「チェック、ダブルチェックだ」セリフで振り返る映画「クライマーズ・ハイ」
どうも、まろん亭奏字と申します。
日本映画で、私が好きな作品というのはたくさんございますが、中でも大好きなのが「クライマーズ・ハイ」、「スワロウテイル」、「虹の女神」の3本でございます。
今回はその中から「クライマーズ・ハイ」のセリフをご紹介しながら、この映画の見所について語っていきたいと思います。
「ボサテラス?」
この映画は群馬県にある谷川岳という標高2000メートルある山の雄大な景色のカットから始まります。
その谷川岳の山頂を見ながら、本作の主人公、悠木が親友の安西に尋ねるのがこの映画の最初のセリフになります。
横山秀夫先生がお書きになった小説を原作としたこの映画は、原作同様、「登山」が重要な要素の一つとして描かれております。
悠木と安西は、同じ北関東新聞社に勤務しながら、登山の趣味でも繋がっているんですね。
そんな彼らがそれぞれの息子を連れて川遊びをさせています。
テラスといっても、別にオシャレな喫茶店があるというわけではなく、登山用語で平らで棚状になった部分という意味です。
この後も、「ハング」「ルートファインディング」など専門用語の応酬。(というよりも安西がひとりでベラベラしゃべっている)
原田眞人監督の映画はただでさえセリフが聞き取りにくく、映画館で見た時は何を言っているのかさっぱりわかりませんでした(笑)。
「やんちゃな記者抱えてる地方新聞社ってかっこよくないですか?」
この映画は悠木が地元で発生した旅客機墜落事故担当のトップとして編集部で奮闘する1985年パートと、2007年、安西の息子・燐太郎と年老いた悠木が一緒に谷川岳を登るパートが交互に描かれます。
85年パート、事故発生直前、雀荘から自転車に乗って社に戻ってくるのは、ブレイク前の堺雅人さんが演じる、県警に詰めている佐山という記者。
彼はエレベーターの中で山崎務さん演じる新聞社社長と偶然、乗り合わせます。
一礼して先にエレベーターを降りようとする佐山を社長が呼び止めます。
「なんで悠木なんてクズを記者として編集部に置いているんだ?」と問い詰める社長。
それに対して、佐山が動ぜずに言い放つのがこのセリフです。
あの落ち着いた声でそう言われ、口うるさいパワハラ(ついでにセクハラ)社長も苦虫を噛み潰しながら何も言えなくなります。
この頃からすでに半沢感出してきている堺さん、かっこいいです!
「単独の航空機事故としては史上最大。そいで最悪!」
佐山が編集部に戻ると、悠木は安西と谷川岳に登るため、退社の準備をしていました。
そこに突然入ってくる共同通信のニュース速報。
羽田を発った日航機が群馬・長野の県境でレーダーから消えたというのです。
この映画は実際に起こった航空機事故を扱っており、私も小学生時分、リアルタイムでこのニュースを目にしました。
数日後、悲惨な事故現場から生存者が見つかったという報道は今でもハッキリと覚えています。
速報に騒然となる編集部。
悠木の上司はポケベルで外回りの社員を社に呼び戻し、佐山は警察に戻ります。
その中で、でんでんさん演じる亀嶋が乗客の人数を聞いて編集部中に聞こえるように叫ぶのがこのセリフ。
亀嶋は整理部という、紙面のレイアウト担当の部長。
のんびりした性格ですが、豊富な経験でチームをサポートしており、このセリフからもその経験値の高さがうかがえます。
でんでんさんはこの作品で初めて知りました。
こういう真面目で朴訥な人物を演じたかと思ったら「冷たい熱帯魚」のようなピーキーな役もいけるという守備範囲の広さ。
好きな俳優さんです。
「全権、悠木!」
その後、上司の追村といっしょに社長室に呼びつけられる悠木。
そこであのパワハラ社長から「お前が事故の記事の責任者をやれ」と命じられます。
ここでの山崎さんと堤さんのやり取りがいいんですよね。
「坊や、いくつになった」「40です?」「40?」みたいな。
この2人、結構、因縁があるみたいなんですが、それを説明せず、やり取りだけで見せます。
