【韓国現代文学を読む。その3】韓国で女として生きるということ。ーーチョ・ナムジュ『82年生まれキム・ジヨン』

これまで紹介してきたハン・ガンの『少年が来る』も、キム・ヨンスの『夜は歌う』も、歴史の傷口に直接手を突っ込むような、腹にずしんとくるハードな作品である。それらに対し、チョ・ナムジュ(b.1978-)が放った『82年生まれ、キム・ジヨン』は、一見すると驚くほど読みやすい。そこには「ごく当たり前」の韓国の日常、一人の女性の半生が淡々と記されている。しかし、読み進めるうちに私たちは気づく、その「当たり前」こそが、彼女を壊した正体であることに。


奪われた「声」の行方:『82年生まれ、キム・ジヨン』が描く静かな地獄

物語の主人公、33歳のキム・ジヨンさんは、IT企業の夫と幼い娘とソウル郊外で暮らしている。彼女はある日突然、他人が憑依したような言動を見せ始める。物語は、彼女のカルテを綴る精神科医の視点を通して、彼女がいかにして「自分」を失っていったかを遡る。

そこには、社会に遍在する微細な、けれど鋭い棘のようなエピソードが満ちている。

  • 幼少期の食卓: 温かい炊きたての飯や美味しいおかずは、常に父、弟、祖母のもの。ジヨンと姉は残り物を食べるのが当たり前だった。

  • 学生時代の恐怖: 塾の帰りに見知らぬ男に付け狙われ、震えながら帰宅した彼女に対し、父親は「なぜあんな遠くの塾へ行くのか」「なぜスカートが短いのか」と彼女の不注意を責める。

  • 職場の壁: 広告代理店で男性社員と同じ、あるいはそれ以上の成果を出しても、重要な長期プロジェクトからは「どうせ結婚や育児で辞めるから」と女性だけが外される。

  • 出産という転換点: 「手伝うよ」と善意の顔で言う夫に対し、ジヨンは問いかける。「どうして私だけが、若さも、健康も、仕事も、夢も、これまでのキャリアも全て『失う』ことが前提なの?」

「ママ虫」という決定打

決定的なエピソードは、公園での一幕だ。育児の合間、ようやく寝付いた子供の傍らで、ジヨンが1,500ウォンの安いコーヒーを飲んで一息ついていると、近くのサラリーマンが彼女を指して「ママ虫(マムチュン)」と嘲笑う。夫の稼いだ金で遊び歩く寄生虫、という蔑称だ。

家事と育児という過酷な労働に従事しながら、社会からは「生産性のない存在」として透明化される。この瞬間、彼女の心のダムは決壊する。

物語はジヨンを診察してきた男性精神科医の視点で閉じられる。
かれはジヨンに一定の理解を示し、共感的に振る舞う。
しかしラストで、彼はこう考える。

自分のクリニックでは、今後は出産予定の女性を採用しないほうがいいかもしれない。

――つまり、物語は「構造は何ひとつ変わっていない」という事実を突きつけて終わるのだ。

ジヨン個人が治療を受けようと、社会は静かに同じ差別を再生産する。
このラストは救済ではなく、韓国社会の冷たい持続なのだ。

構造的差別を可視化する「ブラック・ユーモア」

著者は、家父長制が女性の人生を当然のように搾取していく仕組みを、決して高圧的な理論ではなく、ひたすら「日常のディティール」を積み重ねることで描き出す。その筆致はあまりに冷徹で、もはやブラック・ユーモアのような乾いた悲哀さえ漂う。

韓国社会は女をどう透明化するのか? そしてそれは、日本で生きる私たちの日常とどれほど似通っているのか?

本書がベストセラーとなり、映画化もされ、海を越えて共感を呼んだのは、これが「キム・ジヨン」という個人の物語であると同時に、名もなき無数の女性たちの「奪われた声」の代弁だったからだ。読み終えた後、あなたの隣にいる女性、あるいはあなた自身が、ジヨンと同じ「声」で話し出さないと、誰が断言できるだろうか。

私自身は残念ながら映画版を見ていない。しかし、原作小説では、物語の着地点が大きく異なるそうな。この違いは、作品を「社会への冷徹な告発」として終わらせるか、「一筋の希望を繋ぐ物語」として描くかという、作り手のスタンスの違いに直結していると言われています。



『82年生まれキム・ジヨン』は、文学愛好者やフェミニストの枠を越えて、大ヒットした。その熱気のなかでチャン・ガンミョンは『韓国が嫌いで』なる小説をヒットさせた。かれは1975年生まれで、(残念ながら私自身は未読だけれど)、この小説は男の側からのフェミニズム小説であり、アンサーソングであるようだ。もしもこの小説を読む機会があればぜひ紹介したい。


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