日本的革命について
山本七平の名著、「日本的革命の哲学」は、西洋文明と中華文明の観点から、日本にとっての「革命」について、承久の乱を中心に描いています。
今回は、このnoteで取り上げた
天皇の神聖性
と言う観点で、承久の乱とその後を考えます。
私の考えでは、承久の乱における、後鳥羽上皇の根本的な敗因は
上皇が武士の世界に降りた
からだと思います。後鳥羽上皇は、自ら刀を鍛えたり、流鏑馬をしたりと、武士のすることを自分でも行いました。確かに後鳥羽上皇は有能で、これらで優れた力を示しました。
しかしながら、こうした行動は
神聖な帝ではなく同じ人間
となり、北条氏と武力での戦いで、敗戦し
隠岐に島流し
となります。
さて、今回はこうした
天皇の神聖化が崩れた効果
として
御成敗式目の制定
を考えました。
つまり
今まで朝廷にしか出来なかった法の制定を
武士の頭領である北条泰時が行う
です。これは
治天の君の力無しに
法を作り護らせることが出来る
と言う「革命」でした。
これを、もうすこし別の観点から見ると
天皇の次に位置する
法条得宗家
を狙ったと言う解釈もあると思います。
つまり従来は
天皇・公家 清浄なる世界
<断絶>
武士 一般的な汚れ仕事
という階級制度でした。これに対して
天皇・公家
北条得宗家
<断絶>
一般武士
という風に
法を作る特権階級
としての、北条氏を、位置付けようと、考えたのではないでしょうか。北条泰時自身はこの考えがなくても、後々の北条氏は特権階級化していきました。
この発想なら
承久の乱の後も
天皇制は維持
という、北条氏の戦略は納得がいきます。
日本の革命は、易姓革命でもなく、市民革命でもありません。既存の制度を旨く活用する革命でした。
皇室原型モデルから見る天皇制ー清浄性の力|鈴木良実
権威と実務の分離-日本的な信仰の力|鈴木良実