さらに、悠木が来る前に安西が命じられているセクハラのもみ消しについてもチラッと触れられ、サンドイッチを秘書に作らせるやり取りの中では社長の人となりみたいなのも感じさせます。
このあたりが私が原田映画が好きな理由の一つで、1シーンでいろんなことを語らせながらどれも説明的にならないという、他の日本の映画やドラマにはないキレがあるんですよね。
一方、いち早く悠木が責任者になることを知らされた編集部トップの粕谷は黒板に「日航全権 悠木」と板書し、このセリフを言います。
粕谷を演じているのは、この方も私が大好きな、中村育二さん。
数々の日本映画やドラマでナンバー2的立場を演じられ、私は勝手に「日本のトム・サイズモア」と呼ばせていただいております。
「シン・ゴジラ」で内閣特命担当大臣を演じられ、記憶に残っていらっしゃる方も多いと思います。
ディズニープラスのドラマ「七夕の国」では大物政治家を演じられていました。
個人的には同じ原田監督の「金融腐食列島」で演じられていた松原が一番好きですね。
悠木がトップに立ったことを知って、出世欲の強い同僚の田沢(演じているのは堀部圭亮さん)が「やってらんねえよ」と毒づくところも好きです。
同じ頃、高崎駅付近では悠木がまだ谷川岳に向かったことを知らない安西が、最近の過労がたたって倒れてしまいます。
「記者は氷点下の山中を駆け回り、何キロも先の電話を目指し自転車をこぐべし」
一方、安西が倒れたことを知らない悠木は、安西の家に電話をかけます。
「飛行機事故で安西がリーダーをしている登山サークルに協力を頼みたいから会社に連絡するように伝えて欲しい」と安西の妻に言います。
それを横で聞いていた悠木の同期、岸が「上に話を通したほうがいいんじゃないか」と心配しますが、悠木は「1年かかって無線機ひとつ入れてくれない上の連中に期待できない」とピシャリ。
新人の女性記者、玉置は隣の席の同期、神沢に「なんで無線機入れてもらえないの?」と聞き、それに対する神沢のセリフです。
神沢を演じているのは、これまたブレイク前の滝藤賢一さん。
今の上層部が10年以上前に起こった連合赤軍の事件で大活躍した世代で、その時の苦労した経験を今の若い世代にも押し付けていると言いたいわけです。
神沢のセリフを受けて、矢柴俊博さん演じる森脇が上司3人を恐竜に喩え、「等々力ザウルス、追村トプス、粕谷ノドン」と称するセリフもいいですね。
編集部という閉鎖空間で繰り広げられるこの映画は、こうしたセリフのリレーが気持ちよく、さらに登場人物が多い物語を、粕谷、追村、等々力の「大久保連赤世代」、その下の悠木、岸、田沢の「大久保連赤で新人だった世代」、そして玉置、神沢、森脇の「大久保連赤を知らない世代」というふうにわかりやすくグループ分けしているのも上手いです。
縦と横の人間関係を描くことで、立体的に描くという、群像劇が上手い原田監督ならではのテクニックですね。
もっというと、ここで「通信機を入れられない」という何気ない会話が後で佐山たちが山で苦労する話に繋がっていきます。
この後、森脇が「大久保連赤世代・・・かあ」と呟くのですが、この映画が新聞編集部という特殊な環境を描きながらも多くの映画ファンから支持を受けたのは、こういうどこの会社にもありそうな人間関係に共感したからかもしれませんね。
「難しくて覚えられません。覚えたくもないですし」
なんだかんだあって一夜明け、テレビから事故現場の中継が映し出され、言葉を失う悠木たち。
報道とは因果な商売です。
「これで大久保連赤の武勇伝でメシを食ってきた先輩たちも偉そうにできなくなる」と喜んでいても、いざその凄惨な現場を目にしてしまえば多くの命が失われたことにショックを受け、報道マンとしての「正義」がムクムクと頭をもたげます。
それでも、発行部数という絶対的な目標があり、さらには会社の経営という別の理屈も絡んできます。
ただ単に「真実を伝えればいい」というわけでもなく、さまざまな立場があり、それぞれが抱いている思惑の中で誰もがもがいているのです。
