなる。だから文学は、ときに神話の顔を借りる。だがそれは現実逃避ではない。現実が悪夢であることを、より正確に書くための方法なのだ。
エカ・クルニアワン(インドネシア)
エカ・クルニアワンは土着の物語とマジック・リアリズムを融合させた奇想の作家と賞讃される。『美は傷』(太田りべか訳)の冒頭部を引用しよう。
「三月のある週末の夕暮れ時、デヴィ・アユは死後21年にして墓場からよみがえった。プルメリアの木の下で昼寝をしていた羊飼いの少年は飛び起きて、悲鳴をあげるよりも先にズボンを穿いたまま失禁し、四頭の羊は、まるで目の前に虎を放たれたかのように石や墓標の間を縫って闇雲に駆け回った。ことの起こりは古びた墓の振動だった。墓標に名はなく、草が膝に届くほど生い茂っていたが、それがデヴィ・アユの墓であることはだれもが知っていた。デヴィ・アユは52歳で死んで21年後に生き返り、今ではもう、どう年を数えていいか、だれにもわからなかった。」
あなたはきっととまどうでしょう、これはいったいなにを書いた小説なのか?
なんとこれはインドネシアの現代史を描いた小説なのである。
Ⅷ 日常が政治を告発するとき――静かな可視化
ここには「社会運動としての文学」がある。だがそれは、スローガンを叫ぶ文学ではない。むしろ、ただ日常を描くことで、構造の暴力を可視化してしまう文学である。
チョ・ナムジュ(韓国)
女流作家チョ・ナムジュ(b.1978-)は、『82年生まれキム・ジヨン』で、ある女性の人生を読みやすい文体で克明に語りはじめ、その語りのなかで女性が直面する構造的差別を(けっして頭でっかちなフェミニズムにすることなく、ただひたすら日常を描写することによって)可視化し、女性たちの圧倒的支持を集めベストセラーになって、この作品は映画化もされた。
Ⅸ 自然・幻想・記憶――世界が多層であることを取り戻す
アジア文学には、政治や都市の物語とは別の次元がある。自然、幻想、記憶。それらが混じり合い、世界が一枚岩ではないことを思い出させる。
呉明益(台湾)
呉明益(ウ・ミンイ)は、エコロジーと歴史、幻想を融合させ、台湾の多層的な記憶を浮かび上がらせる。
終章 文学がふたたび“地理”を持つために
かれらの作品には日本語訳も英語訳も多い。
これらの作家たちの作品が、日本の作家たちのそれと同じテーブルに並ぶ。賞を競う。読まれる。語られる。その光景を想像するだけで、文学がふたたび“地理”を持ち始めるではないか。
英語圏~英語文学マーケットに出ることだけが国際化ではない。アジアに向かって文学観を開くこともまた、同じくらい未来的ではないか。
さて。では、いったいなぜ戦後日本は、これまでアジアから目を背けてきただろう。理由はいくつもある。だが、その中心にあるものは、おそらくひとつだ。
アジアを見ることは、日本がおこなってきた“植民地主義の罪”を見ることになる。いつまでも過去の古傷を見つめ続けるなんてまっぴらだ。言い方を変えるならば、戦後は「アメリカの属国」としての居心地の良さが、日本にアジア的視野を葬ったのだ。逆に言えば、日本は、西洋を媒介にしないと自分を保てなかった。さらに言うならば、明治以降の和魂洋才のツケがまわってもいるでしょう。ついでに言えば、日本の出版マーケットの傾向と対策も悪い意味で貢献してもいるでしょう。
だが、いくらなんでもそろそろ現実を直視すべきではないか。ときにそれは日本人読者の心の強さを試される過酷な経験になるかもしれない。けれど、上等の文学は、たとえ苦い味がしてさえも、やはり精神のごちそうなのだから。
なお、このエッセイはアジア文学のマッピングのために書いた。この一文は、今後のぼくの読書にしたがって少しづつ充実してゆくでしょう。興味のある人は、ぼくと一緒に、これからがんがん読んでゆきましょう。
