#14 番外編|支える人を、誰が支えるのか
母の介護が始まってから、十年。
十年経って、ようやく気づかされたのは、「介護される人」を支える制度やサービスは多くても、「介護する人」を支える仕組みは、まだまだ少ないという現実でした。
介護が必要となる理由は、認知症だけではありません。
脳梗塞の後遺症や難病、あるいは加齢による衰弱など様々です。
しかし、その原因が何であれ、支える家族が直面する
「終わりの見えない疲労」や「社会からの孤立」という苦しみは、驚くほど共通しています。
🕊️ 「介護予防カフェ」と「介護者カフェ」のちがい
地域には「介護予防カフェ」や「認知症カフェ」といった場所があります。
けれど、それらは主に高齢者本人が対象。
一緒に参加する家族もいますが、プログラムの中心は「高齢者の介護予防と健康維持」です。
一方、介護者カフェは、介護している人が安心して話せる場所。
同じ立場の人同士が、涙も笑いも分かち合える“心の休憩所”のような存在です。しかし、この言葉を聞いたことがある人は、まだ少ないのではないでしょうか。
私自身も、母の介護が終わり、今ようやくその存在を知りました。
もっと早く知っていたら、どれだけ救われただろうと思います。
🌱 なぜ「介護者」は支援の外側にいるのか
介護保険制度ができたのは、2000年。
目的は「要介護者本人の自立支援」。
そのため、“介護する人”は制度の利用者ではなく、サービスを提供する側に分類されています。
介護をしている家族が、どれだけ疲れていても、
「介護者自身がサービスを受けられる仕組み」はほとんど存在しません。
🔸 1. 制度の枠の外に置かれている。
介護保険では、支援を受けるために「要介護認定」が必要です。
けれど、その認定を受けられるのは介護を受ける本人だけ。
介護をしている家族には、その“枠”がありません。
つまり──
介護を続ける中でどれほど疲れても、
「介護者うつ(介護による精神的疲弊)」や「介護疲れ」は
制度の対象外とされ、
“個人の問題”として扱われてしまうのです。
その結果、介護者が休むための正式な仕組みもほとんどありません。
たとえば、少し休みたいときに家族をショートステイに預けても、
申請の名義は「介護される本人」。
介護者自身が“自分のために休む”ことは、制度上認められていないのが現状です。
🧓 例:要介護認定を受けた親を在宅で介護する娘
70代の親が、認知症や脳梗塞の後遺症などで要介護認定を受け、
娘(40代)はフルタイムの仕事を辞め、在宅での介護を続けている。
介護保険のサービス(訪問介護・デイサービス)を一部利用しているものの、日常のほとんどは子が無償で担うかたち。
しかし、介護者である娘には制度上の支援対象としての位置づけがなく、
疲労や孤立が深まってもフォローは乏しい。
地域によっては介護者手当や休養の仕組みも整っておらず、
👉支援と支援のあいだの“谷間”に落ちている現実がある。
🧓 例:介護施設に入所する父を毎日見舞う息子
父は特別養護老人ホームに入所中。
息子は毎日通い、洗濯物の交換や職員との連絡調整、医療機関とのやりとりも担っている。
父は施設サービスを受けていても、息子の役割は「家族の責任」とみなされ、制度的な支援の対象には含まれない。
交通費や時間的・精神的な負担があっても、補助はなく、
👉その存在は制度の中で「見えない支援者」として扱われている。
こうした現実は、
介護保険制度が「要介護者本人の自立支援」を中心に設計されていることに根ざしています。
介護する人の心や暮らしを支える仕組みが、まだ十分に整っていない。
それが、介護者が制度の外側に置かれている最大の理由なのです。
🔸 2. 「家族がするのが当たり前」という文化
長年の家族観・ジェンダー観が根強く残っています。
「子供だから」「配偶者だから」という理由で介護の中心を担う
介護を外部に任せると“冷たい”“申し訳ない”と感じてしまう
介護者自身が「自分が頑張らなければ」と追い込まれる
この文化が、制度より先に心のブレーキをかけているのです。
🔸 3. 相談できる場所がない
地域包括支援センターは、主に高齢者本人の相談窓口
医療機関は、患者本人のケアが優先
介護保険の担当ケアマネも、介護者個人の悩みまでは踏み込みにくい
👉 結果として、「介護者だけが話せる場」がほとんどない。
介護者カフェのような場所がもっと必要とされている理由です。
🔸 4. 仕事との両立支援が現実的でない
制度上は「介護休業」や「介護休暇」がありますが:
期間が短い(通算93日)
無給または収入減
職場で「取りづらい雰囲気」
現場では、「制度があっても使えない」状態が多く見られます。
これもまた、支援の“実効性”が届いていない一例です。
🔸 5. データに現れない存在
国の統計は「要介護認定者数」や「施設利用者数」など、
介護を“される側”のデータが中心。
介護する家族の人数・健康状態・経済負担などは、
まだ十分に把握されていません。
つまり、データの外にいる=政策議論の外にいる。
見えない存在は、支援の対象になりにくいのです。介護をしている家族が、どれだけ疲れていても、
「介護者自身がサービスを受けられる仕組み」はほとんど存在しません。
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│ 介護保険制度の構造 │