ようやく悠木も安西が倒れたことを知り、病院に駆けつけます。
すると、そこには意識を失ったままベッドに横たわる親友の姿が。
手術のため髪はそり落とされ、いつものにぎやかさはどこにも感じられません。(坊主頭はCGだそうです)
西田尚美さん演じる安西の妻が悠木に病名を説明した後に発するのがこのセリフです。
最初このセリフを聞いた時、原田監督らしい言い回しだなと思いましたが、原作を読んだ時に同じセリフを見つけて驚きました。
「ヘルドッグス」の原作小説の時にも書きましたが、原田監督ってこういうところ、妙に律儀なんですよね。
好き勝手オリジナリティ入れさせてもらう代わりに原作へのリスペクトもしっかりやる。
西田さんも私の好きな女優さんの一人です。
派手さはないけど、こういう役をしっかりこなすイメージ。
出すぎてもダメだし、引きすぎてもダメ。
その「ちょうど良さ」が出せる女優さんだと思います。
「お前、顔の割に言葉が雑だな」
事故現場に入った佐山からの現場雑感を待つ悠木。
ところがその日、普段より1時間早く印刷所に入れる必要があり、そのことを知らされていなかった悠木は上司の等々力にカミつきます。
ここで販売部の伊東がさりげなく等々力を「おい、ロキ」と呼ぶのですが、こういう独特のあだ名呼びは原田作品あるあるですね。
冷静さを失う悠木に「らしくないですね」とカラむのは、この頃、まだあまり有名じゃなかった尾野真千子さん演じる玉置。
確かこの玉置、原作だと男性だった気がします。
そんな玉置を「まあまあ」と言って資料室に連れて行く岸。
演じているのは名バイプレーヤー、田口トモロヲさん。
等々力たちが大久保連赤のスター記者だったことを知り、彼が嫉妬から悠木に1時間早い締め切りを伝えなかったことに気づいた玉置が「やり方が汚ねえ」と毒づいたことに対する岸のセリフがコレ。
今ならセクハラになりそうな発言ですが、ここは昭和の世界。
それに対する玉置の返しもいい。
「顔が雑なほうがよかったですか」
「30秒でまとめろ」
疲れ果てて新聞社の目の前にあるホテルのロビーで仮眠を取ろうとする悠木。
そこに玉置が現われます。
「ちょっといいですか?」と尋ねる玉置に言う悠木のセリフ。
このホテル、劇中、何度も出てくるんですが、結構、新聞社の人たちが好き勝手出入りしていて従業員は何も言いません。
というか、従業員がいるのかどうかもわからない。
事故調査委員会のメンバーに大学の先輩がいるので取材してもいいかと聞く玉置。
そのあと、「もう一ついいですか」と質問を重ねようとする玉置に、めんどくさそうに「10秒」と答える堤さんもかっこいいですね。
「お前にお前呼ばわりされる筋合いはないよ、山田」
ホテルのロビーで寝落ちした悠木は、営業部の先輩(演じるのは樋渡真司さん)に叩き起こされます。
日航の記事を拡大するため、大型広告を勝手にトバしてしまったからです。
「俺たち営業がいないと新聞作れないんだぞ」「紙面がしっかりしてなきゃ営業は取れないでしょーが」
どこまでも続く水掛け論。
ホテルを出て朝食を食べに行こうとする悠木に、先輩はなおも食らいつきます。
その間に割って入って何とか収めようとする金子和さん演じる山田。
「お前の母親が社長の妾だったから可愛がられてるんだろ」と口走った先輩に、悠木はついにパンチを叩き込みます。
思わず、「なんということをするんだ、お前」と叫んだ山田に対する悠木のセリフ。
こういうヒートアップしてつい口走っちゃう感じ、明け方の歩道橋というシチュエーションと相まって妙にリアルなんですよね。
その後、「俺の母親は妾じゃない」と寂しそうに言って去っていく悠木。
一方、殴られた広告部長は行きつけの喫茶店で山田や整理部の吉井と一緒に朝食を食べています。
「社長に犬を分けてもらった時、俺は感動したんだ」としみじみ言う広告部長。
社長は気に入った社員には犬を分けるらしいです。
嫌な会社ですね(笑)。
「お前、何か迫力出たな」
