神様の粗製乱造
先日書いた
からもう一つ思いつきました。
それは
色々な場での神様になる人
の可能性です。日本教の教義は
誰でも神仏になれる
という応用もあります。
この発想からは
XXの神様
が色々と出ても不思議ないでしょう。私もある時には
「研修の神様」
と言うお世辞を貰いました。
さて、このような「神様」になる人ですが
だんだん手軽になっていく
が日本教の一つの特徴だと思います。この一つの切り口として、「日本的革命について」のnoteでは、北条泰時が御成敗式目を定め、天皇の次の立場になったことが、一つの神格化と見ています。
さて、これに関連した、もう一つの現象は
神様を信じることで思考停止
楽になる信者
の存在です。この悪例の典型が、戦前昭和の軍部などです。東郷平八郎を担いだり、神国日本の強兵を信じたりして、悲惨な結末になりました。
さて、現在のSNSなどの普及は
言い切り発信で神になり
拡散する信者ができる
という図式を生み出しました。もう少し言えば
イイネを受けて
神になってしまう
現象もあります。
このような
神様の粗製乱造
が、現在の問題の一つです。