│──────────────────────────────│
│ 🎯 主役:要介護者本人 │
│ 📜 目的:自立支援・生活支援 │
│ 🧩 介護者=「支援する人」扱い │
└──────────────────────────────┘
↓
┌──────────────────────────────┐
│ 介護者が支援から外れる主な理由 │
│──────────────────────────────│
│ ① 制度の対象外(認定制度なし) │
│ ② 文化的要因(家族が担う前提) │
│ ③ 相談窓口の不在(本人中心) │
│ ④ 両立制度の実効性不足(使えない制度) │
│ ⑤ データに現れない(見えない存在) │
└──────────────────────────────┘
💡 海外では「介護する人の権利」がある
イギリスでは2014年に「Care Act」が制定され、
介護する人(Carer)が自分の健康や生活の支援を受ける権利を持つようになりました。
スコットランドでは自治体が介護者支援を提供する義務を持ち、
オーストラリアでは「Carer Gateway」という全国ネットワークが整備されています。
「介護する人を社会で支える」という考え方は、
すでに多くの国で当たり前になりつつあります。
💼 介護は、個人の問題ではなく社会の課題に
日本では毎年、およそ10万人が介護を理由に仕事を辞めているといわれます。ひとりの離職の裏には、家庭の収入減だけでなく、
企業にとっても人材損失や生産性の低下という形で影響が広がります。
さらに、働く世代の介護離職が増えると、
結果的に税収の減少や社会保障費の増大にもつながります。
つまり、介護者支援は“思いやり”や“共感”の話ではなく、
労働力を守り、社会全体を支えるための経済政策でもあるのです。
🌿 これから求められる支援のかたち
今後の日本社会に必要なのは、
「介護者の心を支えること」と「働く力を支えること」の両立です。
介護と仕事を両立できる柔軟な働き方(テレワーク・短時間勤務)
企業内での介護相談制度・休職サポート体制
そして、地域に根ざした介護者カフェやピアサポートの場
これらを「特別な支援」ではなく、
当たり前の社会インフラとして広げていくことが、これからの課題です。
💬 そして、数字の裏にある思い
介護離職や経済効果という数字の向こうには、
ひとりひとりの“生活の物語”があります。
介護を理由に夢を諦めた人、仕事を続けられなかった人、
自分の健康を後回しにして支え続けた人。
介護者支援は、福祉の課題であると同時に、
働く世代を守り、地域と経済を支える基盤でもある。
これからの日本では、介護する人を孤立させないために、
地域・企業・行政が連携し、
【支える人を支える仕組み】をどう育てていくかが問われている。
その答えは、行政や制度を待つだけでなく、私たち一人ひとりの行動にもあります。
まずは、この声なき声を「知る」ことから始めませんか。
そして、あなたの地域に一つでも「介護者カフェ」のような心の休憩所を増やすために、声を上げ、繋がりを広げていくこと。
介護者を孤立させない社会は、きっとここから生まれます。
▶ 次の記事「#15|支える人の声を集めるアンケートを公開しました」
✳️ 関連noteのご紹介
介護者を支える仕組みを考えるとき、
やはり海外の制度から学べることは多いと感じます。
以前の記事では、
**「日本と英国の認知症サポート制度の比較」**をテーマに、
両国の「地域・社会・人の関わり方」の違いをまとめました。
介護される人を支える制度の背景には、
“介護する人を支える文化”があることを実感します。
🔗 日本と英国の認知症サポート制度の比較|note(Yukie Mizokawa)
【一言英語日記】
Behind every act of care is someone who needs care too.
(すべての“介護”の裏には、“支えられるべき人”がいる。)
🌿 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
このnoteでは、母の介護とともに過ごした日々を
「介護が始まった日」シリーズとして綴っています。
よろしければ、他の記事もご覧いただけたら嬉しいです。
▶ 一覧はこちら
👉(Yuki’s note/Lessons from Life with Care/介護の隣で学んだこと)
私はアラカン世代になってから、介護のかたわらで「学び直し」にも取り組んでいます。
その一つが趣味のICM写真、
「うつりみこ」の名前で、note|ICMと風景写真↗に綴っています。
介護だけでは胸がつまるようで、何かしておかないと自分がつぶれてしまう。だからこそ、学びや表現を通して心の余白を持ち、自分自身を支える時間につなげています。
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「誰かの記録」が、「誰かの支え」になるかもしれない。
そんな思いで、今日も書いています。
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