そして朝の編集会議。
悠木は追村次長とバチバチにやりあいます。
追村を演じているのは、平成「ガメラ」シリーズでかわいそうな目にばかり遭う元警察官を演じている蛍雪二朗さん。
上から目線で高圧的。昭和の嫌な上司像を凝縮したようなキャラクター。
でも、悠木も負けていません。
「大久保連赤の感覚でモノを言ってるのはそっちでしょうか」とチクリ。
会議が終わった後、中村育二さん演じる粕谷部長が悠木に声をかけた時のセリフがこれ。
三羽烏の中でも粕谷は一番温厚で理解があります。
出世する男は違いますね。
「あんな状況だったらあれがギリギリでしょうが!」
会議が終わると、事故現場の山から戻った佐山と神沢がボロボロの服で待っていました。
2人から漂う殺気に「ちょっと出よう」と声をかけ連れ出す悠木。
屋上の駐車場でひとしきり2人から話を聞いた悠木は、「もう一度雑感を書いて欲しい」と提案します。
「雑感なら昨日書いた。今日の新聞に載らないと意味がない」と噛み付く神沢に、「あんなのは雑感じゃない」と炊きつける悠木。
それに対して、いつも温厚な佐山が声を荒げたセリフがコレです。
温厚な人がキレるシーンっていいですよね(笑)。
「踊る大捜査線」でいつもは署長や副署長とバカなことばっかり言ってる袴田部長が青島のピンチに警察官僚の上司にキレるシーンが大好きです。
「カクさん、これ・・・一面トップで」
声を荒げたものの、「本当の雑感を読ませてくれ」という悠木の言葉に説得される佐山。
そして、書きあがった佐山の雑感を読んで、整理部の亀嶋に渡す時の悠木のセリフです。
受け取った亀嶋は、「どうした、目が真っ赤じゃないか」と指摘します。
佐山の雑感を音読する亀嶋。
他の編集部員も次々と集まってきて、佐山の雑感を読み上げます。
その内容に思わず言葉を詰まらせる編集部員たち。
この映画前半のクライマックスと言ってもいいシーンでしょう。
なんで「亀嶋」なのに「カクさん」なのか。
それにはきっと細かいバックストーリーがあるんだと思います。
というのは、この映画のために、編集部員たち1人1人に細かな設定が作られていたらしいので。
しぐさというのはその人の生き様がにじみ出るもの。
この映画がリアリティーのある質感を持っているのは、そういう細かな演出によるものだと思います。
「愚直なんだよ」
ここで場面は現代(2007年)パートへ。
安西の息子、燐太郎と谷川岳を登る初老の悠木。
撮影当時、37歳だった堤さんは、20年後の姿を表現するため、特殊メイクをしています。
燐太郎を演じているのは小澤征悦さん。
土曜日のJ-WAVE、いつも拝聴させていただいてます。
この頃はまだ今ほどテレビや映画に出ていなくて初々しいですね。
谷川岳にはアンザイレンテラスという場所があり、みんなそこで登山者同士が体を結びつける「アンザイレン」をするそうです。
ちなみに日本語っぽい響きですが、ドイツ語だそうですね。
燐太郎は「少し早いですが、アンザイレンしましょうか」と提案。
すると、悠木は「アンザイレンはアンザイレンテラスまで取っておく」と拒否します。
そんな悠木に対して、燐太郎は「律儀なんだか」と苦笑。
悠木も笑って「愚直なんだよ」と答えます。
この映画、もう20回以上観ていて、そのたびに聖地巡礼で一回は谷川岳に行ってみたいと思うんですが、登山シーンを観ていると、「絶対、ムリだー」という気持ちになりますね。
「群馬県でよ、一番人気誰だと思う?」
若手を集めて雑談している等々力部長のセリフ。
いわゆるベテランの「ありがたいお話」ってヤツですね。
佐山もその中に混じって聞いています。
そして、等々力先生は「群馬県で一番人気があるのは中曽根や福田でもなく、国定忠治なんだ」と力説します。
だから、地元の人間に愛されるような記者になれという話らしいんですが、令和だったら成立しない場面ですね。
気持ちよく演説しているところに、佐山の雑感を1面にしなかったことで怒った悠木が怒鳴り込んできます。
一触即発。
無礼な悠木にスゴむ等々力役の遠藤憲一さんはヤクザにしか見えません。
結局、1面から外したのは追村次長だということがわかり、衝突は回避されます。
佐山の書いた現場雑感が追村次長の気に障って1面からハズされたことを知った悠木は、社長室にいる追村に直談判しに向かいます。
「・・・読めよ」
ところが追村は冷たくあしらい、社長も犬のブリーディングに夢中で耳を貸しません。
土下座までして記事を読んでもらおうとしたのにまるで相手にされなかった悠木の悲痛な一言。
そして、編集部に戻れば佐山と神沢からの軽蔑の眼差し。
ついに悠木は心折れて、翌日の編集会議では完全にやる気を失った姿を見せます。
「どんどん怒鳴ってくれよ、全権」
そんな悠木に発破をかけるのがでんでんさん演じるカクさんです。
墜落事故ではなく中曽根総理の靖国参拝をトップにとごり押しする追村に「新聞は生き物ですからね。流れってやつを大切にしないと。みんな日航に夢中になってますからね。急に中曽根やれって言っても盛り上がらねえですよ」と抵抗します。
「お前はどう思う?」と局長に水を向けられる悠木。「任せます」と言って出て行く悠木をカクさんが追いかけ、「みんな、あんただからついてきているんだ。(事故のネタを)かわいがってやれよ」と励まします。
それでも悠木の気持ちは動かず、それどころか前日、日航の出したお詫び広告の掲載を巡って亀嶋を怒鳴りつけたことを謝罪。
それに対し、カクさんは「そんなことはどうでもいいよ」と、悠木が自ら消した「全権、悠木」という黒板の文字を改めて書き直します。
(この時、でんでんさんが字を間違えてヒヤッとしたと監督がコメンタリーで話してました)
このシーン、前の日まで悠木と対立し、連合赤軍での栄光がかき消されることに焦りを感じているはずの等々力が事故の記事をトップから外すことに反対の立場を取っているのが面白いですね。
なんだかんだ言っても、彼の中でブン屋魂が消えていないことがうかがえる一コマ。
中曽根元総理や福田元総理などの実名が出ているのもいいですね。
こういうところで仮名に逃げないのはさすがハリウッド育ちの原田監督。
「チェック・・・ダブルチェックだよ」
ここから物語は後半の怒涛の展開に流れ込みます。
テレビで他の編集部員といっしょに中曽根総理の靖国参拝を観ている悠木。
そこにゼミの教授を取材してきた玉置から電話がかかってきます。
「教授は圧力隔壁が事故の原因だと話している」と伝える玉置。
それに対し、悠木が言うセリフです。
後でわかるのですが、これは悠木が子供の頃、母親と観たという新聞社を舞台にした映画のセリフの引用。
堤さんの低い声で言われるからメチャメチャカッコいいんですよね。
「お前を調子づかせるために520人が死んだんじゃないんだ」
初日に佐山と一緒に事故現場の山に登った神沢は、そこで見た凄惨な光景を綴った雑感を悠木に渡します。
こんなものを載せるわけにはいかないと適当にあしらう悠木。
それを見た神沢がブチ切れます。
そんな神沢をシメる時に悠木が叫んだセリフです。
明らかに精神的にまいって、言動もおかしくなっている神沢を滝藤さんが鬼気迫る演技で見せます。
新型コロナ騒動で奮闘する人たちを描いた「フロントライン」でも滝藤さんの演技が素晴らしかったですね。
「前橋に生まれたら北関東新聞。ニューヨークに生まれたらニューヨークタイムズ。よくわかります」
錯乱状態の神沢は同僚たちに介抱され、いったん落ち着きます。
その間、悠木は同期の岸や田沢に「一時間だけ」と料亭につき合わされます。
そこで待っていたのは悠木の宿敵、等々力部長。
「くだらねえ、マネしやがって」と毒づきながらも席に着き、悠木たちは飲み始めます。
その席で「ニューヨークに生まれてたら俺は間違いなくニューヨークタイムズの記者になってたね」としみじみ語り出す等々力。
若い頃は悠木に感情移入して、「等々力、ムカつくー」と思いながら観ていましたが、年を取るとだんだん等々力部長に共感できるようになってきました。
演じている遠藤憲一さん演じるこの手のキャラにありがちなんですが、イヤな奴なのにちょっとロマンチストで可愛いところがあるんですよね、等々力って。
そんな等々力に「ニューヨークタイムズだって地方新聞ですよ」と言う岸。続けて言うのがこのセリフです。
この後、悠木はブチ切れて、「連合赤軍の時だって、北関は大手の新聞に勝てなかった」と怒鳴り散らし、プッツンしてしまう等々力。
手がつけられないくらい暴れて、たまたま同じ店で飲んでいた若い連中に連れ出されてしまいます。
NHKのドラマ版では岸辺一徳さんが等々力を演じていて、店も原作どおりの焼肉屋で、あれはあれで味がありましたね。
その時に悠木を演じていたのが佐藤浩市さん。佐山は大森南朋さんでした。
(ドラマ版はかなり原作に忠実に作られています)
「象徴的だな」
一方その頃、神沢は例のホテルのロビーで目を覚ますと、突然、うわごとを叫びながら飛び出して行き、車に引かれて死んでしまいます。
仲間たちで取り仕切られる葬儀に参列する悠木。
祭壇に飾られた神沢の遺品にあったスペードのA(エース)のトランプを見て呟くのがこのセリフ。
横にいた佐山はそれを「スペードのA=不吉」と言いたいのかと誤解するんですが、悠木の意図は違っていて、子供の頃に観たという例の新聞記者の映画のタイトルを思い出したからでした。
もちろん、映画の話もトランプも原田監督のオリジナル。
「ヘルドッグス」でもありましたが、原田監督はちょくちょく原作にはない自分の趣味を挟み込んでくるんですよね。
その後、尾野さん演じる玉置に「佐山といっしょに動け」と命じる悠木。
「私が女だからですか」とムッとする玉置。
そんな緊張感のあるやり取りをハンディカムふうのカメラを使い、短いカットで繋ぐ原田演出にシビれます。
この葬儀で「一瞬目を離しただけなんだ」と懸命に弁解する矢柴さんの演技もいいですね。
「やるべきだ」
会社に戻って編集会議。
田沢が「黙祷しよう」と提案します。
それに対し、「心がバラバラだったら神沢も浮かばれない」と言う悠木。
追村はその言葉を無視して黙祷を強行します。
その後、日航の記事をどうするかということについてアツく議論を交わす悠木たち。
前日の記事に文句を言う追村。それに噛み付くカクさん。
丁々発止のやり取りは原田映画の真骨頂です。
会議が終わり、解散直前、悠木は遺族のために遺体安置所に無料で新聞を配ってはどうかと提案。
シブい顔をする局長ですが、去り際一言、等々力が「やるべきだ」と悠木を後押し。
前夜、あんなにも激しい口論をした後なのに自分を援護射撃してくれた等々力に悠木は驚きます。
そこをセリフなしで堤さんの表情だけを抜くという演出が粋。
「そんなこと言ってねえよぉ」
遺体保管場所への無料配布を販売部に直接掛け合いに行く悠木。
相手は親友の安西をこき使って追い詰めていた販売局局長の伊東です。
演じているのは松尾スズキさん主宰の劇団「大人計画」のメンバー、皆川猿時さん。(阿部サダヲさんや宮藤官九郎さんも所属しているバンド、グループ魂ではボーカルを担当)
ここでの悠木との緊張感あるやり取りは皆川さんの見せ場になっています。
さんざんゴネる伊東に、悠木は「じゃあやめます」と立ち去ろうとする。そんな悠木に放つ伊東の一言。
誰もがそれぞれの持ち場で精一杯やっている感じがいいですね。
立場や考えは違っていても、みんな、新聞への愛がある。
そんなことが伝わってくるシーンになっています。
「次長、そう言えば中野浩一のファンですよね」
いよいよ最終局面。
悠木は玉置の持ってきた事故原因のネタを同期の岸、田所に共有し、特ダネを掲載することを打ち明けます。
「誰に話を通す?」と悠木に聞く岸。
悠木は「昨日だったら真っ直ぐ局長室」と答えます。
ゆっくりと局長室に向かう悠木。
が、部屋に入る直前に追村次長をチラッと見ます。
そして、次長のところに行くかと思わせつつ、悠木がネタを話す相手に選んだのは等々力部長でした。
この一連の流れを悠木の一人称視点を交えて描く原田監督。
そして、岸と田所も悠木が等々力のところに向かったのを見て、すかさず局長と次長の牽制に入ります。
言葉にしなくても阿吽の呼吸でそれをやってのける同期の絆。
この映画一番の見せ場です。
岸は追村次長に、田所は局長室へ。
追村にさりげなく世間話を始める岸のセリフがこれ。
競輪好きの追村はまんまと岸に乗せられ、当時、人気があった中野選手についてを嬉しそうに語り始めます。
その裏で作戦を立てる悠木と等々力。
激しくやりあっても、一緒に数々の現場を踏んできた2人のブン屋魂を感じさせる名シーンです。
一方、事故調査委員会が泊まっている旅館の外では、佐山と玉置が取材の機会をうかがっています。
刻一刻と迫る降版の時間。
悠木は整理部の吉井(演じているのはジョビジョバのマギーさん。調子のいい若手というポジション)に命じて、時間稼ぎのため、配送トラックの鍵を盗ませますが、それに気づいた販売局の伊東が怒鳴り込んできます。
もみくちゃになる現場。
普段は激しくぶつかり合っている編集局も一丸となって販売局の侵入を食い止めようとしているのがアツいです。
あの追村でさえも、特ダネを守ろうと必死になっているのがいいですね。
「サツ官ならイエスです」
抜きネタの仮刷りも出来、あとは悠木のゴーサインを待つだけの状態になりますが、チェックダブルチェックの悠木は佐山からの連絡を待ちます。
そして、ついにかかってくる佐山からの電話。
その前に事故調のトップに佐山が突撃取材をかけるシーンがあるんですが、これもまたかっこいい。
風呂上り、廊下を歩いている藤波に後ろからスッと現われ、「北関東新聞の佐山です」と声をかける。
藤波から話を聞いた佐山に、事故原因が隔壁で間違いないかと問い質す悠木。
それに対する答えが佐山のセリフです。
サツ官というのは、警察官のこと。
普段、県警に詰めて警察相手に取材している佐山らしい言葉。
ただ、佐山は「あまりにも話が出来すぎている」と付け加えます。
抜きネタを打つのか打たないのか決断を迫られる悠木。
カットバックで現代パートが挿入され、あわや崖から落下しそうになる悠木が映されます。
さらに幼少期の悠木の回想シーン。
松村崇継さんのテーマ曲が被さり、ドラマチックに盛り上げます。
結局、悠木は抜きネタを打たないと判断し、騒動は決着します。
最初観た時は「なんやねん」とズッコケましたが、歴史が変わってしまうのでこうするよりほかないんですよね。
「物語のセオリー」を考えるとカタルシスがなく、拍子抜けしてしまいますが、「負けざま」を見せることもまた「映画」。
大事なのは「どう見せるか」なんだということを教えてくれます。
そして同時に、「やる」ことも判断だけど、「やらないこと」も判断なんだということが年齢を重ねるとわかってきたりするものだから面白いですね。
「あいつはな、社長と対決する腹なんだよ」
翌朝、自宅で休んでいる悠木のところに駆けつける玉置。
玉置は悠木に毎日新聞が事故原因の記事を書いたことを知らせます。
「スター記者になり損ねたな」と言う悠木に、「悠木さんの判断は間違っていなかったと思います」と告げる玉置。
その後、「横になっていいですか」と縁側でゴロンと寝そべる尾野さんが猫みたいでかわいいです(笑)。
絶好の特ダネを逃したことでお葬式みたいな雰囲気の編集局。
それでも新聞は出し続けなくてはなりません。
「まだまだ日航の記事をやる」と吹っ切れたように意気込む悠木に、「負けたんだから潔く引き下がれ」と苦言する追村。
悠木はそれを聞き流し、仕事に戻っていきます。
そんな悠木の背中を見ながら局長が呟くのがこのセリフ。
ここで改めて、この物語が「父と子の話」であることが明らかにされます。
「こりゃ塗り絵だ、塗り絵。なぞってるだけ」
数日後、冒頭であったのと同じように、自転車で社に戻ってくる佐山とエレベーターで鉢合わせする社長のシーン。
反復という映画の技法のひとつですが、こういうことをちゃんとやっている日本の映画監督はあまりいない気がします。
さすが、原田監督。
結構、やんちゃしながらもこういう基本はしっかり押さえています。
社長はそのまま編集局へ。
立ち上がって出迎える局員たち。
「何だ、この記事は」とも文句を言う社長。
パワハラ発言し放題の、令和ではありえないような光景(その直前ではセクハラも)。
悠木は社長に辞表を叩き付け、編集局を出て行きます。
そんな悠木に対し、まるで犬を扱うかのように口笛で引きとめようとする社長。
このシーンの山崎努さんが素晴らしいです。
「本当に今までは幸せな人生だったと感謝している」
編集局を出て行った悠木を追いかける佐山。
この新聞社、屋上が駐車場になっていて、それが映画の中で効果的に使われています。
オーディオコメンタリーで、ロケハンにかなり拘ったと原田監督が話していました。
その屋上の駐車場で、佐山は消防団が撮影したという、乗客が家族にあてた手紙を読み上げます。
これ、実際に現場で見つかったものだそうですね。
墜落直前の生々しい機内の様子に胸が締め付けられます。
最後に書かれた妻への感謝の一言。
悠木は感慨深く、それを反復します。
そして、最後の現代パートへ。
父が登るというので、燐太郎と一緒に下見に行き、その時に打ち込んだハーケンに助けられ、悠木はついに念願の頂上に到達。
下山した悠木は燐太郎に駅まで車で送ってもらいます。
「淳に会いに行ってください」と言う燐太郎。
それに対し、悠木は「あいつは会いたがっていない」と拒みますが、燐太郎は「それは違うよ、悠木さん」と言って、「いつでも会いに行けたのに行かなかっただけだ」と言い返します。
「ベルトとサスペンダーの人なのよ」
燐太郎の言葉に動かされ、単身、息子夫婦の住むニュージーランドに向かう悠木。
息子たちが経営する農園の前に着いた悠木は車を止め、中の様子をうかがいます。(冒頭、空港で淳が悠木に渡した石を持っているのもいい)
それに気づいた淳の妻は、初めて顔を会わせる娘と一緒に迎えに行きます。
「なんで入ってこないの?」と訊く娘に、淳の妻が言うのがこのセリフ(彼女は外国人なので英語ですが)。
悠木に新聞記者を目指すきっかけを与えた幼少期に見た映画の中で、主人公が売り込みに行く田舎の新聞社の編集長がベルトをしているのにサスペンダーもしていたという話がここでも引用されています。
おそらくは、悠木は淳にもその話をしていたんでしょうね。
それを淳は覚えていて、妻にも話していたということがわかります。
映画というのは、当たり前ですが、上映時間というものがあります。
登場人物の過ごした時間のすべてを描写するわけにはいきません。
私が思う「いい映画」というのは、その「描写されなかった時間を感じさせる映画」だと思っています。
映像で描かれている以外の時間も登場人物たちが生きていたんだなあと感じさせる映画ですね。
このエンディングに至るまで、悠木は悠木で、淳は淳でそれぞれの時間を生きてきたんですよね。
朝起きてご飯を食べ、仕事して、帰ってきて寝て・・・という毎日。
その中でいろんな喜びがあり、悲しみがあったと思うんです。
その「見えない時間」を描くことにキャストもスタッフも心血を注いでいるんではないでしょうか。
というわけで、今回は「クライマーズ・ハイ」という映画についてお話しました。
ここで紹介しきれなかった好きなセリフがまだまだたくさんございます。
そして、そのセリフを聞きたいために私は今まで何度もこの映画を繰り返し観てきました。
原田監督の映画って、セリフが本当にいいんですよね。
そして、役者さんが口にすることでさらにそのセリフが光り出すんです。
機会があれば、同じ原田監督の「金融腐食列島[呪縛]」や「突入せよ!あさま山荘事件」についてもお話できればと考えています。
それでは、また。
「クライマーズ・ハイ」
2008年公開
日本映画
監督: 原田眞人
出演: 堤真一、堺雅人、尾野真千子、髙嶋政宏、山﨑努
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